2016年 12月に読んだ本

●7567 池上彰の戦争を考える (企画) (角川書) ☆☆☆★

 

池上彰の戦争を考える

池上彰の戦争を考える

 

 

写真を豊富に使ったムック本。そういえば、ボスニア等々内容のいくつかは、テレビ東京の特集で観ていて、池上の硬派の部分が感じられる良い企画だった。ただ、こうやって本にした場合、本書のテーマである太平洋戦争に関しては、だいたい90%は知っている内容なので、面白かったとはさすがに言えない。

しかし、知識の整理=復習にはなったし、何よりたぶん池上がターゲットとしている若者へのメッセージとしては、偏向が少なく、ビジュアルをうまく使った良書だと思う。

 ●7568 女のいない男たち (フィクション) 村上春樹 (文春社) ☆☆☆☆★

 

女のいない男たち

女のいない男たち

 

 

前作「多崎つくる」が、イマイチの内容だったうえに、文芸春秋連載時のタバコ事件でミソをつけてしまった?ので、ずっと読まずにいたんだけれど、文庫本になったので買おうと思ったら、ブックオフで380円で見つけてしまった。

で、冒頭の「ドライブ・マイ・カー」を読んで、良いではないか!とうなってしまった。文体が引き締まっていて、一気に引き込まれた。そして「イエスタディ」と「独立器官」。この三作には、奇妙なしかし存在感のある三人の女性と、三人の男性(主人公)が登場し、それぞれ人物造形もシチュエーションも全く違うのだが、間違いなく地下の奥深いところでつながっている。「ノルウェイ」の「アフターダーク」バージョンというか。喪失というより、欠落の方がしっくりくる物語たちだ。

そして、次の「シェラザード」は、掲載紙もモンキーに変わり、ファンタジー要素が強くなる。さらに、問題の「木野」。これが本作品集における「かえる君」にあたる、奇妙なオカルティック小説だが、今回は特に怖い。そして、最後に短い書下ろしの表題作。まるで、あとがきのような。

というわけで、読み終えて思うのは、本書は村上が明確に、サージェントペパーのように、コンセプトアルバムとして、短編作品を書き、意図的に並べた短編集だと感じる。そして、それは見事に成功し、ひとつひとつは特別つながりがないのに(時々登場人物がかぶる)喪失と欠落をかかえて生きていかなければならない、村上ワールドが見事に描き出されてる。

 

 ●7569 オールド・テロリスト (フィクション) 村上龍 (文春社) ☆☆☆★

 

オールド・テロリスト

オールド・テロリスト

 

 

両村上を狙ったわけではないのだが、ひょんな拍子で、本書を読んでいないことに気づき、ネットの評価も高く、図書館ですぐ手に入ったので読みだした。というのも、本書の主人公が、あの「希望の国エクソダス」のルポライターだ、というのが気になったからだ。村上龍も春樹ほどではないが(「限りなく」を読んでないのだが)ある時期までは、リアルタイムタイムでかなり追っかけてきた。

(今、勘定したら、小説=長編・短編集53冊中24冊を読んでいた。70年代の「コインロッカー」80年代の「愛と幻想」、90年代の「イビサ」と時代を象徴する傑作を書いてきた、と20世紀は思っていた)

物語はあの「昭和歌謡大全集」&「半島を出でよ」のテロリストたち?がシリアスかつ老人として甦り、それを「トパーズ」的キャラ&文体で描いた、という確かに龍にしか書けない、不気味な傑作である。

ただし、四年も連載したせいか、中盤が必要以上に長くなってしまい、テロより「トパーズ」的な人々の物語が悪目立ちして、疲れてしまった。たぶん、この半分の長さで十分だったと思う。惜しい。残念な作品。

 

●7570 本格力 (企画) 喜国政彦&国樹由香 (講談社) ☆☆☆☆★

 

本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド

本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド

 

 

マンネリ気味だったとはいえ、本棚探偵シリーズが終了したのは、残念だった。と思っていたら、こんな分厚い夫婦合作?が届いた。

内容は雑誌メフィストの連載で、マンガも含めていくつかのパターンがあるのだが、メインはH1グランプリと名打った書評で、マニアの坂東善博士(喜国?)と素人高校生りこ(国樹?)の二人が本格古典ミステリを、毎回テーマに沿って数冊本音で書評するというもので、27回も続く。で、本格古典(しかも海外)というのがミソで、正直◎はめったにでない。

褒めるか無視するしかない、現在の書評状況で、きちんと欠点を書く、ということがいかに重要か再確認した。最近古典を見直している僕も、やはり幻の名作に傑作なし、という地点にもう一度戻るのか?と思ったのだが、これは海外本格古典としたのが悪い。これだけの辛気臭い古典を読み通した二人に拍手。

ただ、このパターンはまったときは、最高に面白く、クイーンやカーの回は楽しく読んだ。素人のりこの評価が結構鋭い。「三つの棺」など全く同感。残念なのは、やはりこれだけ長くやるならば、国内本格(正史や鮎川哲也土屋隆夫などぜひ今からでもやってほしい)や、海外の本格以外や、最近の本格もやってほしかった。で、最高なのは、あいだみつおならぬ、みすおの、だってほんかくだもの。これはもう、脱力して笑うしかない。

 

●7571 知られざる出版「裏面」史 (インタビュー)元木昌彦(出版人)☆☆☆☆
 

 

ネットでよく見かける、こわもての元週刊現代編集長の、雑誌メディアを作ってき13人へのロングインタビューだが、僕は花田紀凱末井昭、井家上隆幸、の三人しか知らなかった。全員が団塊の世代以上で、ちょっと僕には古くて解らないことが多々あった。(一番驚いたのが、末井と坪内の元妻との不倫事件。どう考えても坪内の方が若くていい男なのに・・・・)

で、内容は古き良き時代の雑誌梁山泊物語と、やっぱり出てくる左翼・ゲバルト&人事抗争物語で、後者は光文社のノンフィクションの時もそだったけど、疲れてしまう。本当に面倒くさい。もちろん、雑誌の裏側は面白いのだけど、もはやこんな時代はこないでしょう。

しかし、団塊の世代の引退が日刊紙を壊滅状態に追いやり、キオスクもまた次々姿を消す。これは、まさにリアルな出来事であり、これが次は雑誌、書籍まで行くのだろうか?

 

●7572 生産性 (ビジネス) 伊賀泰代 (ダイヤ) ☆☆☆☆

 

 

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

 

 

「採用基準」は、リーダーシップの本であり、その続編?は「生産性」とは、さすがに著者は目の付け所がいい。日本の誇る生産性は、工場=現場における生産性であり、その結果、生産性=アウトプット/インプットの分母=コスト削減になってしまっていることへの警鐘は、鋭いと感じる。

確かに工場の段階で、クリエイティブなアウトプット向上などは不可能であり、自然に生産性をあげるためには、無駄なコスト削減が歩留りの向上に向かう。しかし、それでは本当の生産性向上にはならないのだ。

生産性をあげると効率を追い、クリエイティビティーがなくなる、のではなく、リスクをとって、圧倒的なアウトプットを実現できたとき、生産性がマックスになるのである。しかしマッキンゼーはPPTのプレゼンは禁止で、会議メンバーはPPTを読むだけで、発表者の説明なしで、いきなり議論に入る、というのには驚いた。

 

●7573 悪魔を憐れむ (ミステリ) 西澤保彦 (幻冬舎) ☆☆☆☆★ 
 
悪魔を憐れむ (幻冬舎単行本)

悪魔を憐れむ (幻冬舎単行本)

 

 

 年末ぎりぎりに、なんとあのタック&タカチシリーズの新刊(短編集)が届いた。世の中では、2012年の「身代わり」以来の新作と騒がれているが、個人的には再読も含めて12年に「西澤祭り」をやったので、ある程度この長いシリーズのストーリーは頭に入っていて、西澤の凄さを堪能した。というか、最近では腕貫探偵の方が目立っているが、やはり西澤の原点はこのシリーズだな、と再確認した。中編、短編がそれぞれ二編、合計四編が収められているが、特に中編が両方とも素晴らしいでき。


もうベスト10は終わってしまったが、個人的には「真実の10メートル手前」を抜いて、本書が国内ミステリの今年のベスト。今のところは。冒頭の「無間呪縛」は、オカルティックな事件の、機械トリックをレッドヘリングとしながら、恐ろしい結末へと読者を導く。これこそ、究極のプロバビリティーの犯罪であり、本作のベストの出来。素晴らしい。

もちろん、ある人物の狂気のような執着や、結末のある人物のもうひとつの貌、などはまさに黒西澤全開で、良く考えるとありえないだろう、となるのだが、ここは西澤ワールドだから、仕方がない。素晴らしくキャラが立っていて、素晴らしく論理的で(論理のアクロバット)素晴らしくダークなのは、四作品とも共通しているが、本編はやはりベスト。

とは言っても、次の表題作も冒頭のショッキングな事件から、こんな無茶苦茶な事件が最終的に見事に論理的に解かれるカタルシスも、遜色なく素晴らしい。ここでも先の3つの特徴は健在だが、この中編二作は、こ のところのシリーズのテーマ(それはタック&タカチの親子関係に顕著)抑圧・束縛・操作からの解放・暴発が、通奏低音として流れていて、かなりいたい。続く短編「意匠の切断」は奇抜な動機は、ある程度予想がついたし、偶然の連続がやや気になるが、これまた素晴らしくダークなのに論理的だ。

そして、やっとボアン先輩が登場する最後の「死は天秤にかけられて」は、お得意の「九マイル」パターンの掛け合いで、これまたダーク&ロジカルで感心してしまう。以上、四編で下手な長編数冊分のミステリ要素がてんこ盛りで詰め込まれていて、個人的には満点でいいのだが、まあ西澤ワールド内でしか許されないだろう点も、正直かなりあるので、この採点とした。でも本書は傑作だ。西澤、恐るべし。

 

●7574 いまさら翼といわれても (ミステリ) 米澤穂信 (角川書)☆☆☆☆★
 

 

で、その「真実」に続く米澤の新刊は、これまた2010年の「ふたりの距離の概算」に続く古典部シリーズの短編集だった。その間に米澤は「満願」(これは僕は評価しないが)「王とサーカス」「真実の10メートル」と三年連続ホームランをかっとばし、まさに日本ミステリの名実ともにナンバーワンに躍り出てしまった。

だのに、まだラノベシリーズを続けるのか、とも感じたのだが、冒頭こそその大人の文体に戸惑ったが、内容はやはり西澤と同じく素晴らしかった。キャラが立ち、論理的で、西澤ほどではないが、作品によっては子供なりにかなりダークで面倒くさい。

結論から言うと「鏡には映らない」がミステリとしてベスト。過去の事件が、あるきっかけでネガとポジが見事に反転し、恐ろしい真実が浮かび上がる。それが、奉太郎の性格と結びついているところがミソ。ここで描かれるダークさは、西澤と違ってリアルでありえるのが怖い。

冒頭の「箱の中の欠落」と「連邦は晴れているか」は、ともに日常の謎。前者は論理はなかなかだが、ホワイ?が描かれていないのが弱い。(まあ、潔いとも言えるが)後者も悪くないのだが、最後の説明が解りにくい。もっとスパッとやれないか。

しかし、それでも米澤が初期に古典部や小市民シリーズで繰り返した、かなりへたくそな日常の謎(あ「さよなら妖精」もそうだった)よりは、格段にレベルが上がっている。成長したのは、文体だけではないのだ。

あと「わたしたちの伝説の一冊」は、伊原の漫画にかける情熱を描いて、読ませるが、正直ここでのダークな部活の覇権争いは、大人の目からは読むに堪えない。面倒くさい。

個人的には、ミステリとは言えないが、奉太郎の省エネスタイルを形作った、過去の事件を描いた「長い休日」と、それと絶妙につながる、千反田えるを描いた表題作の、ラスト二連発が素晴らしかった。もちろん著者はそこを狙っているのだろうが。

しかも、後者のラストは、リドルストーリーになっていて、千反田の将来については、判断を保留のまま、本書は閉じられてしまう。ネットでは、批判が多いが、ここはいきなり結論はダメだと思う。作者の計算勝ち。

というわけで、どうやら古典部はまだまだ続きそうだが、もう一方の小市民シリーズは、ついに冬が「ミステリーズ」に連載ということだが、どうも冬ではなく、番外編のよう。(雑誌が本屋で全然見つからない)ということは、米澤先生らしく、トップになっても、初心忘れるべからず、とふたつのシリーズは続けるようだ。こうなったら、あとは東川の烏賊川市シリーズの新刊が読みたいぞ!

 

●7575 沈黙法廷 (ミステリ) 佐々木譲 (新潮社) ☆☆☆☆

 

沈黙法廷

沈黙法廷

 

 

表紙は、宮部の「ソロモンの偽証」を思わせる重厚さだが、内容はある不幸な女性を描いて、作者名を隠せば、薬丸か葉真中の新刊、と言った方がぴったりくる。まあ、これは書いてもいいだろうが、最後まで内面をきちんと描写されないヒロインは、木嶋某がモデルのように見えるが、それが微妙にずれてくるのがミソ。

被疑者の元恋人、警察、検察、弁護士、マスコミ、さまざまな視点から彼女が描かれることで、彼女の存在が矛盾だらけに見えてくるのに、人間の弱さと本能的な正義感を勘案すると、この矛盾こそが真実に見えてくるのが、素晴らしい。どこまで、作者が計算したのかわからないが、はっきりせず、整合性がないこと自体が、リアルであり、その結果ワーキングプアやマスコミのひどい実態、何よりも老齢の小金持ちの独身男性の、情けなさと気持ち悪さ、が見事に炙り出されている。

惜しいのは、新聞連載ということもあったのか、裁判小説の限界か、中盤(法廷シーン)に繰り返しが多く、必要以上に長くなってしまった点。そして、それに反してラスト数ページでバタバタと片がついてしまう真犯人、ある人物の中途半端な描き方、さらに主人公とヒロインの愛の成就(まあこれはエンタメだから許せるけど)。

というわけで、冷静に考えると、かなり欠点の多い作品だが、舞台が何と赤羽と浦和ということもあり、臨場感溢れて一気に読まされたこともあり、このちょっと甘い採点となった。あと、検察の見込み捜査の怖さも、痛感させられた。

 

●7576 小松左京さんと日本沈没 秘書物語(エッセイ)乙部順子(産経新)☆☆☆

 

小松左京さんと日本沈没 秘書物語

小松左京さんと日本沈没 秘書物語

 

 

小松左京の数々の追悼本において、何度も言及、登場したのが左京の秘書?の著者であり、ずっと記憶に残っていたので、本書が発売されすぐに手に取ったが、正直内容は全然ピンとこなかった。

まあ、推測だが著者はSFの人ではないのだよね、たぶん。まあ、そこが左京の大きさであり、結局腰が定まらなかった理由だろうが。さて、年末年始、ついに「日本沈没」を読んでみようかと図書館で借りてきた。やはり、普通の人にとって、小松左京は沈没の人なんだろうか?

 

●7577 セイレーンの懺悔 (ミステリ) 中山七里 (小学館) ☆☆☆

 

セイレーンの懺悔

セイレーンの懺悔

 

 

このミス大賞出身の作家のツートップとして、著者と柚月を追いかけてきたが、二人とも量産しすぎて難しいところまできてしまった。で、何とか柚月は乗り越えられそうだが(本の雑誌の17年ベストが「慈雨」というのには驚いた。柚月を選ぶなら「あしたの君へ」の方でしょう。まあ、ミステリではないが。本の雑誌編集部には、ミステリが解っている人がいないなあ)中山は、もうあきらめました。

そうは言っても、量産で鍛えられたのか、中山の筆は冴えて、偽装誘拐事件のニュースショーの大誤報を、TVクルーの立場からグイグイ読ませる。ここだけなら、本城のブンヤものと並ぶリアリティーと迫力だ。ただし、そのマスコミ=大衆批判はリアルではあるが底が浅く、結局、主人公もヒロインも、何をも解決できないのだが。

で、どんでん返しの王様としては、やはり最後でひっくり返すのだが、まあこれが安易というか、偶然と言うか。意外性のための意外性であり、学生やヤンキーたち、被害者の家族や近所の人々、そしてマスコミ、弁護士、さらに何より事件を消費尽くす大衆たち。この小説に出てくる人々の汚さに、いやになってしまう。愚か者には、神々自身も勝てない、はアシモフだったっけ。

 

 ●7578 ぼくのミステリ・クロニクル(エッセイ)戸川安宣(国書刊)☆☆☆☆☆

 

ぼくのミステリ・クロニクル

ぼくのミステリ・クロニクル

 

 

読んでいて、胸が締め付けられた。これは、希代の名編集者の語りおろしクロニクルであると同時に、ほとんど同じ時代を生きた、ひとりのミステリマニアとしての、僕の歴史と見事に重なってしまうのだ。

宇山、戸川が新本格というか、日本ミステリのツートップであったことは間違いなく、たぶん早川ではなく、創元推理文庫からスタートした僕にとって、一番影響が大きかったのは、戸川(とかつては厚木淳)であったのだ、と再確認した。

無名の北村薫の企画の、日本探偵小説全集。鮎川哲也と13の謎と有栖川有栖のデビュー。SRの会で会った時から目立っていた、天才松浦正人。そして、鎌倉でお会いした、鮎川先生と戸川氏(北村薫山口雅也我孫子武丸麻耶雄嵩、等々)何もかもがなつかしい。

こんな本を読んでしまうと、あったかもしれないもうひとつの人生を、どうしても夢想してしまう。(個人的には、有栖川有栖と岩崎正吾の軋轢が興味深く、また鮎川哲也の奇妙な結婚生活と、ある意味悲惨な晩年には驚かされた。さらに都筑の挿話ときたら・・・こんなの書いていいの?)

 

●7579 重要事件で振り返る戦後日本史 (歴史)佐々淳行(SB新)☆☆☆★
 

 

じつは「私を通り過ぎた政治家たち」「マンドンナたち」を先に読みだしたのだが、両方とも途中で投げ出してしまった。よく考えれば、○○は素晴らしい。●●はとんでもない野郎、のレベルの(内容の薄い)話を延々聞かされても、全然面白くない。ただ、本書は戦後史のおさらいにはなった。まあ、相変らず最近の佐々は自慢話が多すぎるのだが。最後のオオム事件での、日野原と江川紹子の勇気には感心したが。

 

●7580 メフィストの漫画 (企画) 喜国政彦&国樹由香講談社)☆☆☆☆★
 
メフィストの漫画 (講談社文庫)
 

 

いやあ、こういう作品まで文庫化されてしまった。内容の7割は漫画です。しかし、内容はマニアにはたまらない。(大森も書いているが、有栖川有栖をはじめ、実在の登場人物が、ちょっとかわいすぎるが)とにかく、対談で山口が書いているように、喜国のネタは濃すぎる。数ページの漫画にネタを詰め込みすぎ。クラクラきてしまう。

で、解説で大森が言うように、これってSFファンにおける「不条理日記」だったのか。あまりにも画風が違うので、気が付かなかったけれど、そういわれればそうかもしれない。あと、吾妻には古本ネタはなかったような・・・あ、決定的な違いは、吾妻は説明しないところか。まあ、これはSFとミステリの本質の違いかもしれないけど。

 

●7581 天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART2 (SF) 小川一水 (早川文)☆☆☆☆

 

 

ついに全10巻の9巻まできた。しかし、最終巻「青葉よ、豊かなれ」の刊行は何と18年とのこと。来年はなし。というわけで(今回もかなり遅れて、内容を思いだすのに手間取ったが)来年末は、今までの再読にあてて、最終巻(そうはいっても、たぶん数冊になるんだろうが)に備えたいと思う。

既に刊行7年目を迎えた本シリーズは、個人的には間違いなく、国内SFオールタイムベストである。この先、どんな結末がまっていても、それは変わらない。Ⅷ新世界ハーブCで明かされた、この世界の正体=Ⅰメニーメニーシープのラストのとんでもない謎の完璧な解明、だけでおなか一杯である。

ただ、本書だけを評価すると、セアキとイサリの思いは分かるし、そこに作者のメッセージがあることも解るのだが、人間?はそんなに簡単に恐怖と怨念を超えることができるのだろうか、と感じてしまう。そして、ラストの新展開、いまさら必要だろうか?(ひょっとしたら、カルミアンの正体?)ここは、ミスチフで十分ではないだろうか。

 

●7582 自生の夢 (SF) 飛 浩隆 (河出新) ☆☆☆☆★

 

自生の夢

自生の夢

 

 

ひさびさというか、待望の飛の新作は、残念がら廃園の天使ではなく、NOVA等々に書いた短編を集めたものだった。

が、冒頭の「海の指」で頭を張り飛ばされた。何だ!これは?やはり、ものが違う。何という、異形で壊れたイメージだ。それでいて、リアルに恐ろしく、かつまたなぜか懐かしい。ハムカツに参ってしまった。何だ、このイメージの氾濫は。諸星大二郎つげ義春山本直樹、そして電脳コイル。ゴルディアスの結び目。ソラリス。いや、もう凄いとしか言いようがない。

そして、表題作を中心とした<忌字禍>の連作は、正直良く解らない部分も多いのだが、モチーフは虐殺器官であり、ストーリー展開は「あなたの人生の物語」「ゴルディアス」等々を思わせた。その他「星窓」や「はるかな響き」など、小松左京が書きそうな、ハードなアイディアSFなのだが、飛の表現は圧倒的に新しいのだ。まあ、だから量産が効かないのだろうが。

今年のSFは、「夢見る葦笛」がダントツのベストと思っていたのだが、上田には申し訳ないが、相手が悪かった。作品の平均値や解り易さ(葦笛も決して解り易い、単純な話ではないが)は葦笛の方がはるかに上だが、もうとにかく本書は存在自体が屹立しているのだ。その稀有の世界感は、あの「ラギッドガール」につながっている。

満点にするには、たぶん僕の理解が追い付いてないことがひっかかるだけ。次も何年でも待ちます。自由に書いてください。満足のいく作品を。そういう作家がいるだけで、素晴らしい。

 

●7583 ヤマンタカ 大菩薩峠血風録 (伝奇小説) 夢枕獏 (角川書)☆☆☆★

 

ヤマンタカ 大菩薩峠血風録

ヤマンタカ 大菩薩峠血風録

 

 

いまさら「大菩薩峠=机竜之助」かよ、という感じであんまり触手が動かなかったのだが、読みだしたら竜之助より、新撰組土方歳三の物語、という感じで、原作がどうなのか知らないが、時代設定は合っていて、そうくるか!と驚いた。(読了後、あとがきで確認する限り、獏が勝手に土方を登場させたみたい)

そうは言っても、ここで描かれる血に飢えた?土方は、司馬の描いた冷徹なオーガナイザーとは真逆のキャラクターで、かなり違和感があるのだが。(まあ、沖田の描き方はもっとひどくて、こりゃファンからかなり文句がでるのでは)

で、内容は武闘大会の剣豪バージョンで、さすが格闘シーンを描かせたら第一人者の獏は読ませるのだが、一方でこのパターン(「餓狼伝」も「獅子の門」も)は、いつの間にかどんどん強さがインフレーションし、「リンかけ」「聖闘士星矢」状態に突入し、いやもう誰が勝とうとどうでもいいよ、と今回もなってしまった。まあ竜之助と土方が生き残るのは、解っているのだし。


もちろん、獏も色々工夫はしているのだが、途中で面倒くさくなってきた。内容的に一番近いのは「妖星伝」かもしれないが、SF要素はないし、新聞連載のせいか描写にも縛り?があって、駄作ではないし、珍しく一巻で終るのだが、やっぱりちょっと冗長に感じる。はやく、キマイラを完結させてください。

 

●7584 英国一家、日本を食べる (NF) マイケル・ブース (亜紀書)☆☆☆

 

英国一家、日本を食べる (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

英国一家、日本を食べる (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

 

 

大ヒットして、続編やアニメなどが続々作られたと記憶しているが、13年の作品で簡単に図書館の棚で見つけた。しかし、内容はそれほどでもない、というか日本食に関しても、日本文化に関しても、かなり底が浅くて、読んでいて退屈だった。

また、ここで、アイヌ差別について語るか?という感じで、かなり自分勝手な印象。一番問題なのは、日本食の描写がちっともおいしそうに感じないこと。まあ、だから英国は、とは言わないでおくが、キャチャーなタイトルと、藍色をフィーチャーしたこれまたキャッチャーな表紙、以外に感心するところはなかった。

 

●7585 松本城、起つ (SF) 六冬和生 (早川J) ☆☆☆

 

松本城、起つ

松本城、起つ

 

 

大森絶賛の歴史改変SFだが、どうにものれなかった。もちろん、あの「みずは無限」
を書いた著者だから、「異星人の郷」のような格調高い作品は望まないが、やっぱり
このラノベ的な文体が合わない。で、今回は作品のキモである、歴史改変のロジック
が正直よく分からない。マーカー(主人公)の意味がよく分からないのだ。

 

●7586 刑罰0号 (SF) 西條奈加 (徳間書) ☆☆☆

 

刑罰0号 (文芸書)

刑罰0号 (文芸書)

 

 

著者は今はなきファンタジー大賞出身だと思うが、どうにも書いてる小説のジャンルがイメージできずに、ずっと読まずに来た。しかし、しぶとく生き残り、本書は本格SF?と評判が高い。

が、読み出してすぐ「ジャッジメント」を思い出した。世間では「代体」と比べられることが多いが、それは技術的なことにすぎず、小説としてのレベルは、遙かに及ばない。正直、冒頭なぜ被爆者の話がでるのか、よく分からなかったが、一応とんでもないラストへの伏線ではあった。

ただ、次の「疑似脳0号」の陳腐さは如何ともしがたく、その後もパターンが繰り返され、飽きてくる。確かに物語は「ジャジメント」的復讐法の物語から、どんどん予想外にエスカレーションするが、いかにも無茶ぶりが多くて、美しくない。

そして、何よりSF的部分、0号の科学的論拠が下手すぎる。たぶん、大森をはじめとしたSFプロパーには受けないだろうし、本書はそうあるべきだと思う。ネットの評価は結構高いが。

 

●7587 モネのあしあと (芸術) 原田マハ (幻冬新) ☆☆☆☆

 

 

副題:私の印象派鑑賞術。題名からわかるように、「ジヴェルニーの食卓」の裏話のような内容で、小説と重なる部分も多いし、一方ではある程度の知識がないと読みこなせない。正直、「ジヴェルニーの食卓」を呼んでいない人には、どうかと思う。

ただ、短い新書なのに、ふんだんに写真(絵画&風景)を使っているので、いちいちネ
ットで確認せずにすむ。まあ、個人的には結構楽しんでしまったので、この評価。できれば、残りの三篇も補足して一冊にしてもらいたかったけれど。

 

●7588 新・リーダー論 (政治経済) 池上彰佐藤優 (文春新)☆☆☆☆★

 

 

副題:大格差時代のインテリジェンス。この対談も三冊目だが、調子が出てきた、というか、大統領選に関しては池上も詳しく、内容がかみ合ってきた。たぶん、収録自体はトランプ勝利が確定する前だろうから、内容はかなり修正がかかっていると思う。


それでも、佐藤はトランプの勝利をかなりの確率で見込んでいたのではないか、と思わざるを得ない内容だ。佐藤の博覧強記には驚くしかないのだが、一方では相変わらず胡散臭さも抜けず、なんでこんなに自信を持って言い切れるんだろう、と鼻白んでしまうことも多かった。しかし、今回は脱帽である。

「トランプが大統領になった場合注目すべきなのは、新政権がどういう諮問会議を作るかです。大統領に直結して、議会での手続きが不要で、いわばまったく無責任な立場で参加できるのが諮問会議。この会議のメンバーに誰がなるか」

「少々乱暴に米国をWASPが支配する国と考えた場合、WASPが共和党に自分たちの利益を代表させようとしても、ラティーノや黒人の支持が得られないから、選挙では絶対に勝てない。かといって、民主党の政策も受け入れがたい。するとWASPにとって、誰が大統領になっても自分たちの利益を確保する方法、民主的な手続きを得ない迂回路をつくっておくことが重要になります」

「その意味で、トランプは非常に便利な存在です」こんな説得力のある陰謀論?を初めて読んだ。怖い。

 

●7589 エラリー・クイーン 推理の芸術 (評論) フランシス・M・ネヴィンズ (国書刊) ☆☆☆☆☆

 

エラリー・クイーン 推理の芸術

エラリー・クイーン 推理の芸術

 

 

かつて、本書の原型である「エラリー・クイーンの世界」を読んだ時は(当時はジュニアがついていた)今の米国にも、クイーン=本格パズラーの研究者がいるんだ、とうれしかったが、内容は驚くものではなかったのか、あまり覚えていない。(あのバールストン・ギャンビットも後で気づいた)まあ、当時の僕は、後期の作品の本質が理解できていなかったのが問題だったのだろうが。

そして、本書はその新訳かと思っていたのだが、良い意味で完膚なまでに裏切られた。クイーン信者にとっては、何と熱く、痛く、衝撃的な本だろうか。それは、「世界」ではまだ生存していたダネイに気を使ったのと、著者のつきあいの度合から、リーの記述が非常に少なかったのだが、前者はダネイもなくなり、後者はリーとバウチャーの大量の書簡がオープンになったことで、劇的に変わってしまった。

そして、クイーン信者にとっての最大の試練、汚点であった、代作問題=大量のペーパーバックオリジナルの真相が、ついに明かされたのである。それは、単純な金儲けではなく、その本質は痛切であった。基本的に後期において、リーとダネイのコンビは、実質的に既に解消されていたのだ。その文学観の違いにおいて。

繰り返される口論。争い。そして、各自(特にリー。ダネイにはEQMMがあった)が色んな試み=従来のエラリー・クイーン・コンビ以外の試みを、勝手に繰り返した。これが、代作問題の本質だったのだ。エラリー・クイーンは既に崩壊していた。信者にとってはつらいが、残念ながらそれが真実なのだ。

しかし、晩年「顔」「最後の女」「心地よく秘密めいた場所」において、コンビは復活した。のだがリーには、すでに時間は残されておらず、「間違いの悲劇」はダネイのシノプシスのまま残され、誰の代作の原案ともならなかった。(ということは、代作はスランプに落ち込んだリーが主導したのだ)ああ、何と真摯かつ痛切な福音書だろう。本書は。

 

●7590 花の下にて春死なむ (ミステリ) 北森 鴻 (講談文) ☆☆☆☆

 

花の下にて春死なむ (講談社文庫)

花の下にて春死なむ (講談社文庫)

 

 

年末、「突変」の続編や、宮部の短編集、大阪城を描いた歴史小説集、等々全部投げ出してしまい、結局北森の「香菜里屋」シリーズを読み始めた。かつて、書いたように僕は本書を米国行きの飛行機の中で読んで感心した。しかし、本屋で「香菜里屋を知っていますか」という短編集を見つけてしまい、本書とごっちゃになっていた。

それがきちんと調べれば、本書、「桜宵」「蛍坂」「香菜里屋」の四冊が、同じお店と
主人公=工藤のシリーズであることに気づき、さらに驚くべきことに、予約なしで四冊とも図書館で入手できたのだ。そして、著者の急逝によって、シリーズはこれ以上書かれることはない。

本書は上記のように「香菜里屋」を舞台に、マスターの工藤が常連客たちの不思議な物語を、安楽椅子探偵として解決する、という「黒後家蜘蛛の会」のパターンを踏襲しているのだが、お客が常に同じでも別でもなく、ゆるやかにつながっている点と、ストーリー展開がワンパターンを避けるようにかなり工夫されている点と、何より謎の複雑さ、解決のひねりが本家を凌駕している。

もうひとつの魅力である料理のレシピと描写に関しては、本家はどうだったのか、あんまり記憶がない。

で、第一作が表題作(協会賞受賞)であり、これが本書のラストの「魚の交わり」とリンクしてザ・ウォール的展開となるが、個人的には後者の方が、悲惨ではあるが気に入った。正史のある作品を彷彿させるラスト。ともに評価はAー。

次の「家族写真」は、題材はいいがちょっと論理の展開が弱いというか隙がある。基本このシリーズは駄作が少ないのだが、驚くべきトリックもなく、論理のアクロバットが勝負なのだが、結構そこに隙がある作品も多い。B+。

そして、本書の最高傑作「終の棲み家」。シンプルだからこそ、美しい。A。「殺人者の赤い手」は、子供の都市伝説を使っているが、少しひねりすぎ。ラスト、いまいちぴんとこない。B+。

「七皿は多すぎる」は、題名はケメルマンなので、西澤テイストの強いこのシリーズだから、頑張ってはいるんだけれど、ちょっと複雑すぎる、まさに西澤的作品。B+。

 

●7591 桜 宵 (ミステリ) 北森 鴻 (講談社) ☆☆☆★

 

桜宵 (講談社文庫)

桜宵 (講談社文庫)

 

 

冒頭の「十五周年」が、前作と同じく最終話の「約束」とつながる構成を今回もとっているのだが、それほど成功していない。前者は、面白いがちょっと無茶ぶりだし、後者は北森にしては、ダークすぎて好みではない。評価は両方B+。

次の表題作は、ある植物の特殊性に目をつけた刑事の妻の行動が恐ろしい、はずなのに、西澤と違って北森は暖かい物語にしてしまい、それがいいのか悪いのか微妙。途中、民俗学の先生とやらの話がでてくるのが、ご愛敬。B+。

「犬のお告げ」題名はチェスタトンだが、内容は何とリストラがらみで、これまたかなり無茶なストーリー。B+。「旅人の真実」これも必要以上にひねりすぎて、わかりにくくなっている。工藤の親友兼ライバルの香月登場。

というわけで、このシリーズ特徴である、適度に論理的で、キャラが立っていて、読ませるが、駄作もない代わりに、突出した傑作もない、という典型的な作品集。また、論理、キャラ、料理(酒)とくると、まさに西澤テーストなのだが、北森の場合、そこまでダークにはなれないのが、特徴を弱めているのかもしれないなあ。

 

 ●7592 蛍 坂 (ミステリ) 北森 鴻 (講談社) ☆☆☆★

 

螢坂 (講談社文庫)

螢坂 (講談社文庫)

 

 

シリーズものの宿命というか、やはり三冊目となると、ミステリとしては弱くなる。冒頭の表題作の仕掛けも、残念ながら陳腐としか言い様がない。B。「猫に恩返し」は、前半のネコの物語が面白いが、後半はちょっと無理筋。B+。「雪待ち人」は、珍しくダークだけれど、偶然すぎる。B。

「双貌」は、何と記述トリックを使っていて、きれいに決まったとは言いがたいが、ミステリ的には一番。Aー。「狐拳」は妙に複雑にねじれていて、好みではない。B。

ということで、一冊ごとにミステリとしての評価は下がるのだが、一方ではキャラになじみが出てきて、読むのに苦痛はないので、せっかくだから四作制覇しよう。評価はミステリとしては、ワンランク落ちることを容赦ください。

 

●7593 香奈里屋を知っていますか (ミステリ) 北森 鴻 (講談社)☆☆☆

 

香菜里屋を知っていますか (講談社文庫)
 

 

「ラストマティーニ」老バーテンダーの失敗の理由は、意外ではなく、可もなく不可もない出来。B。「プレジール」ミステリとしてはとりえはないが、ある主要キャラクタ
ー三人の結婚の話であって、読んでしまうしかない。B。

「背表紙の友」古本にまつわる犯罪?に関しては、まあ面白いが、その後の展開はちょっと偶然すぎる。B+。「終幕の風景」これはちょっと解決がないので評価できない。で、ラスト書き下ろしの表題作。

個人的には、必ず「メインディッシュ」のネコがでてくる(工藤はイヌといつも描写されるし)と思ったのだが、何と蓮丈那智と冬狐堂がでてくるとは驚きだが、それが全然落ちてないのには、逆にあきれて驚いてしまった。残念なラスト。

 

●7594 800年後に会いに行く (SF) 河合莞爾 (幻冬舎) ☆☆☆☆★

 

800年後に会いにいく

800年後に会いにいく

 

 

期待していた香菜里屋四部作が、残念ながら盛り下がってしまったのだが、16年の最後の最後に、期待以上の大傑作にあたり、少し幸せな気分。著者は横溝賞出身のミステリ作家だが、確か二冊くらい読んで、あまりのミステリ音痴に嫌気がさして、読まなったのだが、不思議と毎回印象的なシーンがあり、そうか本書のようにSF仕立てにすれば、著者の長所が生きるんだ、と納得した。

本書の魅力は3つある。ひとつはタイムトラベル(のように見せかけた?)800年未来のパンデミックで滅びかけている地球(のメイという少女)と主人公旅人との、地球を救うためのやりとり。(少しインチキ臭いが)

そして、次が科学的蘊蓄であって、進化論に関する色んな説や、自由意志=人間には意志や感情はなく、反応に脳=心が後付けで理由を与える、という有名なリベットの実験。さらには、それをAIの心の発生と結びつける豪腕。等々、僕好みの蘊蓄が相次ぐのだ。

そして、最後にあまりにも平凡かつ素直な主人公と天才ヒロイン=マリアのベタな恋愛小説。

読み終えて、満足のため息をついたのだが、ネット時代の悪いところで、本を読む前と後で、ついネットを確認して反省会を実施してしまう。そうすると、もちろん肯定的意見が多いのだが、なるほど、と思う欠点も多々見えてきて、最初は満点だったのだが、この評価となった。

まず、壮大なストーリーのわりには、やたら登場人物が少なく(セカイ系のバリエーション?)物語世界に緻密なリアリティーが感じられない。また、登場人物も旅人こそ意図的だが、その他の人物造形もラノベ的に底が浅い。

「セブン・トランペッツ」というテロにある人物がかかわるのも、説得力がない。最後に、これは長所かもしれないが、キーとなる伏線がわかりやすいのだ。マリアがあることを事前に知っていたり、PCの電源を抜くと、ウィンドウズがストップしたり。(するわけがない)

いや、それでも本書を読んでいる間、僕は幸せだった。ただ、冷静に考えると、本書を飛や上田の上位に置くことはありえない。またSF的な考証は、正直心許ない。ということで、ミステリ扱いし、「虹を待つ彼女」の上に置くと、とてもしっくりきた。

2016年は以上、226冊でした。

 

 

 

 

 

 

 

2016年 11月に読んだ本

 ●7548 転落の街 (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文) ☆☆☆☆

 

 

シリーズ前作「ナインドラゴン」は衝撃的だった。ネオ・ハードボイルド最後の戦士、といった感じの、あの重たかったボッシュシリーズが、ここまでハリウッド映画的に堕落?するか、と初期からのファンは驚いた。

そして、リンカーンシリーズばかりが訳され、コナリーもボッシュを描けなくなったのかと危惧してしまい、正直本書を読むべきか迷ったのだが、こういう時はすぐに手に入る。で、今回は大方の評価と同じく、かなりもとに戻った。

事件は現在の政治がらみと、過去の事件の二本立てのモジュラー。で、どちらもコナリーらしく考えられてはいる。ただ、結論から言うと何か足りない。ネタは明かせないが、どちらも消化不良なわりには、引っ張りすぎ。途中でネタが割れてからが、長すぎる。

そして、それ以上に、やはり最近のボッシュシリーズには、過去の重さ=陰影がない。のっぺりしている。イクメンボッシュなど見たくはない。というわけで、かなり甘い評価かもしれない。(欠点はそれほどないので、消去法でこうなった)

 

 ●7549 壁の男 (ミステリ) 貫井徳郎 (文春社) ☆☆☆★

 

壁の男

壁の男

 

 

ある人物(村の建物に稚拙な絵を描き続ける男)の過去をどんどん洗っていく、というプロットは、有栖川有栖の「鍵の掛かった男」と相似。そして、その過去の悲惨さは、貫井の「我が心の底の光」に通じるものがある。

というわけで、この物語を泣ける話として評価する人がいてもかまわないが、僕はもうこの手の悲惨な物語は読みたくない。特に子供と動物は、勘弁してほしい。

 

 ●7550 リーチ先生 (フィクション) 原田マハ (集英社) ☆☆☆☆

 

リーチ先生

リーチ先生

 

 

今回は分厚い作品。題名から、おいおい、原田が麻雀小説?阿佐田哲也伊集院静か?と驚いた(あきれた?)のだが、リーチの意味は陶芸家のバーナード・リーチということで(早とちりしてすまん)原田の芸術シリーズは必読と手に取った。

とは言っても、内容はNFに近いもので(主人公は架空のようだが)MOMAシリー
ズより「太陽の棘」のテーストか。

リーチをめぐる白樺派柳宗悦高村光太郎濱田庄司といった面々が、非常に魅力的に描かれており、僕は白樺派=おぼっちゃまの道楽?的な印象を勝手に持っていたので、その欧米をも上回る先鋭さと守備範囲の広さに、驚いてしまった。(リーチ=英国人が知らない、ゴッホセザンヌをいち早く絶賛。その熱い芸術論に引き込まれる)申し訳ないが、白樺派の印象が180度変わってしまった。

しかし、厳しく言うと、物語としての面白さはそれほどなく、新聞連載ということもあり分厚いのだが、その魅力は実在のキャラクターに頼っている。しかも、本来は名もなき地上の星として、ヒーローにならなければならない、架空の主人公亀之介が、イマイチ輝かないんだよねえ。

でも、今回もネットの力は素晴らしく、登場する人物や何より陶器をビジュアルで確認しながら読み、日本の庶民の美というものに、ほんわり暖かくなってしまった。というわけで、これまた少し甘い採点。

 

 ●7551 慈 雨 (ミステリ) 柚月 裕子 (集英社) ☆☆☆★

 

慈雨

慈雨

 

 

「孤狼の血」の大胆な作風の変化で驚かせた著者の新作は、かなり地味目の警察小説だった。とは言っても、主人公は引退と同時に、過去を償うため妻と四国お遍路の旅に出た元刑事なのだが。

ところが、お遍路中に、現実に事件が起きてしまい、それが主人公神場の過去の冤罪事件と絡む、というのは、やはりいくらなんでもご都合主義。娘やその婿である刑事という設定も、ここ三冊くらいかぶっていて、いいかげんにしろと言いたくなる。

さらに、マニア的に言うと、ここで使われるトリックは、古典的短編やハードリーチェイスの「世界を俺のポケットに」等々で、既に使い古されたもの。(たぶん、アニメ・ルパン三世でも何度も使われたのでは?)これに、警察含めた登場人物が全員驚いては、しらけてしまう。

と、かなり貶したが、もちろん著者の筆力は確かで、それでも一気に読ませる。ただ、薬丸の「ラスト・ナイト」と比べると、どちらもオリジナリティーはないが、その語り口に薬丸に一日の長を感じてしまう。また、やっぱりこのおやじ、自分勝手な気がするなあ。

 

 ●7552 ゴジラエヴァンゲリオン (評論) 長山靖生 (新潮新) ☆☆☆★

 

ゴジラとエヴァンゲリオン (新潮新書)

ゴジラとエヴァンゲリオン (新潮新書)

 

 

たぶん「シン・ゴジラ」公開に合わせて上梓された、「戦後SF事件史」のスピンアウト本。ゴジラに関しては、僕は生れたタイミングが良くなく、子供だましのイメージが強い。まだ、ガメラの方が良い印象がある。

で、本書を読み、こんなに多くのゴジラ映画があるんだ、と驚いてしまった。そして。エヴァ。ひさしぶりに、そのストーリーをたどって、楽しい時間をすごした。しかし、厳しく言うと、新しい情報は皆無。(当初のエヴァの映画化案が、「進撃の巨人」に似ていた、というのは面白かったが)

まあ、楽しめたからそれでいいのだけれど。そして、著者の言う僕らの世代への、特撮かアニメか、の究極の二者択一は、僕はアニメと感じる。特撮で、一番影響を受けたのは、「マグマ大使」かもしれないなあ。青血病が本当に怖かった・・・

 

 ●7553 脇坂副署長の長い一日 (ミステリ) 真保裕一 (集英社) ☆☆☆

 

脇坂副署長の長い一日

脇坂副署長の長い一日

 

 

やや復調とは言いながらも、相変らず模索が続く真保の新作は、題名と表紙からわかるように、ジェットコースター・モジュラー警察小説、らしい。

冒頭から主人公脇坂の家族(妻と息子)の謎の失踪?部下の仮病&バイク事故&やっぱり失踪、地元出身のアイドルの一日署長の日に、次々と起きる何だか間の抜けた事件の数々。

そして、そのアイドルがとんでもない行動をとり、さらにはとんでもない、等々ととんでもない事件が続く。最初のうちは、こういう偶然が偶然を呼ぶミステリが嫌いな僕も、さすが真保、定型の中で見事に定型を破っている、と喜んだのだが、だんだん、それらの事件がひとつに収斂してきてしまい、いくらなんでもご都合主義と今度もまた叫んでしまった。

そして、何より問題なのは、このいくつもの事件が絡む複雑な犯罪の本質が、じつにつまらないことである。この犯罪は、ちっとも美しくないのである。で、今回もまた、主人公の娘の婿が刑事で、事件に絡むところが、いいかげんにしろ、となってしまった。このパターン禁止。

 

 ●7554 Dの殺人事件、まことに恐ろしきは 歌野晶午(角川書)☆☆☆★

 

Dの殺人事件、まことに恐ろしきは

Dの殺人事件、まことに恐ろしきは

 

 

題名から、密室ゲームシリーズだと、ちょっと苦手、という意識が合ったのだが、そうではなく、本書は乱歩のパロディー?集で、「椅子? 人間!」「スマホと旅する男」表題作「お勢登場を読んだ男」「赤い部屋はいかにリフォームされたか?」「陰獣幻戯」「人でなしの恋からはじまる物語」 の八編が収録されている。

この中では「お勢登場」と「人でなしの恋」は、読んだ記憶がないのだが、その他チョイスはGOOD。僕の乱歩の短編のベストは「押し絵と旅する男」であり、次点が「赤い部屋」だ。

で、冒頭の「椅子? 人間!」が結構面白く(一気に引き込まれ、人間椅子を忘れたのが正解)期待したのだが、残りは駄作とは言わないが、やや物足りなかった。全ての作品で、ハイテク?が使われるのだが、これがそれほど効果をあげていないのだ。

 

 ●7554 小説、君の名は。   (SF) 新海 誠 (角川文) ☆☆☆★

 

 
 ●7555 君の名は。Another Side(SF) 加納新太 (角ス文) ☆☆☆☆

 

君の名は。 Another Side:Earthbound (角川スニーカー文庫)
 

 

TVで古館と新海の対談?を観て少し興味を持ち、何となく嫁さんと浦和パルコで映画「君の名は。」を観て、はまった・・・。

新海の作品は、「秒速5センチメートル」をTVで観たことがある。そして、その精密画のような絵と光のマジックに感動し、痛いまでの喪失のせつなさは感じたが、正直ストーリー展開がかなり勝手で解りにくく、モノローグの多用も好みでなく、さらに見ようとは思わずそのままだった。

で、今回はとにかく、まったく情報なしで観たのが大正解だった。正直いまさら「転校生」かい?と僕らの世代ならみんな思ったように僕も当然思い、全く興味を持たず見事に情報を遮断していたら、後半の展開に底が抜けてしまった。そうくるのか?

だから、もし幸い僕のように「君の名は。」の内容を全く知らない人は、この後の文章を読まずに、すぐに映画館に直行してほしい。この映画は、やはり大スクリーンで見るべきと思うので。

で、そうは言っても後半の展開には、一回見ただけでは納得できない?が結構浮かぶ。そこで、これまた評判のいい小説&アナザーストーリーを買ってきて一気に読んでみた。

小説の方は、新海自身が映画が完成する前に書いたようだが、読み易いが、内容的には映画とほぼイコールで、敢えて読む必要性は感じなかった。まあ、僕は映画を観て、読んだので、すべてのシーンがよみがえり、それはそれで復習を兼ねて面白かったのだが、映画を見ずに読むのはやめたほうがいいと思う。

そしてアナザーサイド。ここでは、三葉ではなく、1、瀧、2、テッシー、3、四葉、4、三葉の父(と母)、の四つの視点から、同じストーリーを語り直していく。とは言っても、それほど大したものではなく、これまたこの作品だけ読んでも、何も理解
できないだろう。

本書の特徴は(以下・映画ネタバレ)映画を観た人が誰でも感じるテッシー、何でそんな大それたことを簡単にやるんだ!と、結局ラスト何で助かったの?父親は何で、急に三葉を信じたの?という巨大な謎への回答が書かれていることである。

そうは言っても、前者はまだ説得力が足りない。ネットでも大絶賛なのは、三葉の父親の物語で、民俗学者として三葉の母親の二葉と出あい、宮水家に婿入りし、二葉の死によって、宮水家を出て、市長選に打って出る父親の思いと行動が、映画のやや拍子抜けのラストの裏の物語として、見事に補完機能を果たしている。

正直、この物語は後付かもしれないし、映画に盛り込むと理屈っぽくなり、ストーリーの流れが崩れるかもしれない。でも、映画に感動した人は、ネットでもいいからこのサイドストーリーを読むべきだと感じた。(何か、碇ゲンドウ・小市民バージョンのような感じがした)

というわけで、冷静に考えると、新海、ちょっと川村元気に毒されすぎだぞ、作家性の危機、という気も少しするが、いやいやこれこそが、ポスト・ジブリのシン・アニメの王道だ、という気もする。というか、これほどアニメに興奮したのは、社会人一年目、富山の映画館で木村と「ナウシカ」を観たとき以来かもしれない。

 

●7556 また、桜の国で (フィクション) 須賀しのぶ (祥伝社) ☆☆☆★

 

また、桜の国で

また、桜の国で

 

 

「革命前夜」が予想以上の傑作だったので、須賀の分厚い新作にも大いに期待した。今回もまた第二次大戦下の欧州が舞台だが、ポーランドというところがミソか。しかし、残念ながら期待はかなわなかった。

もちろん、駄作というわけではないのだが、主人公の棚倉、そしてヤンとイエジという三人がメインなのだが、イマイチ人物造形が単純で、感情移入しづらい。そして、何よりストーリーが単調なのだ。

もちろん、ポーランドの悲劇を語る作者の筆には力がこもるのだが、エンタメとして観た場合、ちょっと力みすぎで、空回りを感じてしまう。正直、長すぎて、まじめすぎるのだ。

 

 ●7557 横溝正史読本 (企画) 小林信彦編 (角川書) ☆☆☆☆☆

 

横溝正史読本 (1976年)

横溝正史読本 (1976年)

 

 

偶然、いやシンクロニシティーはあるものだ。NHKで「獄門島」のリメイクをやるということで、その前に横溝の角川映画を毎日放映していて「手毬唄」「犬神家」を観た後、図書館で本書を見つけた。

小林が編集した「横溝正史読本」というのは、高校時代に幻影城から上梓されたのを買って読んだ記憶があるので、その本と思ってパラパラめくったら、どうも内容が違う。横溝と小林の対談が全体の半分を占めるボリュームがあるのだ。

詳細はまだ分からないが、本書は別物で角川からでていて、時期は76年で、「犬神家」によってブームが大爆発する前夜、とでもいうべきタイミングだ。そして、その対談のレベルの高さに驚いてしまった。

もちろん、小林の博学は当然で、それがまた事前勉強をしているのだから(対談前夜に二時半まで「獄門島」を読んで、寝不足状態)すごいにきまってるし、冒頭で横溝も小林の姿勢に大いに感謝している。たぶん、小林は当時40歳前後で、いまやこんな評論家は絶滅だろうなあと思う。

しかし、今回驚いたのは、横溝正史の博学、というかミステリ力の凄さにある。(「Yの悲劇」の評価など完璧で、だからこそ「きちがいじゃが」が生まれたのだ)そして、そうか横溝もまた、小林と同じく作家であると同時に、雑誌編集長(新青年、他)だったことを、思い出すのだ。この二人の本質は、相似なのだ。だからこそ、こんなレベルの高い対談が実現したのだ。

戦後日本のミステリ文壇は、評論の乱歩と実作の正史が引っ張ったとずっと思っていたし、もちろんその通りである。しかし、正史にもこんなレベルの高いミステリ論があり、それは乱歩との交流によって常に互いに刺激を与えてきたのだ。しかし、今時原書でミステリをここまで勉強する作家が、どこにいるだろうか。

戦後、「本陣」「蝶々」「獄門島」が続いて上梓された時が、日本ミステリのひとつのスタートであり、ひょっとしたらピークだったかもしれない。歴史的意義の「本陣」、完璧な様式美の「獄門島」、そして実は中学時代一番面白く感じたのは「蝶々」だったのだが、この三冊の比較が面白い。

ああ、「幻影城」といい、本書といい、日本ミステリは二人の巨人によって、戦後すぐにここまでのレベルに到達し、未だにそこからのがれられていないのかもしれない(どうやら、僕が読んだのは「横溝正史の世界」という幻影城の別冊ムック本で、小林は関係していないようだ。このあたり、小林の乱歩本と混乱しているかもしれない)

 

●7558 セカイからもっと近くに (評論) 東 浩紀 (東京創) ☆☆☆☆

 

 

副題:現実から切り離された文学の諸問題。東が、新井素子法月綸太郎押井守、そして小松左京の作品をもとに、現代における想像力と現実の折り合いの悪さ、自己と社会の結びつきの不毛さを、セカイ系の限界として描いた作品。東はラカン分析の「想像界」「現実界」「象徴界」を援用し、セカイ系の小説群を「想像界現実界が短絡し、象徴界の描写を欠く」と定義するが、これはわかりやすい。

そして、それは「象徴界」=社会、政治を描いてきた(たとえば「日本沈没」)小松の諸作とセカイ系の作品の対比によってより明らかになる。僕らはもはや、特に震災後は、社会を堂々と描くことは難しい。そして、日本沈没のリメイク映画は、見事に社会を描かない。(そういう意味では、「君の名は。」はセカイ系であり、「シン・ゴジラ」はその確信犯的反動といえるのかもしれない)

しかし、小松の作品だけでなく、日本SF最高傑作とされる「果てしなき流れの果てに」は、そのスケールの大きさから社会を描くことは不可能で、その物語は見事にセカイ系と言える。小松は、逆説的にセカイ系ともつながってしまったのだ。

そして、小松の作品における、あまりにも古くさい女性像とマザコン的感性。しかし、東はSFという存在をピュアに受け止め、小松へのリスペクトも強く感じる。何より取り上げる作品が「神への長い道」「ゴルディアス」「虚無回廊」と非常に僕好みである。まあ「虚無回廊」は未完であり、小松の弱点をさらけ出してしまった作品でもあるが。

しかし、本書を読み終えて、いや最初からずっと、本書には東のあきらめと疲れが充満している。だからこそ、最後の文芸評論と冒頭に宣言したのだろう。東の疲れは、時代の疲れであり、少し先輩の僕も共有するものだ。

新井や法月の分析も面白いのだが(押井はまたか、という感じ。新井の「絶句」を読みたくなった)ここは、小松を中心に語ってみた。

 

 ●7559 僕が愛したすべての君へ (SF) 乙野四万字 (早川文) ☆☆☆☆
 ●7560 君を愛したひとりの僕へ (SF) 乙野四万字 (早川文) ☆☆☆☆

 

 

平行宇宙というものが、科学的に立証された未来、人は腕に巻いたIP端末で、今自分がどの世界にいるかを確認できる。元の世界が000であり、人は自然に001の世界や003の世界と短時間入れ替わり、時にはかなり離れた世界(登場人物がかなり変わっていたりする)に長時間滞在することもある。(新井素子に似た設定の作品があったな)

そういう世界で、平行世界を研究する科学者の息子と娘が主人公の、もちろん別の平行世界の物語、いやラブストーリー。「僕」の主人公は高崎暦(れき)であり、「君」の主人公は日高暦(こよみ)。そして、双方のヒロインが、別人であるところが、ミソ。

ネットでは読む順番が論争になっており、「君」→「僕」が優勢だが、僕は逆に読んでしまった。確かに、「君」→「僕」だと伏線がうまく回収される気がするが、小説としては「僕」の方がよくできている。

和音に比べて栞にちょっと魅力が足りないこともある。(まあ、おばかすぎるのだが)しかし、読み方は逆だったかもしれないが、もう一度「僕」のラストを読み返すと、ある意味定番のラストが、非常に丁寧に書き込まれていて、うれしくなってしまう。

このラストは「時をかける少女」から「君の名は。」まで続く、時間SFの王道だが、ここまで書いてくれると満足するしかない。「名のるほどの者ではありません。」には苦笑。

著者は全く知らないラノベ系の人らしいが、野崎の「Know」と同じく話題になり、またもSF界には期待の新人の登場だ。実際、作風や文体も野崎に似ている。まあ、こっちは白野崎、という感じだが。(実はそうは言っても、両作ともにかなりきついストーリーがまっているのだが)次作に期待したい。

 

●7561 紙の城  (フィクション) 本城雅人 (講談社) ☆☆☆★

 

紙の城

紙の城

 

 

「ミッドナイトジャーナル」に続く、新聞社を舞台にした新作。ただし、今回はITの時代における、衰退する新聞業界というビジネスモデルがテーマとなっており、旧態依然たるプロ野球の新しいビジネスモデルを描いた、著者の最高傑作「球界消滅」のテーストも強くあり、期待は膨らむ。

ホリエモンをモデルにしたIT企業の風雲児轟木はTV会社を買収しようとしたが、方針を急遽変えてその子会社の全国紙東洋新聞の株を譲り受け、子会社化しようとする。その裏には、孫正義を思わせるIT業界の巨人、米津がいた。

というストーリーだが、主人公の安芸やヒロイン霧島、そしてダークヒーロー権藤、等々キャラクターは相変らず立っているし、得意の新聞社内部のディティール描写もうまい。

しかし、肝心のビジネスモデル、轟木がなぜ新聞社を買収しようとするのかが、最後までよく解らなかった。米津と権藤の意志は一応わかるが、それもまた弱いし、何より新しいIT時代の新聞の姿が、あいまいというか魅力がない。

ここが「球界消滅」と決定的に違う。「球界消滅」の新しいプロ野球のモデルは、非常に魅力的だった。そして、最後のオチも、こうくるか、という感じで、竜頭蛇尾に感じてしまった。読んでる間は面白いが、残念ながら小説としての出来は、やや物足りない残念な作品。

 

●7562 メイン・ディッシュ (ミステリ) 北森 鴻 (集英文) ☆☆☆☆

 

メイン・ディッシュ (集英社文庫)

メイン・ディッシュ (集英社文庫)

 

 

著者のデビュー作「狂乱廿四孝」は、期待が大きすぎたせいかあまり良い記憶がない。しかし、著者の「花の下にて春死なむ」という連作ミステリには、感心した。(ちょ
うど米国に向かう飛行機の中で読んだ)しかし、蓮丈那智シリーズが読みにくくなり、大作「蜻蛉始末」がイマイチで、すっかりご無沙汰していたら、何と著者が亡くなってしまった。

しかし、ネットの評価で読んでみた本書もまた、「花の下」と同じテーストの丁寧な連作集だった。読み終えて思うのは、北森と西澤の共通点である。(あくまで、ダークじゃない方の西澤)丁寧なロジック展開、キャラ立ち、そして何よりB級グルメ描写の冴え。

ひょっとしたら、北森にとって蓮丈シリーズは、鬼門だったのかもしれない。そうは言っても、本書は人間関係にすこし無理が多くて、傑作とは言いずらいが、このパターンならもっと読んでみたくなった。やや、甘目の採点。

 

 ●7563 あなたのいない記憶 (ミステリ) 辻堂ゆめ (宝島社) ☆☆☆★

 

あなたのいない記憶

あなたのいない記憶

 

 

このミス大賞受賞の作家の第三作。帯では、有栖川有栖大森望も絶賛、虚偽記憶というテーマも、結構好みなので(筒井の「鍵」や高橋の「赫い記憶」は大好物)早速手に取った。

まず、文章のうまさに驚いた。高知弁がちょっとうっとおしいが、流れるようにスムーズな文体は、とても24歳とは思えない。また、これまた予想通り、幼馴染が大学で再会し、タケシという人物のそれぞれの記憶が、全く食い違う、という発端も素晴らしい。

ただ、この謎解きが結構時間がかかり、中盤ややだるくなる。そして、ラスト。正直、こんな面倒なことしないでしょう、の感が強く、努力は分かるが、物足りなさが残る。このネタは中短編でないと、アラが目立つでしょう。タケシはともかく、両親の行動は納得できない。

で、実は本書はミステリと書いたが、殺人があるわけでもなく、ラストを読めば恋愛小説と言うべきかもしれない。そう、これはもっとシンプルに、中編でまとめれば、余韻の残る恋愛小説の傑作になったかもしれない。ただ、この作者は書ける。「完全なる首長竜」を思い起こした。次に期待。

 

●7564 比ぶ者なき (歴史小説) 馳 星周 (中公社) ☆☆☆☆☆

 

比ぶ者なき

比ぶ者なき

 

 

読み始めてすぐ思った。そう、こんな歴史小説を待ってたんだ、と。馳の新作が歴史小説というのは、過去の多くのミステリ作家の例を見ても驚きはなかった。陳舜臣のように歴史小説が本業になった作家もいれば、最近では垣根の「室町無頼」の成功が記憶に新しい。

しかし、馳の場合はやはり北方の影響を感じる。北方の「三国志」がそうであったように、本書において馳は説明的な地の文章を全く使わず、流れるような会話の中で、奈良時代という普通の人にはなじみの薄い時代背景を、見事に描くというはなれわざをなしとげた。

これほど、ストレスの少ない歴史小説はなく、よく考えれば合戦シーンも全くない。本書は、題名からわかるように、日本のグランドデザインを作り上げた天才政治家、藤原不比等とその妻の橘三千代を描いた、日本初と言ってもいい、躍動感あふれる歴史小説だ。

しかも、馳が描いたのは「政」の心理的駆け引きのみ。しかし、その裏には日本の歴史をねつ造し、天皇制=藤原時代を確立するプロジェクト、という不比等の圧倒的なスケールが描かれていて、感嘆するしかない。聖徳太子架空説の使い方も素晴らしい。(巻末の参考資料に大山誠一の著作が並ぶ)

正直、本書の文体から、あのエルロイ大好き馳のハードボイルドをイメージすることは不可能だ。しかし、三千代から持統、元明、元正、という三代の女性天皇の描き方は凄いとしか言い様がない。(大海人皇子鎌足の描写が少し物足りないが。中大兄皇子は、登場しないのに信長並みの存在感がある)

さて、本書の続編があるとするならば、長屋王の変、すなわち長屋王VS藤原四兄弟の戦いとなる。(しかも、天然痘つき)それは是非読みたいし、奈良時代となれば、道鏡まで描くのだろうか?

この時代を描いた作家は、黒岩重吾しか思いつかないが、僕は過去から結構興味があって勉強してきた。そして、やっとこんな素晴らしい小説に出会った。ぜひ、直木賞をとって、奈良時代の第一人者となってほしい。

 

●7565 村上春樹と私 (エッセイ) ジェイ・ルービン (東洋経) ☆☆☆★

 

村上春樹と私

村上春樹と私

 

 

村上春樹の翻訳者にして、傑作「ハルキ・ムラカミと言葉の音楽」の作者、ジェイ・ルービンの、村上春樹との具体的な付き合いを描いたエッセイ。なのに、ここには村上春樹の姿は、なぜかあまり感じ取れない。

冒頭の著者が編纂した芥川の短編集への村上の解説、などは非常に面白かったのだが、それも繰り返し語られるのはイマイチ。翻訳裏話としての、村上とのやりとりも、もっと面白く書けるんではないか、と感じる。

たぶん、著者はファンとして、必要以上に村上をリスペクトしてしまっているのだろう。途中とても面白かった、ニューヨカーに村上の短編が載った時の話や、村上の短編の朗読会の話が、ともに「ハルキ・ムラカミ」からの再録だったのには、ちょっとがっかり。しかし、東洋経済がこんな本を出すんだ?

 

●7566 伝える力 (ビジネス) 池上 彰 (PHP) ☆☆☆

 

伝える力 (PHPビジネス新書)

伝える力 (PHPビジネス新書)

 

 

07年の本で、14年度で何と124刷。ブーム前夜か、始まったばかりの頃か。NHKの週刊こどもニュースのことがよく出てくることからも、そう感じる。

ただ、内容は正直物足りない。個別に書いていることは、間違ってはいないけれど、驚きもない。そして、なにより全体の構成に、論理的な体系化を感じないのだ。

まあ、これは最近の池上の新書にも、良く感じる欠点だが。そのあたりは、やはり本職の斎藤孝あたりに、一日の長がある。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年 10月に読んだ本


 ●7534 黒面の狐 (ミステリ) 三津田信三 (文春社) ☆☆☆★

 

黒面の狐

黒面の狐

 

 

なかなか刀城言耶シリーズの新刊がでない著者だが、本書はかなり分厚くて力が入っている感じで、期待して読みだした。まあ、題名と表紙はイマイチだが。

「幽女の如き怨むもの」においては、今までの作品とは趣が違い、戦前の遊女たちを綿密に描きこんだが、今回もまた戦後すぐの炭鉱と朝鮮人差別について重厚に描く。もちろん、それは悪いことではないのだが、やはり著者に求めるのはパズラー(とホラーの融合)であり、本書の場合はそのバランスが崩れてしまっている。

パズラーとしても、終盤何度もひっくり返すのだが、なぜかあまり熱意がこもってなく、驚きが感じられないのだ。まあ、パズラーとホラーの融合=「火刑法廷」黄金パターンと思っていたら、いつの間にかホラー部分がどこかに行ってしまったのには、拍子抜けしたが。

これはもう、刀城言耶シリーズをリハビリのためにも、早急に書くべきではないだろうか。

 

 ●7535 リボルバー・リリー (ミステリ) 長浦 京 (講談社) ☆☆☆★

 

リボルバー・リリー

リボルバー・リリー

 

 

確か北上が褒めていたので、予約したと思うのだが、全く知らない作家。どうやら難病を患っているらしく、量産はできないとか。戦前の日本を舞台にした壮大な物語で、ヒロイン小曽根百合は、国家が人工的に創り上げた殺人兵器、というかなりぶっとんだ設定で、前半は血なまぐさい事件もあり、一気に引き込まれた。

ただし、読みながら、この小説のジャンルは何なのか、首をひねった。冒険小説、スパイ陰謀小説、そして伝奇小説の趣もある。ヒロインの造型はやや理解しにくいが、そのアクションシーンは良く出来ている。そう、著者には月村了衛と似たテーストを感じるのだ。

ただ、残念なことに物語は後半話が広がり過ぎて、冗漫・冗長になってしまった。惜しい作品。ただ、月村だって「暗黒市場」でピークに達するまで、数冊かかった。体力的に厳しいかもしれないが、次作に期待したい。

 

 ●7536 彼女がエスパーだったころ (SF) 宮内悠介 (講談社)☆☆☆★

 

彼女がエスパーだったころ

彼女がエスパーだったころ

 

 

衝撃のデビュー作「盤上の夜」を思わせる、ドキュメンタリータッチの短編集で、著者が描くのは、超能力&超常現象。ただし、その内容は「盤上」のシリアスさよりも、ユーモア?不条理感がかなり前面に出ていて、正直どう消化していいのか難しい作品が多かった。

冒頭の「百匹目の火神」こそ、ライアル・ワトソンの「百匹目の猿」の、テリー・ビッスン風変奏曲?(「熊が火を発見する」)として、楽しんだが(これ、ギャグですよね)表題作は微妙に笑えず、「ムイシュキンの脳髄」も、「しあわせの理由」あたりと比べると消化不良。

後半は益々もやもや感がつのり、ラストの「沸点」では、表題作の美しすぎるエスパーが再登場するのだが、やっぱりなんだかなあ、消化不良。

 

●7537 魂の沃野  (歴史小説) 北方健三 (中央公) ☆☆☆

 

魂の沃野 上

魂の沃野 上

 
魂の沃野 下

魂の沃野 下

 

 

まあ、僕はそれほど評価しないのだが、あの水滸伝=北方が、加賀一向一揆を描くとなると、革命の物語としてわくわくした。冒頭で富樫なにがしがでてくると、おお!こいつが富樫か、と思ったのだが、主人公は風谷小十郎という若者らしい。

しかし、読み進めるにつれて、期待は萎んでしまう。とにかく、描かれる事件・合戦が小さく(当然、歴史的には無名)やたら登場人物が多く、感情移入がしずらいのだ。

北方の文体は、もちろんハードボイルドなので、内面描写はほとんどないのだが、水滸伝ですら群像劇にこの文体は相性が悪く、誰が誰か良く解らなくなってしまうのだ。期待が大きかったせいもあるが、残念な出来だった。

 

 ●7538 ささやく真実 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (創元文) ☆☆☆☆

 

ささやく真実 (創元推理文庫)

ささやく真実 (創元推理文庫)

 

 

マクロイの未訳の作品が次々上梓されるのは素晴らしいのだが、そのレベルの高さに驚いてしまう。正直、過去に訳された作品より、最近の作品のほうが良い気がしてしまう。まあ、新訳のせいも大きいだろうが。今回も駒月雅子の訳は素晴らしくコンパクトで一気に読んでしまう。

ただし、本書はあの傑作「逃げる幻」と同じく創元が強調する、パズラー、フーダニットに魅力の本質があるわけではない。「幻」よりはましだが、そこに大きな期待をしてしまうと、今回もはずしてしまう。

本書の素晴らしさは、「自白剤」というギミックと、クローディアという悪女の魅力にある。これらが、素晴らしくオフビートな魅力を醸し出す。冒頭からのスピーディーな怒涛の展開は、「二人のウェリング」以上で一気読み。

マクロイの本質は、パズラーを描いても、かならずどこかでオフビートになるところ、なのかもしれない。だからこそ、優等生探偵、ウェリング博士がバランスをとっているのかも。まあ、今回は博士がニーチェを語りだしたりするのだが。マクロイに脱帽。

 

 ●7539 デトロイト美術館の奇跡(フィクション)原田マハ(新潮社)☆☆☆☆

 

デトロイト美術館の奇跡

デトロイト美術館の奇跡

 

 

僕にとっての米国美術館は、MOMA(クリスティーンの世界)とシカゴ美術館(夜ふかしする人々)なので、デトロイト美術館は全く知らなかった。

で、原田が実話を基に書いた、四編の連作小説。①フレッド・ウィル(妻の思い出)2013年 ②ロバート・タナヒル(マダム・セザンヌ)1969年 ③ジェクリー・マクノイド(予期せぬ訪問者)2013年 ④デトロイト美術館(奇跡)2013-15年。の四編が、見事な起承転結を形作っており、完成度は高い。

ただ、惜しむらくは全体に短く、長編と言うより中編の分量しかない。かと言って、この内容を膨らませてもしょうがないと感じる。

そう、本書はあと2編くらいの中短編とともに上梓されれば「ジヴェルニー」を超える傑作になったかもしれない。もちろん、現実のデトロイト美術館作品の上野での公開、というしがらみがあったせいで、こうなったのだろうが。そして、そういう作品としては、本書はベストに近い傑作だと思う。

 

 ●7540 虹を待つ彼女 (ミステリ) 逸木 裕 (角川書) ☆☆☆☆★

 

虹を待つ彼女

虹を待つ彼女

 

 

圧倒的な評価を集めた、第36回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作!!ということで、今回もまた有栖川有栖が絶賛。(彼は、鮎川哲也に恩返ししているのだろうか?)で、今回は僕も全く同感。確かに色々突っ込みどころはあるが、本書は新人賞の作品としては、近来稀にみる完成度だと思う。

まず、文章が素晴らしい。舞台は近未来で、AIがテーマなのに、説明文をほとんど使わず、工藤、晴、紀子、といった主役だけでなく、西野や田島といった、オタク・ニート系の脇役も、リアルかつ魅力的に描かれていて感心した。本筋とは違うのだが、将棋の目黒五段もいい味だしています。

そして、ストーリー。いきなり、ドローンとVR、という最先端グッズを出しながら、最後は懐かしい純愛?小説となる。このあたりの喪失感は、エヴァやあの傑作「愛の徴」を思わせる。

で、本書は賞の性質からミステリとしたが、近未来SFであり、AI、ゲーム、をテーマとしながら、恋愛小説であり、成長小説である。(しかも、途中にはミステリ的な驚きも、何度も仕掛けられている)

正直、紀子の行動に、やや納得できない部分があるのだが、いやこれだけ書いてもらえば十分だ。恐るべき新人が現れた。次作に期待

 

●7541 夢見る葦笛 (SF) 上田早夕里 (光文社) ☆☆☆☆★

 

夢みる葦笛

夢みる葦笛

 

 

驚いた。「華竜の宮」「深紅の碑文」の二巨編によって、小松左京の後継者として
トップランナーとなった著者は、その裏側で恐るべきレベルの短編集を紡いでいたのだ。ここ何年か、こんなレベルの高い短編集を読んだことはなかった。

何というバラエティーに富んだ多様な物語たち。何という濃密な作品たち。それぞれが、長編小説のクライマックスと呼んでも良い、そのくらいの密度だ。しかし、その一方で、ここには明確な統一テーマ=ポスト・ヒューマン、人間を超えるもの、があり物語も女性視点から、最後は性別を超え、AIまで行ってしまう。

冒頭の表題作から、一気に引き込まれる。街中、いや世界中に静かに跋扈する異形のイソアの強烈なイメージ。そう、本書のすべての作品が、恐るべきイメージ喚起力を持っているのだ。

次の「眼神」の憑き物の描写も、論理ではなくイメージ=絵である。凄いとしか言いようがない。「完全なる脳髄」の情け容赦ない描写と抒情の奇跡の融合。閑話休題というべき、ショートショートの「石繭」ですら、圧倒的なイメージ喚起力があり、ちょっと忘れられない。

そして、珍しく大森と意見が合った、ポスト・ヒューマン三部作とでも言うべき「氷波」「滑車の地」「プロテス」。遥かなる異星、異世界を描きながら、見事にAIと人類の交流とその先を描いている。特に「滑車の地」は、救いのない圧倒的な悲劇でありながら、なぜか爽快感すら覚える。

まさに、きれいはきたないであり、そのグロテスクな描写が、美にすら昇華されているのには、感嘆するしかない。そして、最後の「楽園」「上海フランス租界320号」「アステロイド・ツリーの彼方へ」は、リアルな物語となり、ここでも圧倒的な絵、それはひよこであったり、灯篭であったり、猫であったりするのだが、凄い、素晴らしい、としか言いようがない。上田早夕里、恐るべき充実度である。

実は本書を興奮しながら読んでいたのだが、時間切れになり、最後の2編を残したまま、ルヴァンカップ決勝戦が始まってしまった。そして、その後の濃密な1日を過ごした後、残りを読み切ったので、正直当初の興奮が少し醒めてしまった。もし、そのまま最後まで読み切ったなら、採点は満点になったような気がする。

 

 ●7542 蜃気楼の犬 (ミステリ) 呉 勝浩 (講談社) ☆☆☆★

 

蜃気楼の犬

蜃気楼の犬

 

 

「道徳の時間」に、予想外の可能性を感じて、本書(連作長編)を読みだした。正直言って、もっとけれんがあるのかと思っていたら、案外普通の警察小説でやや拍子抜け。主人公に二回りも年下の妻があいる、というのが唯一のけれんだが、何だかなあ、という感じ。

しかも、最初の数編はミステリとしての説明がイマイチで、やや解りにくい。で、連作ミステリお約束のラストだが、いやあこの手で来たか。まあ、それほど意外ではないのだが、この手の作品は思い浮かばない。

でも、やっぱり処理が雑。もう少しうまくやれば、もっと効果が出たと思う。そういえば、「道徳の時間」も同じだ。で、結局主人公の妻の謎はどうなった?これは続編があるのだろうか。まあ、別に読みたいとは思わないが。

 

●7543 池上彰の「ニュース、そこからですか!?」(社会経済)(文春新)☆☆☆★

 

人質の経済学 (文春e-book)

人質の経済学 (文春e-book)

 

 

題名からわかるように、池上の週刊文春の連載をまとめたもの。2012年の本とちょっと古いのだが、冒頭のテーマがEU危機で、そもそもなぜEUが生まれたのか?戦争抑止のため、EUの弱点=金融政策と財政政策の分離、というのは、さすが池上、解っている!という感じだったので、読みだした。

が、やっぱり文春の連載が内容の突っ込みがたらず、面白くないように、本書も物足りない。また、こういう時事ニュースは、たった3-4年で腐ってしまう。今回も、アラブの春にISが登場しないのだから、ピントはずれの感が強い。

もちろん池上のせいではなく、こういう本の宿命。まさか、この時点で英国がEUを離脱することは、誰も予想しなかったでしょう。

 

●7544 現代SF観光局 (エッセイ) 大森 望 (河出新) ☆☆☆☆★

 

現代SF観光局

現代SF観光局

 

 

 

SFマガジンに(不定期?)連載していた大森のエッセイが、河出からまとまった。ひさびさだな、と思っていたら、冒頭が伊藤計画と宇山さんの死の記事から。ああ、時は無慈悲な夜の女王か!

僕=マニアには、時代を一緒に駆け抜けた(寝た?)評論家がいる。80年代、それは北上次郎だった。(それ以前は、同時体験ではないが、江戸川乱歩幻影城だった)そして、90年代は個人ではなく「このミス」だった気がする。

そして、21世紀はずっと大森だ。間違いない。大森の薦める本の半分以上は、実は理解できない。それでも彼の書いたエッセイは、同時代体験を越えて、リアルに心と頭に染み込んでくるのだ。特に前半は、素晴らしい時を過ごすことができた。

ただ、後半は本人がアンソロジー・マシンになってしまったこともあり、内外のアンソロジーの話が多くなり(僕はメリルより、ウォルハイム&カーの方が好き)ここちょっと書誌学的になってしまい、読むのがしんどかった。

そして、小松左京の死。浅倉久志柴野拓美平井和正殊能将之、ああ、時は流れぬ。筒井と小林が亡くなったとき、僕はどれだけの激震に襲われるのだろうか。

 

 ●7545 旅のラゴス (SF) 筒井康隆 (新潮文) ☆☆☆★

 

旅のラゴス (新潮文庫)

旅のラゴス (新潮文庫)

 

 

そして、80年代を一緒に駆け抜けた(寝た)作家の筆頭は、間違いなく筒井である。本書が、なぜか文庫でブームになっているとは聞いていた。そのせいか、図書館でも本書だけは、凄い数の予約が入っていたのだが、簡単にブックオフで100円でGETして、読みだした。そもそも、こんな薄い本だっけ。

読みだして、かなり違和感。初読時には、もっと重厚に感じたのだが、個々のエピソードはまるで髪を梳いたように、スカスカな感じ。その行間に深みを感じる人もいるだろうが、僕はちょっと物足りない。

記憶では後半急にヒートアップした気がしたのだが、それはラゴス図書館にこもって、勉強に集中するあたりであり、これまた初読時の驚きはない。というわけで、記憶の中では大傑作だったはずなのに、こうやって読み返すと、正直物足りない。

特に主人公が最後までモテマクリ、というのはわざとだと思うが、やっぱり鼻白んでしまう。ネットでもブームとはいえ、毀誉褒貶相半ば。まあそうだろうなあ、と思う。

 

 ●7546 遠い唇 (ミステリ) 北村 薫 (角川書) ☆☆☆

 

遠い唇

遠い唇

 

 

一方で、凄い影響を受けている気がしていても、実は!というのが北村薫。(本人と会ったことがあるのに)結局、初対面の「空飛ぶ馬」のインパクトが強すぎるのだが、読んだ小説18冊のうち、間違いなく傑作と言えるのは、「空飛ぶ馬」「盤上の敵」「ニッポン硬貨の謎 」の三冊のみで、どれもクイーン流の本格パズラーとは言いにくい。

で、本書も読んでいて哀しくなった。「太宰治の辞書」もそうだったが、これはもうミステリ、小説ではなく、エッセイ、クイズの類である。こんなものを時間をかけて、読みたくはない。まあ、重厚な短編の間に、「続・二銭銅貨」のような小品が挟まれていたら、キラリと光るだろうが。

 

●7547 明智小五郎事件簿Ⅰ (ミステリ) 江戸川乱歩 (集英文) ☆☆☆☆

 

 

僕は乱歩に関しては、戦後の評論と初期の幻想というか奇妙な味の短編(「押し絵と旅する男」「赤い部屋」等々)を偏愛するが、他にはあまり興味がなく、正直良い読者とは言えない。

というわけで、初期の短篇集は何度も読んでるはずなのに、明智小五郎のイメージはイマイチはっきりせず(初期は金田一のイメージだが、いつ少年探偵団を引き連れたダンディー?なイメージに変わったのか、定かでない、というよりたぶん後者をほとんど読んでいない)

というわけで、復習を兼ねて本書を読みだしたのだが、冒頭の「D坂の殺人事件」からして、格子戸のトリックがメインと勘違いしていたのだから、しょうがない。

本書の五篇を読み終えて思うのは日本ミステリの生みの親である乱歩が、最初からすでにジャンルに行き詰まりを感じ、全体にマニアっぽい展開が見受けられること。これでは、早晩行き詰るのもしょうがない。乱歩は最初から、日本一のジャンルの目利きだったのだ。

さらに、著作権なんてものがなかったこの時代、作品に露骨?な本歌取りが見られて、微笑ましい。「幽霊」は、チェスタトンの「見えない人」の乱歩バージョン。「黒手組」はポーやドイルの暗号小説の、これまたトリッキーな変奏曲。で、「心理試験」の冒頭は、「罪と罰」そのもの。

というわけで、で、面白かったのか?と言われるとさすがに時代の経過で腐ってしまった作品もあるが、「心理試験」はやはり非常に良く出来た古典的傑作と感じた。また、「D坂」(の動機)と「屋根裏の散歩者」は、好き嫌いは分かれても、やはり乱歩オリジナルでこんな小説書く人はいないと感じる。

そして、最後に本書は生前の乱歩が最後に文章に手を入れた版を使ってるとのことだが、いくつかの作品の文章に、ちょうどそのころ乱歩に見いだされ、活躍し始めた筒井康隆の文章と重なったのだが、うがちすぎだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年 9月に読んだ本

 ●7514 二人のウェリング(ミステリ)ヘレン・マクロイ(ちく文)☆☆☆☆

 

二人のウィリング (ちくま文庫)

二人のウィリング (ちくま文庫)

 

 

クェンティンの次は、マクロイを片付けてしまおう。そして、フェラーズだ。本書は、代表作「暗い鏡の中に」の翌年の作品。コンパクトな分量。そして、訳者があの渕上ということで、期待も高まる。そして、期待に違わず冒頭から素晴らしい。


ある夜、ウェリングが自宅近く煙草屋で見かけた男は、「私はベイジル・ウェリングだ」と名乗るとタクシーで走り去る。ウェリングは男の後を追い、奇妙なパーティー会場につく。そして、男は、ウェリングの目の前で毒殺されてしまう。ここまで、怒涛の勢いで一気に読まされる。

そして、翌日には更なる驚きが。とにかく、訳がいいのもあって、マクロイの作品の中では、圧倒的に読ませる。そして、最後に明かされる意外な真相。これには、ちょっと納得できない部分もあるのだが、その前のある人物から、全員への電話や、鳥に関するダイイングメッセージ、など伏線がねじくれながらも、よくできているのに感心する。

ミステリ的には、無理筋かもしれないが、やはりこれは傑作、そう精神科医としてのウェリングが活躍する傑作と言えるだろう。マクロイを制覇します。と言っても、あと三冊だけれど。

 

 ●7515 鷹野鍼灸院の事件簿Ⅱ (ミステリ) 乾 緑郎 (宝島文)☆☆☆★

 

 

乾の本職が鍼灸師というのも驚きだったが、まさかⅡがでるとは驚いた。(なぜか本書には②という数字が無く、謎に刺す鍼、心に点す灸、との副題がついている)

前作で、かなり重たいところまで行ってしまったので、続編はないだろうと思っていた。で、正直言って書かなくても良かったと思う。まあ、作者のミステリセンスがいいので、相変らず読ませるが、ストーリーはかなり無茶な展開か、マンネリ路線。タイプは違うが、田中啓文の笑酔亭梅寿シリーズのマンネリ化を思い起こした。

 

 ●7516 ハードボイルド徹底考証読本(対談)小鷹信光逢坂剛七つ森)☆☆☆☆

 

ハードボイルド徹底考証読本
 

 

こんな本が出てたんだ。この二人だと、ブラックマスクや西部劇の話になってついて行けなくなる、と思ったのだが、正にその通りの割には、結構楽しめた。対談という形式が、良い意味で緩く脱線し(あとがきにもあるが、小鷹は意識的に脱線のしすぎ)なかなか焦点が見えなかったりするが、肩ひじ張らずに読めたのが良かったのか。

で、ハードボイルドとは言っても、この二人だとチャンドラーではなく、ハメットとなり、それは(高校生の拙い読書体験ではあるが)僕の中でも、チャンドラー<ハメットなのだ。(「マルタの鷹」より「血の収穫」「ガラスの鍵」)

そして、本書を読み終えて感じるのは、元祖オタクとしての小鷹の凄さである。ここまでやるか。こんな人、もう現れないだろうなあ。悪党パーカーをいつかちゃんと読まなければ。

(今朝の有栖川のエッセイは、イライジャ・ベイリだったが、ハードボイルド界の人々は、誰が選ばれるのだろうか?ドートマンダーが既に選ばれてるので、パーカーはないだろうなあ。コンチネンタル・オプやテリー・レノックスでは、当たり前すぎるか)

 

 ●7517 あしたの君へ (フィクション) 柚月裕子 (文春社) ☆☆☆☆★

 

あしたの君へ

あしたの君へ

 

 

あの衝撃の「孤狼の血」の次の作品は、作者の原点に戻った「佐方シリーズ」テイストだった。主人公は見習いの家裁の人であり、何と「カンポちゃん」と呼ばれる。三人のカンポちゃんたちが、福森市(福岡市)を舞台に、さまざまな家庭の問題に必死に取り組む。

特に主人公望月大地は、自分がこの職業に向いていないと常に悩みながらも、だからこそ事件?の裏にある真の構造を炙り出していく。一応、殺人などはないので、フィクションとしたが、その面白さの本質は日常の謎と同じくミステリである。

作者のこのタイプの作品群は、薬丸の「刑事のまなざし」にもつながるのだが、殺人のような激しい事件が無い方が、リアルで奥行の深い物語を静かに語ることができる。そういう意味では、佐方シリーズより自由で、作者も書きやすいのかもしれない。

冒頭の二作、「背負う者」と「抱かれる者」は、親子関係を子供から描き、本当に重くて、痛くて、リアルな作品で、読ませるが、主人公と同じくいたたまれなくなる。そして、次の「縋る者」は、中途半端と感じたのだが、続く家族がテーマの二編の更なる衝撃への箸休め、だったのかもしれない。

「責める者」は読ませるが、内容は単純で(だからこそ、ラストの衝撃がリアルなのだが)ミステリとしては評価できない。ただ、ラストの「迷う者」には、驚かされた。単純な離婚裁判と思われたものが、とんでもない倫理の問題を突きつけられる。

マイケル・サンデルに意見を聞いてみたい。そして、そのはざまで懊悩する息子のあまりにリアルできつい手紙。主人公は、その結末を見ることなく、カンポちゃんを卒業し、晴れて家裁の人として、新しい地に赴任する。続編に期待。(でも、これ直木賞とれない気がするなあ)

 

 ●7518 屋上の道化たち (ミステリ) 島田荘司 (講談社) ☆☆★

 

屋上の道化たち

屋上の道化たち

 

 

 いまさら著者に多くを期待しないのだが、やはり新刊がでると無視はできなくて、今回もわりと簡単に手に入ったので、読みだした。が、やはり嫌な予感は的中。

冒頭の自殺事件で、この作品のメインテーマは、アイリッシュの「ただならぬ部屋」であることは、解ってしまう。そうすると、問題はトリックだが、これがもう何というか・・・

とにかく、これでは小説ではなくクイズである。それも、かなり出来の悪い。また、全体を覆う大阪弁=大阪テーストも、かなり無理している感じ。

 

 ●7519 代体 (SF) 山田宗樹 (角川書) ☆☆☆☆★

 

代体 (角川書店単行本)

代体 (角川書店単行本)

 

 

傑作「百年法」で「嫌われ松子」のイメージを払拭し、驚かせた著者。ただし、推理作家協会賞を受賞する一方では、SF界では無視?されたように、その面白さはSFプロパーの作家とはテーストが違っていた。

実は、本書も最初は近未来ものだったので、SFと呼ぶべきかどうかと感じていたのだが、申し訳ない。途中からの奇想のエスカレーションはSFど真ん中であり、ラストの壮大なビジョンはヴォークトやベイリーもぶっ飛ぶ出来。

冒頭は代体と呼ばれる医療用のボディーの物語だったのだが、意識のそのボディーへの転送から、不老不死の物語に変わり、なんだこれは「貸金庫」か、と思ったら「20億の針」か「寄生獣」となる。さらには、マッドサイエンスティスト=天馬博士によるアトムの物語となり、内務省?のとんでもない陰謀は、まるで野崎まどテースト。

というわけで、著者の凄いところは、舞台はあくまでリアルな近未来でありながら、話の展開が予想の遥かななめ上を飛び越えていく、その意外性=奇想の連続にある。(まあ、その結果ヒロイン御所オウラは、途中でどこかに消えてしまったが)

そして、ラストの畳みかける更なる奇想の連続爆発。正直言って、ここをもう少しうまく処理できれば、歴史に残る傑作なった気がする。

ユングの集合無意識による人類の記憶や、主人公八田とガインの因縁が、冒頭のあるパラグラフと絡んでくるところ、さらには最後のオチ(いや、本書の本質は「薔薇の蕾」だったのだ)等々素晴らしい素材を、うまくまとめきれなかった気がする。

そして、八田が宇宙の果で出会う、既に存在した荒涼たる新世界、これが僕には解らないのだ。その世界を創った神は誰なのか?それがネットでいくら調べても解らない。大森が解説してくれないだろうか。

いやあ、それでもいい。これだけ書いてくれれば十分だ。小松左京亡き世界において「果てしなき流れの果てに」「ゴルディアスの結び目」を継ぐのは、何と山田だった、のだろうか。山田宗樹、とんでもない作家に化けてしまった。(しかし、この内容を全く想像させない、そっけない題名、何とかならんのか?)

 

●7520 九つの解決 (ミステリ) J・J・コニントン (論創社)☆☆☆★

 

九つの解決 (論創海外ミステリ)

九つの解決 (論創海外ミステリ)

 

 

最近絶好調の論創社の新刊で、あの渕上が訳していたので、知らない作家だけれど迷いなく予約した。が、何と1928年、すなわち黄金時代ど真ん中の作品。さすがにこれは古臭いのではないか、と危惧したのだが、渕上はそれでもきちんと読ませる。さすがだ。

そして、ミステリとしても、内容は真っ当なパズラーで、正に古き良き作品と言える、かもしれない。貴族の探偵+警部のコンビは、まさに黄金時代の典型であり、内容も決して悪くない。

ただ、解決が最後に探偵のメモで明かされる、という趣向は斬新?なようで、イマイチ効果をあげていない気がする。(何より、犯人を追いつめる証拠がなく、探偵の罠に犯人がはまる?というのは、一見クイーン風に見えるが、やはり本質はクリスティーにある)

本書を、端正な古き良きパズラーと見るか、今のレベルからすると犯人は丸分かりであり、物足りないと感じるかは、難しいところ。正直、僕は両方だ。

ただ、解説で書かれているように本書はゲームとして、意識的に人間を描いておらず(すなわち、殺人というものをゲーム感覚?で描いている)その背景に、第一次世界大戦の影響があるのならば、黄金時代の本質はかなり重くて深いものとなり、笠井の大量死理論も、あながちトンデモとは言えない気がするのだ。

 

●7521 陸 王  (フィクション) 池井戸 潤 (集英社) ☆☆☆☆★

 

陸王

陸王

 

 

「空飛ぶタイヤ」は著者渾身、畢生の大作だった。しかし、直木賞はとれなかった。まあ、その頃の老人選考委員には長すぎた(「永遠の仔」のように)かもしれないが、やはりあまりにも大企業(三菱自動車)糾弾という、生々しい社会派的側面が嫌われたのではないか、と思う。そして、それはエンタメとしては、僕も同感する部分はある。

そして、著者はリベンジとして「下町ロケット」を書き上げ、見事に直木賞を射止める。一作品としては「タイヤ」より劣るかもしれないが、ここにはエンタメの理想、王道があり、著者はその黄金の方程式をものにした。

「ロケット」の続編、そして本書も、正にその勝利の方程式に則って描かれ、そしてやはりエンタメとして完璧な出来で、読了後溜息をついた。

今回は、ロケットではなく、足袋である。足袋によるランニングシューズの開発だ。

100年ののれんを誇る、というか、それしかない中小企業のこはぜ屋と、その社長の宮沢が主人公だ。そこに、銀行員や経理の常務、陸上部の挫折したエース、ライバル外資企業、癖のある発明家、職人肌のシューズマイスター、そして、何より中小企業で働くおばちゃんたちと、就活で失敗し続ける宮澤の息子、等々が織りなす太くて、熱い物語は、パターンと感じながらも、読みだしたら止まらない。

もちろん、著者の生み出したパターンは、単純な勧善懲悪ではなく、パターンを越えたパターンなのだが。そして、本書の肝は、最後こはぜ屋の絶体絶命の危機を救うために登場する、ホワイトナイトにある。しかし、その処理は正直微妙に感じた。これで、いいのか、と。

ただ、そのあとの、茂木の一言で、すべては救われてしまった。本書には、それまでも、読者の意表をつく、あざやかな視点の転換がいくつかあるが(例えば「足軽大将」の開発)これは、本当に素晴らしく、心に沁みた。

ここがなければ、本書は傑作ではあるが、☆☆☆☆止まりであった。ぜひ、多くの人が564ページの茂木の心の叫びに、身を震わせてほしい、と思う。

 

●7522 ジャッジメント (ミステリ) 小林由香 (双葉社) ☆☆★

 

ジャッジメント

ジャッジメント

 

 

出版社、受賞歴、作品の作り方、傾向、等々から、たぶん本書は、湊かなえの「告白」を世に出した女編集者が、二匹目を狙ったのではないか、と邪推する。

その思惑は見事に当たり、世の中ではベストセラーのようだが、今回もまた僕はミステリとしては、全く本書を評価しない。いや「告白」以上に。

何より、本書=連作短編集のモチーフである「復讐法」という法律が、杜撰かつリアリティーが全くないのが致命的。

さらに、登場する人物たちが、常に究極の選択を迫られるのに、人物造形があまりに軽い。湊は好きではないが、作家として伸びるだろうとは感じたが、小林には、本書では可能性すら感じなかった。

 

●7523 室町無頼 (歴史小説) 垣根涼介 (新潮社) ☆☆☆☆★ 

 

室町無頼

室町無頼

 

 

「ワイルド・ソウル」で、ひとつのジャンルを極めてしまった著者は「君たちに明日はない」という良く出来たルーチン・シリーズを描きながら、次の展開を考え様々なチャレンジをしてきたが、残念ながら迷走が続いていた。

そして、冒険小説から歴史小説という、ある意味必然によって書かれた前作「光秀の定理」もまた、何が狙いなのか良く解らない小説だった。

しかし、本書はちがう。これは正しく「ワイルド・ソウル」「ギャングスター・レッスン」の作者にしか書けない、太くて熱い歴史小説だ。やっと、垣根が帰ってきてくれた。

本書の舞台の室町時代の虐げられた民衆は、ブラジル移民にあたり、才蔵、蓮田、道賢、の関係は、アキ、柿沢、桃田と相似である。(柏木の役まで、丁寧に準備している)

まるで、半村良でも読むような、見事な物語は、後半のクライマックスを経て、歴史的事実、時代の転換点を描く。

蓮田兵衛は知らなかったが、骨皮道賢は、富樫の北条早雲シリーズに出てきたように思う。ラスト、歴史の縛りのせいか、もう少しうまく描けた気もするが、ここから戦国時代が始まったとすれば、感慨深い。(本書のラストが応仁の乱である)

果たして、才蔵の次なる物語は、あるのだろうか。少し甘いかもしれないが、垣根の復活を祝って、この評価とした。垣根には「火怨」を期待したい。

 

●7524 QJKJQ (ミステリ) 佐藤 究 (講談社) ☆☆☆

 

QJKJQ

QJKJQ

 

 

今月は、当り外れが激しい。本書は、今年度の乱歩賞受賞作。そして、今回も有栖川有栖が本書を「平成のドグラ・マグラ」と絶賛していて、こわごわ手に取った。(他に今野敏も本書を激賞しており、こんな小説が好きなのか?と意外に感じた)

なにせ、本書の設定は、家族全員がシリアルキラーという、ギャグマンガも真っ青のぶっ飛んだ設定ということだから。(これでは「メフィスト賞」ではないのか?)

ただ、このいかれた設定は、少し読むと現実とは違う?ことが見えてくる。ああ、これは「向日葵」なのか。しかし、その後の展開は、ある組織がでてきて、僕にはこっちの方がさらにリアリティーがなくて、ついていけなくなった。

ドグラ・マグラは、描写のみなのでは?今回は、申し訳ないが、有栖川有栖よりも、池井戸、そして辻村の選評に、僕は同意する。まあ、乱歩賞がこんな作品を選ぶこと自体は、かつてのワンパターンに比べると、悪いことではないと思うが、正直この作品を僕は全く面白いと思えなかった。

 

 ●7525 アグニオン (SF) 浅生 鴨 (新潮社) ☆☆☆★ 

 

アグニオン

アグニオン

 

 

全く知らない作家で、どうやらゲーム畑の人で、最近はNHKの広報としてツィッターで有名で、その関連の本も上梓しているとか。で、表紙のカッコよさと、「この感情は、誰にも奪わせない」という、心に響くコピーに釣られて読み始めた。

そう、やはり今日本SFは、いろんなところから才能が湧いてくる。物語は、未来の管理社会の中で、カーストを打ち破ろうとするユジーン、そしてたぶん文明が破壊された世界で、親が無く生まれた異能の少年ヌーのパーツが、全く違うテーストで「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」のように、交互に描かれる。

もし、これが著者の処女作ならば、結構達者な書きっぷりである。ただ残念ながら、だんだん物語は推進力を失い、停滞してくる。それはひとえにユジーンのパーツの人々キャラクターの描き分けができておらず、誰が誰か分からなくなり、感情移入が全然できなくなってしなうところにある。

ひょっとしたら、本書のテーマ=感情であることから、著者は意識的にそうしたのかもしれないが、それは失敗だ。その結果中盤がだれてしまい、正直長すぎる気がした。

ラストの展開、二つのストーリーの融合は、ある意味お約束だが、悪くはない。ここは、やはり主要登場人物を減らして、人物造形をもっと掘り下げるべきだったと思う。

でも、新人の処女作としては上出来だし、こういうプロパーでない作家が、メジャーデビューできる、というのは、日本SFは本当に良い時代となったと思う。藤井大洋の力が大きいか。

 

●7526 江戸を造った男 (歴史小説) 伊東 潤 (朝日新) ☆☆☆★

 

江戸を造った男

江戸を造った男

 

 

作家生活10周年記念作、とのこと。正直、伊東の作品でこの題名だと、太田道灌の話だとばかり思っていた。(良く考えると、それなら江戸城を造った男、になるのだが)

本書は、名前は聞いたことがあるが、良くは知らない江戸の材木商人、河村瑞賢の一代記。そして(元武士)の瑞賢は、大豪商でありながら、富よりも、江戸の公共事業に、全てを捧げたというところが、新しく素晴らしい。また、まわりを囲む、保科正之新井白石らも、素晴らしい。

そして、物語は明暦の大火から一気に読ませる。のだが、正直言うと本書は伊東らしいけれんが全くない。10周年を意識したのではないだろうが、あまりにも清く正しい物語なのだ。

従って、悪くはないが、正直中盤がちょっとだれる。あまりにも、ストレートなのだ。まあ、僕の知識が足りないのかもしれないが、やはり伊東らしい歴史の新解釈が、どこかにあってほしい、気がする。

 

●7527 All You Need is Kill (SF) 桜坂 洋 (集英社) ☆☆☆★

 

All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)

All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)

 

 

録画したトムクルーズ特集?「オブリビオン」を深い考えもなく観たら、やめられなくなり、続いて「All You Need is Kill」も観てしまった。絵が素晴らしいのはCGの進化もあり、当然なのかもしれないが、何より脚本が良く練りこまれていて、テンポもよく、感心してしまった。(ついでに女優陣も素晴らしい)

もちろん、ハードSFとしたら、突っ込みどころ満載だし、いかにもハリウッドらしい、無茶ぶりのハッピーエンドには苦笑しかないが、腹が立つことはない。で「オブリビオン」の、「ナウシカ」や「エヴァ」へのオマージュも微笑ましいが、後者は原作が桜坂洋(未読だが)という日本人SF作家だというのは、知っていたので、さっそく原作を借りてきて読みだした。

で、こっちは、当然早川SF文庫だと思っていたら、何と集英社スーパーダッシュ文庫!?何だそりゃ?そう、本書は04年度のラノベ(たぶんそんな言葉はなかっただろうが)なのだ。ハリウッドは、そんなものまでチェックしているのか?

というわけで、正直小説としては、楽しめなかった。この文章、人物造形ではおじさんはつらい。(つんでれはまだいいが、メガネ少女はいいかげんにしてほしい)SF的設定は、映画の方がきちんとしていて、解り易い上に納得できた。

で、本書の本質は、究極のボーイ・ミーツ・ガールであり、最後セカイ系のように閉じるのだが、映画は集団ストーリーとなり、多くの犠牲の上で、最後は勝利をゲットするところが、いかにも彼我の違いを感じて面白かった。映画なしに読んだら、もう少し辛かっただろうが、原作として魅力的な設定を創ったことは間違いないので、この評価とする。

 

 ●7528 ロック・イン (SF) ジョン・スコルジー (HSF)☆☆☆☆

 

ロックイン?統合捜査? (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ロックイン?統合捜査? (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

 

実はここで三冊途中で挫折。エリスンの「死の鳥」が時間切れになったのは、まあ予想通りだが、「古書贋作師」は薄いので何とかなるのではと頑張ったが、半分読んでも話に入り込めず、日野草の新作「ウェディング・マン」は連作の第一作を読んで明らかになる小説の構造が有り得なくて(「QJKJQ」の妄想にそっくり)本を投げ捨ててしまった。

で、いきなりスコルジーである。正直って、スコルジーは、あの一発アイディアと思っていた「老人と宇宙」に、第四作まで付き合ってしまい、もういいや、わかった、と思っていた。(どうやら、第五作が出たようだが、当然無視)

確かに物語りはうまいけれど、僕がSFに求めるのは、これじゃない、という感じ。ところが、本書は2月の新刊なのだが、存在すら気づいていなくて、つい図書館で手に取ったのだ。

物語は、ある疫病によるパンデミックが起きた近未来の米国。この設定がかなり複雑なのだが、それをほとんど地の文章で説明せず、きちんと読者に理解させる作者の筆力は、やはり素晴らしい。

疫病で400万人以上のロックイン(意識があるが、体を動かせない)という患者が生れてしまい、彼ら=ヘイデンのためのロボット=スリープに、ヘイデンの意識を投射する(体自体はベッドで寝ている)という設定は(かなり単純化しているが)「代体」にそっくりで、苦笑してしまった。

主人公は大金持ちのヘイデンのFBI新人捜査官。SF界きってのストーリーテラーが、近未来のミステリを描くとなると、ソウヤーの「ターミナル・エクスペリメント」を想起するが、実はヘイデンたちによる新しい社会・文化の創造と摩擦、というテーマがイーガンの「万物理論」を思わせる出来なのだ。

まあ、残念ながら著者はエンタメの王道として、そういう重いテーマは早々にフェイドアウトさせてしまうのだが。(また、途中でヘイデンと旧人類?の対立が、まさに米国VSイスラムの戦いに重なってしまい、やや鼻白んでしまうのだがこれまた、あっというまにフェイドアウトする)

で、本書はあっというまに、カタルシスたっぷりの大団円を迎えるが、正直言って真犯人は最初から丸分かりなので、ミステリ的な興趣は薄い。脳科学的なハウダニットとしても、何とかついてはいけるが、楽しめたとまでは言えない。

しかし、相変らず主人公のクリス、相棒のヴァン、そしてヘイデン主義のカリスマリーダー、カッサンドラ、等々キャラが立ちまくりで、キャラクター小説としては、抜群に読ませる。

たぶんこの三人が中心で、続編も書かれるようだ。でも、その前にヒューゴー、ローカルW受賞の「レッドスーツ」を読んでみよう。いまだに未読のビジョルドのように、スコルジーをしてはいけない、気がしてきた。

まあ、スコルジーのストーリーテリングは、訳者の内田昌之にも手柄があると思う。(僕は酒井なんかより、内田の方が肌が合うのだ)その内田が「宇宙の戦士」を新たに訳したとのことで、何か読みたくなってきた。

 

●7529 モナドの領域 (SF) 筒井康隆 (新潮社) ☆☆☆☆

 

モナドの領域

モナドの領域

 

 

御年81歳にて、雑誌「新潮」に一挙掲載で完売。巨匠は健在。そして、本書が最高傑作であり、最後の長編である、と言う。まあ、本当に最後かは解らないし、最高傑作でないことは、間違いない。正直、本書をどう評価したらよいかは、上記の条件を外しても、かなり難しい。

筒井の断筆は、結果から言うと本当に残念であった。断筆前の「パプリカ」は、素晴らしく新しい傑作だったが、執筆再開後は傑作と言い切れる作品がなかった。特に最近の作品は、筒井老いたり、というものが多かった。テクニックが先走りしている気がした。

(筒井と小林=二人とももう80代、の新作を楽しめない、ということが、いかに辛いことか思い知らされている)

で、それらの作品に比べると、本書は読み易く、解り易い。もちろん、途中で繰り返される神学問答は、「文学部唯野教授」に比べると、イマイチ面白くない。(個人的には、哲学より、もっと科学・量子力学に寄ってほしかった)

ただ、日常がGODによって、徐々に非日常化していき(その象徴が、グロテスクなはずの腕のパン)裁判、TV公開番組によって、クライマックスに辿り着く、シンプルな構成は、悠々たる筆致と相まって、読者をくぎ付けにする。

相変らず、地の文がちょっとくどいが、今回は許容範囲だし、テーマと合っている。そして、ラスト、おお!本書は「時をかける少女」だったのか!と唸ったら、GOD曰く

「おやおや。何だかこの小説家がだいぶ以前に書いた「時をかける少女」のラストみたいじゃないか。でも、そういうわけにもいかんのだよ」。

しかし、筒井のラストの長編が、こんなやさしい作品だったとは・・・・

 

 ●7530 SFのSは、ステキのS (エッセイ)池澤春菜(早川書)☆☆☆★
 ●7531 乙女の読書道      (書  評)池澤春菜(本雑誌)☆☆☆ 

 

SFのSは、ステキのS (早川書房)
 
乙女の読書道

乙女の読書道

 

 

著者の祖父は、福永武彦。そして、僕にとっては加田伶太郎(DAREDAROUKA)であり
伊丹英典(MEITANTEI)の生みの親である。

そして、父親池澤夏樹。彼が、そんなにSFが好きだとは知らなかった。しかも、クレメントに「竜の卵」だから、かなりハード。(作品的にも、初期の長編のテーストは、SFと言えばSF。「スティルライフ」「バビロンに行きて歌え」等々)

そして、娘の著者は、声優にしてSFもの。で、なぜか二冊続けて読んだのだが、申し訳ないが、著者とは趣味が合わない。ここまで、共鳴できる本が少ない書評も珍しい。

75年生まれ、ということで(ちょっとびっくり)結構古い本も読んでるのだが、見事に僕の好みとずれてるんだよね。

 ●7532 疾風ロンド (ミステリ) 東野圭吾 (実業日) ☆☆☆

 

疾風ロンド (実業之日本社文庫)

疾風ロンド (実業之日本社文庫)

 

 

「白銀ジャック」に続く、実業之日本社救済?ゲレンデミステリ第二弾、が2年かかって図書館の棚でゲット。まあ、当然たいした期待はしていなかったが、それでも「白銀」はB級テースト、突っ込みどころ満載でも、まあ面白く読めて腹は立たなかった。

しかし、今回はさすがに無理。まあ、冒頭こそやや意外な展開が待っているが、そこからの場所の特定が安易だし、つぎつぎ偶然で転がっていく、という僕の嫌いなパターン。しかも、登場人物が薄っぺらい。というわけで、当面東野は読む必要がないような気がする。

 

 ●7533 望み (ミステリ) 雫井修介 (角川書) ☆☆☆★

 

望み

望み

 

 

なぜか、僕の昨年のベスト「犯人に告ぐ2」は、各種ベストで全く無視されてしまった。何か、おかしい。で、著者の新刊は、「わが子は殺人者」という、正直言って手垢の付いたテーマ。

もちろん、著者の筆力で一気に読めるのだが、この展開はいまさら感が半端ない。唯一の工夫は、殺人を犯した、息子を含む3人の少年が逃げているのだが、そのうち一人もまた殺されているらしい、という展開。

そこで、父親と妹は、息子が犯人ではなく殺されていることを願い、母親は犯人であっても生きていてほしいと願い、対立する。

まあ、そこはなかなかうまいと感じるのだが正直、それしかない小説なのだ。で、その結末にも何のひねりもない。というわけで、著者への期待値は結構高いので、物足りない読後感となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年 8月に読んだ本

●7494 巡礼者パズル(ミステリ)パトリック・クェンティン論創社)☆☆☆☆

 

巡礼者パズル (論創海外ミステリ)

巡礼者パズル (論創海外ミステリ)

 

 

申し訳ない。小池啓介がばらした、ばらしたと大騒ぎしてしまったが、何と本書の冒頭3行目で、もうアイリスがピーターのもとを(不倫で)去ったことが明らかになるのだ。これじゃばらした、も何もない。嗚呼、驚いた。

そして、本書の解説は横井ではなく、飯城勇三が書いていて、さすがに内容が深い。パズルシリーズの本質は「シリーズ探偵が事件の内部に立つ本格ミステリを書く」という実験にあり、というのは本当に鋭い。それこそが、ウェッブ=本格、ウィーラー=サスペンスのコンビが目指したものだったのか。

そして、パズルシリーズ最終作(この後は題名にパズルがつかなくなる)ピーターがまたしても、殺人事件に巻き込まれながら、こんどこそ探偵として事件を解決させるのだ。

ここには、アイリスの不倫というとんでもない事件が、殺人を呼んでしまい、それがまたある人物によって・・・という強烈なサスペンスと同時に、何と登場人物全員が次々犯人に擬せられる、という多重解決の大サービスまでついているのだ。まさにシリーズの掉尾を飾る傑作だ。

ただ、残念ながら最後の意外な犯人は、登場人物が少ない上に、その後は何度も使われているので(例えば泡坂のあの傑作とか)驚きはなかった。まあ、それは時代の限で、しょうがない。当時(1947年)は、斬新なトリックだったと思う。

ああ、もしパズルシリーズが、国名シリーズと並んで、創元文庫に収められていれば、クェンティンは間違いなく巨匠扱いだったと思う。返す返す、不幸な翻訳事情だったと感じる。

さて、パズルシリーズはこれにて終了だが、ダルース・シリーズは、まだ二冊残っている。残念ながら次作「死への疾走」は図書館にないので、次は本当のシリーズ最終作「女郎蜘蛛」だ。なんとアイリスとピーターは、よりを戻しているみたいだが。

 

 ●7495 曽呂利!秀吉を手玉に取った男(時代小説)谷津矢車(実業日)☆☆☆☆

 

曽呂利!

曽呂利!

 

 

発売時かなり評判になったが、図書館予約で出遅れてしまい、ちょうど一年後に、図書館の棚でゲット。ただし、ネットでは漫画のようだとか、あまり評判がよくなく「のぼうの城」を思い起こして、なかなか手が出なかったが、読みだしたら一気読み。

落語家の元祖と呼ばれる曽呂利新左衛門。名前は聞いたことがあったが、色々調べると、本書にでてくる逸話の多くは本物のようだ。(ただし事実かどうかは、かなり疑わしいので、歴史ではなく時代小説とした)

物語としては、冒頭の蜂須賀小六の物語が、いかにもありそうで、面白かった。その後の利休と五右衛門の話は、イマイチだが、秀次、三成で持ち直す。個人的には、三成が加藤・福島・黒田軍に襲われたとき、家康の屋敷に逃げ込んだ史実は、らしくないなあ、と思うのだが、もしその裏に曽呂利がいたらと、思わず納得してしまった。

また、秀吉の辞世の句も、確かにうますぎるし、また内容もらしくないのだが、これまた曽呂利がからんでいたら、と思うと妙に納得してしまう。もちろん、曽呂利は実在したのかさえ疑わしいのだが。

ただ惜しいのは、最後に明かされる曽呂利の動機が、一応冒頭で伏線は張っているが、イマイチピンとこないため、ラストのカタルシスが物足りない。これじゃ、ちょっと即物的。いっそ、大阪の陣を仕組んで、今度は家康に取り入ってしまった方が、面白かったんだけれどなあ。

 

●7496 バビロンⅡ -死ー (SF) 野崎まど (講談タ) ☆☆☆★

 

バビロン 2 ―死― (講談社タイガ)

バビロン 2 ―死― (講談社タイガ)

 

 

これまた、今一番新刊が待ち遠しい作家の一人、野崎まどのシリーズ第二作は、講談社タイガ文庫というのが、どうも巷の本屋できちんと場所を確保できていないこともあって、店頭から消えてしまうのが怖くて自腹で購入。

で、早速読みだしたのだが、正直のれなかった。キャラクター設定がラノベ的に甘いのに、リアルな政治・警察用語(しかも実は架空)が頻発して、読みにくくてしょうがない。

本書のテーマ(らしい)死(自殺)をめぐる議論は、まあ結構面白く好みなのだが、前作のテーマ、女=曲世愛の存在は、何だかなあ、無敵すぎる。こりゃ、最原最早に登場してもらわないと。

そして、この最悪のラスト。まるでSPECの、にのまえみたいで、嫌になる。期待が大きかっただけに、なんだかなあ感が半端ない。相変らずネットでは大好評だけれど。

 

 ●7497 女郎蜘蛛 (ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆

 

 

さて、当分手に入りそうにない「死への疾走」を除けば、これにてピ-ター&アイリス・ダルース夫妻シリーズ完結である。ここ数年、国内外で再読も含めて古典を読んでいるのだが、未読でこれだけ面白くかつ歴史的価値があるシリーズは初めてだ。翻訳の順序や、バラバラの出版社がひどかったのは分かるが、見逃していた自分を恥じたい。

パトリック・クェンティンは間違いなく、黄金時代と現在をつなぐ巨匠である。特に「俳優パズル」は歴史的傑作だと思う。

そして本書もまた、今や定番となった展開として、冒頭でピーターとアイリスが離れ離れになる。(やはり、前作「死への疾走」で二人はよりを戻したようだ)そして、最早おしどり夫婦ではいられない二人、今度はピーターが、ナニーという作家志望の冴えない少女?に、なぜかどんどん魅かれていく。そして、彼女の死。当然、最大の容疑者はピーターである。

さらに次々明らかになるナニーの真の姿が、恐ろしい。「ヒルダよ眠れ」「暗闇へのワルツ」までの迫力はないが「ある死刑囚のファイル」のような、ねじれた意地悪さがうまい。せっかくよりを戻した二人は、またも危機を迎える。今度こそ、絶体絶命。

そして、ピーターは今回も事件に巻き込まれるが、探偵ではない。今回の探偵は、何とあの名作「二人の妻を持つ男」のトラント警部である。ただ、事件の真相は良く出来ているが、今のレベルからすると、それほど意外ではない。

また、シリーズをこれだけ読むと、後半の二つのどんでん返しは、予想がつく。しかし、それでも本書は面白いし、読む価値があると思う。シリーズはほぼ終了したが、もう少しシリーズ以外も読んでみよう。本書はまさにウェッブの影響を逃れた、ウィーラー単独の傑作と言うべきだろう。

 

 ●7498 ケムール・ミステリー (ミステリ) 谺 健二 (原書房) ☆☆☆★

 

ケムール・ミステリー (ミステリー・リーグ)
 

 

ウルトラQを知らなかったら、題名の意味が解らないだろう。忘れたころに新刊を上梓する著者だが、デビュー作「未明の悪夢」を含めて、何か熱意が空回りし、バランスが悪くて、読みづらかった印象がある。本書もまた、冒頭はつらかったのだが、脳内で勝手に、鴉原=京極堂、多舞津=関口に変換して読めば、劣化バージョンではあるが、楽しく読めるようになった。榎木津がいないのが残念だが。

成田亨に関しての作者の思いは、残念ながらストーリーときちんとリンクはしないが、表紙にフューチャーされた「翼を持った人間の化石」は、ため息がつくほど素晴らしい。これだけでも、得した気分。

ただし、ミステリとしては、色々努力は分かるが、基本的なトリックは見え見えである。(はっきり言ってしまうが「占星術殺人事件」のバリエーション)一応、そのあと二回ひっくり返すが、本質は変わらない。

また、細かいところにかなり無理があり、警察がほとんど登場しないが、これも現実にはあり得ないだろう。

というわけで、相変らず作者の(意味のない?)熱意には感心するが、ミステリとしては、絶賛するわけにはいかない出来であることは確か。ただ、作者の作品(三部作?)を読み返してみようか?とは思った。長いけど。

 

 ●7499 彼女のいない飛行機(ミステリ)ミシェル・ビュッシ(集英文)☆☆☆☆

 

彼女のいない飛行機 (集英社文庫)

彼女のいない飛行機 (集英社文庫)

 

 

このところ大ブームとなっている、フランスミステリ。本書は昨年のこのミス9位で、全然見逃していたのだが、図書館でゲット。で、手渡されて驚く。何と650ページの分厚さなのだ。普通のフランスミステリ三冊分だ。

物語は、DNA鑑定がなかった80年代に、トルコでエアバスが墜落。乗客は全員死亡するが、たった一人赤ん坊だけが生き残る。ただし、その飛行機には、同年齢の赤ん坊が二人乗っていた。大金持ちの娘と、庶民の娘。で、赤ん坊の正体は?といった、いかにもジャプリゾやルブランの衣鉢を継ぐ、フレンチミステリだ。

物語は、大金持ちの祖母から依頼を受けた私立探偵の手記と、現在が交互に描かれる。そして、探偵は事件18年後に当時の新聞記事を見ているうちに、ついに事件の真相を知る。そのためには18年の時間が必要だったのだ。赤ん坊の正体は誰か、と18年後に探偵は何を見たのか、という2つの強烈な謎で、ぐいぐい読ませる上に、その謎解きは鮮やかである。

ただし、本書はネットである理由で酷評され、僕もまた素直に大傑作とは言えないのだ。その理由は、冒頭にも書いたように、とにかく長すぎるのだ。ある程度、もったいぶった書き方は、しょうがないが、本書はちょっと度が過ぎている。半分とはいわないが、2/3で充分だと思う。

さらに、本筋の謎が素晴らしいのに、何か意味のない殺人が多すぎる。とにかくもっとシンプルにすれば、素晴らしい傑作になっただろう。誤解を恐れずに言うなら、松本清張なら、本書を50ページの切れ味鋭い短編に仕立て上げるだろう。

 

●7500 横浜1963 (ミステリ) 伊東 潤 (文春社) ☆☆☆

 

横浜1963

横浜1963

 

 

何と伊東がミステリ=警察小説に挑戦。正直、大丈夫かよ、と危惧したのだが、翻訳文に疲れたので、手に取った。舞台は東京オリンピック前夜の横浜。主人公は白人の貌をした日本人刑事。相棒は日本人の貌をした、米国軍人。

と色々工夫はしているのだが、結局は危惧があたった残念な作品。伊集院の「羊の目」を読んだとき文章は達者でも、ミステリが解っていないと強く感じた。で、伊東もやはりミステリが解っていない。

しかも、伊東の場合、文章もだめ。ちっとも人間が描けていない。薄っぺらい。その上、このトリックは単純すぎるでしょう。もう少しミステリを勉強してほしい。

 

●7501 パナソニックV字回復の真実(ビジネス)平川紀義(角川書)☆☆☆★

 

パナソニックV字回復の真実

パナソニックV字回復の真実

 

 

このところネガティブなビジネスNFばかり読んできたが、パナソニックソニーのV字回復本が続けて上梓された。個人的には、両社とも本当に回復したのか、と疑問に思うのだが、残念ながら本書にその答えはなかった。

ただ、正直に告白すると、ある程度松下の歴史を知っている僕にとって、本書は面白くて一気に読んでしまった。しかし、その面白さはこれまた正直に言うと、ビジネスNFの面白さではなく、週刊誌のゴシップ記事の面白さである。

著者は偶然?松下の内部で、多くの幹部と一緒に仕事をしてきた経緯から、彼らを客観的に?論評する。最近の松下本では、かならず批判のやり玉にあげられるのが、幸之助の娘婿の松下正治会長、森下社長、そして中村社長、の三人だが、著者は正治、中村には厳しいが、直属の上司だった森下を、人間味あふれる人物として描く。正直、それが目的だったようにすら感じてしまう。

というわけで、創生期の松下の活気あふれる営業の現場の話は魅力的だし、事業部制の良し悪しも良く解るが、全体に構成が素人っぽく、あちこち飛ぶ上に、やたら持ち上げる現津賀社長の記述が少ないのが物足りない。目新しいところでは、三洋買収とゴールドマンサックスの関係あたりか。

 

●7502 逆説の日本史22 明治維新編 (歴史)井沢元彦小学館)☆☆☆★

 

 

副題:西南戦争と大久保暗殺の謎 このところ高評価が続いていた逆説シリーズだが、今回は色んな意味で物足りなかった。基本的にこの時代に関しては、勉強とは言わないが、かなり読み込んできたので、征韓論にしても、佐賀の乱西南戦争、さらには有司専制についても、ほとんど新しい情報がなかった。

まあ、いつもいつも斬新な説が、そんなに簡単にでるわけではないのは、わかるのだが。そして、ここでもまた感じたのは、井沢をもってしても、西郷の真の姿が全然見えてこないことだ。

素直に読めば、西郷はかなりアナクロな存在にすぎない。本当に西郷は難しい。さらに、何と本書には連載開始から25年もたった、ということで、かなり長い補遺篇がついているのだが、これが銅鐸の謎から憲法論まで、かなりあちこち飛びまくって、とっちらかった印象。というわけで、申し訳ないが今回はこの評価。

 

 ●7503 去就 隠蔽捜査6 (ミステリ) 今野 敏 (新潮社) ☆☆☆★

 

去就: 隠蔽捜査6

去就: 隠蔽捜査6

 

 

隠蔽捜査シリーズ6冊目の新作。(他に短編集が2冊)どうも量産体制が続いて、薄味になってしまった著者の作品は、もはや本シリーズしか手が出ないのだが、正直本作もまたかなり薄味。

ただし、キャラクターがしっかりしてるので、脳内で勝手に、杉本哲太古田新太安田顕、等々に変換して、あっという間に読み上げた。そうはいっても、ミステリ部分はかなり雑。

そして、最後にかなり長い横山的人事抗争の物語(と家庭の物語)がついているのだが、これまた結構甘い内容。というわけで、(無料の)2時間ドラマなら十分楽しめるだろうが、読書としては物足りない。次もこのレベルなら、今野とは完全にお別れしよう。

 

●7504 革命前夜 (フィクション) 須賀しのぶ (文春社) ☆☆☆☆★

 

革命前夜

革命前夜

 

 

お盆の読書は、イマイチが続いていたのだが、これは傑作。素晴らしい。

本書は発売時(15年3月)に予約を出遅れてしまい、やっと図書館の棚でゲット。しかし傑作「神の棘」の印象が強く、勝手にナチス時代の音楽小説と思っていたら、主人公真山は、何とバブル真っ盛りの80年代末に、わざわざ暗い東ドイツに周りの反対を押し切って音楽留学、という意外なストーリーでなかなか手が出なかった。

しかし、80年代末ということは、この革命の意味が解り、読みだしたら止まらなかった。須賀の筆力は、やはり素晴らしい。

その暗い東ドイツドレスデンが、音楽にあふれた街であり、かつ歴史が息づいていて、西側とは違う魅力を見せる。(ネットで、紹介されるバッハやドレスデン=僕にとっては、スローターハウス5の街を確認しすぎて、なかなか前に進まなかったが、雰囲気は満喫した)

音楽学校に君臨する二人の天才、ベトナム北朝鮮からの留学生、そして謎のオルガニスト。物語は、音楽小説であり、天才の物語であり、恋愛小説として、ぐいぐい読ませながら、主人公の父親の旧友との再会がとんでもない事件を引き起こし、後半は怒涛の展開となる。(天安門事件ベルリンの壁崩壊が、同じ年だったことをずっと忘れていた)

そして、物語はあのハンガリーシェブロンに収斂し、クライマックスを迎える。しかし、須賀の筆は単純な西側礼賛に与せず、東の矜持・プライドもきちんと描く。そして、そのことが逆に、東の不条理な体制を浮かび上がらせるのだ。

F・フクヤマの単純さはここにはない。きれいはきたなく、きたないはきれい。正直ラストのミステリ的なオチが必要だったかは、悩むところである。しかし、本書はさまざまなジャンルを超越した、深く重く、そして熱く激しい、素晴らしい物語だ。

こういう小説が(文春社なのに)なぜ、直木賞本屋大賞の対象にならないのか。須賀の次の作品に、注目したい。(あ、調べると本書は大藪賞を受賞していた。まあ、ちょっと微妙な賞だけれど)

 

 ●7505 ケレスの龍 (SF) 椎名 誠 (角川書) ☆☆☆

 

ケレスの龍 (角川書店単行本)

ケレスの龍 (角川書店単行本)

 

 

椎名の「アドバード」は、国内SFベスト10には必ず入れるほど大好きだった。だのに、SF三部作は次の「武装島田倉庫」で何回も挫折してしまって、結局「水域」は読めていない。そんなところに、ひさびさの本格SFとして、本書が届いた。

本の雑誌」での大森の評価も微妙なのだが、後半の意外な展開とやらに期待して読みだした。だのにやっぱり「島田倉庫」と同じく、なかなか物語に入れない。

椎名のSFの原点は「地球の長い午後」にあり、変な生き物や、過去の大災害や戦争が、当然のように全く説明されずに、事実のみが語られる。従って、よほどうまく処理しないと(「新世界より」は見事な成功例)感情移入が難しい。

しかし「アドバード」は、物語をひっぱるメインストーリーが明確、かつ力があったので、傑作となったが、「島田倉庫」や本書はストーリーが弱くて、読みにくいのだ。いや本書の場合は、弱いというより単純と言うべきか。

だから、何とか最後まで読み通した。まあ、そんなに長くないし。椎名もはや72歳。正直言って、本人だけが楽しんでしまっている作品に見えた。(今、調べると「水域」が第二作だった。チャレンジしてみようか、悩むなあ)

 

●7506 二人の妻を持つ男(ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆★

 

二人の妻をもつ男 (創元推理文庫)

二人の妻をもつ男 (創元推理文庫)

 

 

 

「女郎蜘蛛」にてウェッブが引退し、ウィーラー単独となった第二弾にして、代表作。(第一作は「わが子は殺人者」)高校時代、本書を読んだとき、確か感想に文学的ミステリ、などという阿呆なことを書いてしまったのが懐かしい。

本書は素晴らしい傑作であり、古典である。ただし、こうやってダルース夫妻シリーズを読み終えた後、再読したことによって、さらに感慨深い読書体験となった。

本書の主人公ビルが陥る家族の危機は、まるで「女郎蜘蛛」のピーターに相似である。しかしやはりダルース夫妻シリーズのフォーマットでは限界があり、本書は「女郎蜘蛛」より、はるかにリアルで深い小説となった。誤解を恐れずに書けば、ウェッブの呪縛を逃れたウィーラーが、その才能を爆発・開花させた傑作とでも言おうか。

解説の小森収も素晴らしく、ミラーやホワイトと比べながら、本書の先にはロス・マクの小説群がある、というのは鋭い。本書においてビルもまた「シリーズ探偵=主人公が事件の内部に立つ本格ミステリ」でありながら、探偵役としては失敗する、というダルース夫妻シリーズの典型パターンである。

しかし、両者の構造は相似でも、小説としての手触りには大きな差がある。間違いなく、本書の方が優れている。正直、再読のせいか、それとも著者のパターンが分かるせいか、真犯人は早い段階で予想がついた。

それでも、本書は面白い。物理的ではなく、心理的な罠や伏線が、あちこちに張り巡らされているのだ。蜘蛛の巣のように。そして、ビルは蟻地獄にどんどんはまっていく。ああ「わが子は殺人者」も読みたいのだが、これまた図書館にない。ゆっくり古本を探そうか。創元文庫なので、手に入りそうだし。

 

●7507 道徳の時間 (ミステリ) 呉 勝浩 (講談社) ☆☆☆★

 

道徳の時間

道徳の時間

 

 

61回乱歩賞受賞作。題名と表紙には魅かれなかったのだが、巻末の選評で有栖川有栖辻村深月が本書を絶賛し、池井戸潤がものすごい酷評をしているのに魅かれて、手に取った。結論から言うと、僕は有栖川・辻村派。

本書は欠点がありながらも、面白く読めたし、何より作者の将来性を感じさせた。これまた有栖川が絶賛した60回の下村敦史より、僕は呉を買う。ひょっとしたら、呉は薬丸になれるんじゃないか、とすら感じた。「天使のナイフ」もまた、本書と同じく力を持っていたが、正直整理が足りず、荒っぽかった。処女作はそれでいいのかもしれない。

本書の素晴らしさは、13年前衆人環視の環境の中で、講演者を刺殺した犯人の動機を、ドキュメンタリー映画の撮影の進行によって、炙り出していくサスペンスであり、グイグイ読ませる。(何か大岡昇平の「事件」を思い起こした)

そして、予想はつくが、ラストのどんでん返しもなかなか良い。しかし、問題も多い。まず、現在の事件と13年前の事件のつながりが弱すぎる、というか殆どないこと。これは、いただけない。さらに、僕にはどうも主人公の造型が無駄に熱くて、うざかった。

そして、池井戸や今野が酷評している動機の問題だが、僕は結構新しいなあと思ってしまったのだが、正直はっきり書いていないので、もやもやも残った。

で、読了後気づいた。実は本書を読みながら、ずっと考えていたのが、選評で肯定派も否定派も揃って書いている、本書にはあるデリケートな人権上の問題があるという点。ここを書き直して本書は上梓された、というのだ。そして、それが分かった気がする。

ここからは、未読の方は読まないように。思いっきりネタバレです。すなわち、この犯人は少年Aであり、彼が出所して出版しようとした小説が、あの「絶歌」だったのだ。たぶん。

つまり、犯人は出所してから、手記=小説を上梓し、ベストセラー化するために殺人を犯したのだ。(何という逆説的な動機!)

それが9・11等々によってやや状況が悪化したため、妹を使ってこのドキュメンタリー映画を創り上げ、ふたたび自らに脚光を当てようとしたのだ。

で、もちろんこれはやりすぎなので、修正して動機をあいまいに描いてしまい、説得力がなくなってしまったのだろう。いやあ、とんでもないことを考えたものだ。

 

●7508 北条早雲 相模侵攻編 (歴史小説) 富樫倫太郎 (中公社)☆☆☆★

 

北条早雲 - 相模侵攻篇

北条早雲 - 相模侵攻篇

 

 

シリーズ第三作。富樫の作品をもはや予約で読もうとは思わないのだが、半年後に本書を棚でゲット。一応、読み始める。この時代の関東の状況は本当に解りづらいのだが、富樫はそれを長いシリーズで描くことで、何とか知識不足の読者もついていけるようにはしてくれた。

ただし、小説としては、歴史の制約もあるのだが(茶々丸に続いて、定頼まで逃がしてしまう)やや盛り上がりに欠ける。

特にラストにあの人が登場するならば、もう少し盛り上げのための、けれんがあってもいいのではないだろうか。所詮、戦国時代とは違って、殆どの登場人物が無名に近いのだから。そういう意味では、本書では軍配者、星雅の宗瑞への助言、のあたりが一番面白かったか。

 

●7509 SONY平井改革の1500日(ビジネス)日経産業新聞(日経社)☆☆☆★

 

SONY 平井改革の1500日

SONY 平井改革の1500日

 

 

ソニーの本をいったい何冊読んできただろうか。しかし、本書は過去のソニー本とは(僕にとっては)全く違う感触だった。まずは、いくら凋落したとは言っても8兆円の規模は、とんでもなくでかいこと。そして、色々内容はあっても、本書の本質はモノづくりよりも、リストラとマーケティングの再構築であること。そして、何より、出井やストリンガーへの批判が全くないこと。

正直言って、平井一男はCBSソニーおよびゲーム出身ということで、どういう人物なのかイメージがわかなかった。しかし、本書を読む限り、異見を求め、社内の逸材を集めて使う、今までのソニーにはない、協調タイプの人間に見える。

そして、現在の復調は、リストラやマーケティング戦略の変革(規模から質)という、何ら変哲のないことを、外様らしくしがらみにとらわれず行ったことと、デバイスとしての画像センサーの大成功によるように、僕には思えた。

問題は、今後の成長戦略である。ここで、ゲーム映画、オーディオ、さらにはモバイルの未来戦略が嬉々と語られるのだが、正直言って僕にはそれが素晴らしいのか判断できない、というか理解できないのだ。

ネットでの評価は高いのだが、ここには僕が親しんできたソニーの姿はなく、無機質なグローバル企業のように見えてしまう。いや、僕自身がこの複雑で新しいビジネスモデルについていけない、いやついていく気が全くないことが問題なのだ。そう、僕は、正しく時代に遅れることを考え続けているのだ。

 

●7510 アルファ・ラルファ大通り(SF)コードウェイナー・スミス(早川文)☆☆☆☆

 

 

人類補完機構全短編2。解説で大野万紀が紹介している、80年代の2つの挿話、マニアにおけるスミスの扱いや、吾妻ひでおのマンガの件、両方ともリアルで覚えていて、笑ってしまった。

さて、本書はシリーズ最大のイベント、人間の再発見に関する作品を集めているが、残念ながら全て既訳。ただ「クラウンタウンの死婦人」「アルファ・ラルファ大通り」「帰らぬク・メルのバラッド」「シェイエルという名の星」といった傑作たちは、ほとんど内容を覚えていた。

そして、今回もやはりク・メルの魅力にまいってしまった。しかし、スミスはよくこれだけの短編で、ここまで壮大な歴史を創り上げたものだ。行間から、あふれ出る想像力の凄さだろうが。

ただ、ある評者が書いていたが、この短編集はほぼ作中の時系列に並んでいるが、スミスはそんな単純な作家ではないので、発表順の方が良かったと思う。最初の「死夫人」が最後にきたほうが、インパクトが強い気がする。

 

 ●7511 無 実 (ミステリ) ジョン・コラピント (早川文) ☆☆☆★

 

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

変わった作家名に記憶があったのだが、そうかあの「著者略歴」の作家か、と思いだした。ただ、内容はすっかり忘れていて、ネットで調べて、あああのオフビートで微妙な作品か、読み易かったけれど、と思いだした。

しかし、第二作にえらく時間がかかったと思ったら、どうも本書の内容の道徳的?な問題を嫌って、十年間約40社の米国の出版社が、出版を断ってきたせいというのだ。で、読み終えて思うのはその問題とは、近親相姦と○○コンである。

しかし、冒頭から作者は実は近親相姦は嘘(罠)であることが、明示しているし、後者も日本のラノベの方が、もっとえぐい表現をいくらでもしている。というわけで、ここでも米国=ピューリタンの倫理観(禁酒法を作ってしまった)に愕然とするのだが、かといってじゃ本書を評価するのか、といわれるとそれもまたためらう。

本書もまたオフビートで、ページターナーぶりは健在なのだが、どうもミステリ・プロパーではないので、今回も都合よくある人が死んでしまったり、何かゆるいんだよね。で、なによりも、こういう話は、生理的に好きではないし、個人的にはデズがクソで、ポーリーンが可哀想すぎる。これは地獄でしょう。

 

●7512 怪盗紳士ルパン(ミステリ)モーリス・ルブラン(早川文)☆☆☆☆

 

怪盗紳士ルパン (ハヤカワ文庫 HM)

怪盗紳士ルパン (ハヤカワ文庫 HM)

 

 

有栖川有栖のエッセイが絶好調だ。「オッターモール氏」の「氏」には笑ってしまったし、リプリーは痛いところを突かれてしまった。(ハイスミスリプリーもの は、あの「太陽がいっぱい」も含めて未読なのだ。嗚呼)

で、もうひとつルパンに関しても、過去の記憶が曖昧で(ジュブナイルの「奇巌城」は大好きだったのだが、大人用で読んだ「813」はひどかった。ただ、たぶん高校時代に読んだ本書=短編集は印象が良かった)新訳もでていて、もう一度きちんと読んでみようと一念発起。

で、読了後まず思ったのは、本書のラストには「遅かりしホームズ」という作品があるのだが、ホームズの物語には毎回ミステリの定型があるのに(いや、ホームズ以外も全て)ルパンの場合は、毎回シチュエーションが違い(ルパンが犯罪者ではなく、探偵の作品も多い)これは、大変だなあ、と感じてしまった。

それでも、本書は処女作ということで、「ルパンの逮捕」「獄中のルパン」「ルパンの脱獄」「謎の旅行者」「王妃の首飾り」までは、素晴らしいと思う。残念ながら、その後の四作はちょっと落ちる。

というわけで、正直100年以上前の古典に、ミステリ的な意外性があるわけはないのだが、それでも本書をとても楽しんで読めたのには、次の2つの理由がある。

ひとつは、平岡敦の翻訳が素晴らしいのだ。フランス・ミステリに関しては、「アレックス」や「ハリークバート」の橘明美の翻訳の素晴らしさに感心してきたが、本書における平岡の仕事はそれ以上だ。この翻訳なくせば、正直こんな古臭い(ごめん)物語を、ここまで楽しめなかっただろう。

さらに、実はアニメルパン三世(初代)が、原作を本当にリスペクトしていることが、良くりうれしくなってしまった。

 

●7513 猿の見る夢 (フィクション) 桐野夏生 (講談社) ☆☆☆☆

 

猿の見る夢

猿の見る夢

 

 

現代最強の作家だと思っている桐野は、チャレンジ精神も旺盛なため、三振=失敗もまた多く、それも魅力だ。ただ、桐野の本当に凄いところは、本書のような個人的には全く興味のもてない、ビジネス&家庭の物語を、一気に読ませてしまう筆力にある。

本書は逆半沢直樹とでも言えそうな、銀行から冴えないアパレル企業に左遷=出向された主人公薄井が、そのアパレル企業の大発展によって、微妙な立ち位置となり、不倫、派閥抗争、相続争い、夫婦親子関係の崩壊、とこれでもか、と振り回され、その醜さをさらけ出す、という本当に嫌な小説なのに、目が離せないのだ。

そして、もちろん醜いのは主人公だけではない。はっきり言って、ほぼ全員が醜い。さらに本書においては、長峰という怪しい、いや恐ろしい女性の存在が、隠し味として効いていて、ぞっとする。そう、桐野版「銀の仮面」なのだ。

というわけで、本書は桐野的な斬新な実験もテーマも何もない、ただ情けない中年、いや初老のサラリーマンの、これまた情けない話にすぎないのだが、これがぐいぐい読ませるのだよ。まったく、女王様の力技にはまいってしまう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

       

 

 

 

 

 

 

 

2016年 7月に読んだ本

●7474 人形パズル (ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆

 

 

 

「迷走」「俳優」に続く、パズルシリーズ第三弾。精神病院、劇場、の次は何とサーカスが舞台。で、作風はますます巻き込まれ型のサスペンスとなり、スラップスティックミステリとなる。本書は44年の作品で、ピーターは海軍中尉として登場する。(そして、ドイツ人のレンツ博士は、本書から登場しなくなる)

正直、その狂騒的とも言えるスタイルが暑苦しくて、なかなか乗れなかった。また、謎の構造も、時代掛かった復讐劇で、その謎がある登場人物の長い手記で説明されるのは、まるで「恐怖の谷」のような違和感があり、解説で佳多山が本書の難点と指摘しているのもうなずけた。

しかし、作者は前作と同じく、ラストにサプライスを準備していた。書評では、見え見えという天才もいるが、僕は見事に騙され、ひっくり返ってしまった。そして、その理由は「黄金の羊毛亭」が書いているように、その手記にあるのだ。(詳しくは書けないが)

というわけで、作風がどんどん変わっていく中、正直どうなるかと思ったのだが、ラストの強烈なサプライズで全て救われた。読み続けます。

(というわけで、なぜか扶桑社から出た「悪女パズル」を借りてきたのだが、解説でシリーズ後半でのピーターとアイリスの波乱万丈?の関係が、全部ばらされてしまって、まいった。まあ、このときはシリーズが全部訳されるとは思ってなかったんだろうが、これはひどい。そうか、宮部みゆきと同じか・・・)

 

 ●7475 ママは眠りを殺す(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆☆

 

ママは眠りを殺す (創元推理文庫)

ママは眠りを殺す (創元推理文庫)

 

 

これまた、先月中はメサグランデという街のスノッブさと、今回から新しく三人目の語り手となった、デイヴの助手のロジャーの幼さ?が気になって、なかなか読めなかったのだが、体調がやや回復し一気読み。

そして、後半のあるシーンで思いだした。やはり、僕は本書を読んでいた。文庫ではなく、ハードカバーで。で、何でシリーズ第三作から読んだのかというと、有栖川有栖が解説を書いていたからだ。(ところが、文庫化された本書は解説が新保に代わっていて、これがひどい内容。もとに戻してほしい)

本書の特徴は、クイーンの弟子らしく、解決篇が長く、さらに何段階にもなっていること。最近、解決篇が短いミステリばかり読んできたので新鮮かつくどく感じてしまったが。

メサグランデの素人劇団の演じるマクベスの舞台で起きた殺人事件。パズラーとして、本筋の解決はそれほどでもないが、群像劇とその謎を丁寧に解いていく、作者の腕は確かなもの。(正直、本筋と関係ないのも多いのだが)

大傑作とは言えないが、やはりこれは今や絶滅してしまった?米国における貴重なパズラー作品、クイーンの正統な後継者だ。あと一冊も読んでから短編集も読み返すことにしよう。

 

 ●7476 死の舞踏 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (論創社) ☆☆☆★

 

死の舞踏 (論創海外ミステリ)

死の舞踏 (論創海外ミステリ)

 

 

 

死の舞踏

死の舞踏

 

 

これまた、ずっと追いかけているマクロイの処女作。(38年の作品)冒頭の死体発見シーンから、ある女性がパーティーの主役が突然病気で倒れ、急遽代役に仕立てられ、さらには翌朝は自分こそが主役だと全員から話され途方に暮れる場面は、アイリッシュのある作品のように、強烈なサスペンスを醸し出す。

残念ながら、その後、徐々に失速を始め、まあ中の上くらいの出来となるが、時代を考えれば頑張った方だと思う。(初登場のペイジル・ウェリングが、やたらフロイト理論を振り回すのが、古臭くうっとおしい。何か「ベンスン」を思い出させる生硬さ)

良く考えると、本格の巨匠の処女作は、ほとんど代表作ではない。クイーンも、クリスティーも、カーも、ヴァンダインも。唯一、クロフツの「樽」が処女作=代表作だろうが、「樽」にはフレンチ警部は出てこない。

話がそれたが、それを考えると、本書は如何にもマクロイらしい、というか将来のマクロイを予想させる、悪くない処女作だと感じる。評価はちょっと厳しいかな。

 

●7477 死体が多すぎる(ミステリ)エリス・ピーターズ(光文文)☆☆☆★

 

死体が多すぎる ―修道士カドフェルシリーズ(2) (光文社文庫)

死体が多すぎる ―修道士カドフェルシリーズ(2) (光文社文庫)

 

 

前作よりかなり楽しく読めたのだが、やはり傑作というのはためらわれる。なぜなら、本書の面白さもまたミステリというより、時代劇の面白さに近いからだ。

ノルマン・コンクエスト後の、スティーブン王と女帝モードの従兄妹の内戦が、シェルーズベリの町を巻き込み、「スティーブン王や女帝モードをイングランド人とみなせるとしての話だが!」なんてセリフに苦笑できるくらい、僕も英国史を勉強した。かな。

陥落した城で処刑された94名、しかし死体は95名あった、というストーリーは、本家ブラウン神父顔負けだが、ミステリとしては相変らず緩い。そして、今回もまた二重解決になっているのだが、真犯人が意外でもなんでもないのが、もったいない。

本書の面白さは、カドフェルの好敵手?とも言える、ベリンガーの魅力に負うところが大きいが、一方では女性作家のくせに、登場する女性のほとんどがお嬢様で、イマイチ魅力的でないのが、いかがなものか。でも、もう一冊読んでみます。

 

 ●7478 徳川家が見た「真田家」の真実 (歴史)徳川宗英(PH新)☆☆☆★

 

徳川家が見た「真田丸の真実」 PHP新書

徳川家が見た「真田丸の真実」 PHP新書

 

 

たまたま、図書館で見かけて、何で徳川家の末裔が、真田家のことを書くんだろうと興味を持って、立ち読みしたら、やめられなくなって、最後まで読んでしまった。

著者の略歴を見ると、1929年生まれと言うことで、かなりの高齢だし、単なるディレッタントではなく、大企業の幹部を務めていていながら、内容は文章もしっかりしているし、知識とバランスも言うことがない。

ただ、惜しむらくは彼が冒頭から唱える、真田=徳川のスパイ説は、部分的には面白いのだが、結局状況証拠だけで、とても真相に迫ったとは言えない出来。

 

 ●7479 米原万里ベストエッセイⅠ (エッセイ) (角川文) ☆☆☆★

 

 

最近やたら、米原万里関連の本が多いなあ、と思ったら、没後10年ということ。今でこそ、佐藤優らによって、かなり東欧や旧ソ連の情報が入ってくるようになったが、米原が登場した時には、僕らの常識の西側世界=海外とは、異質の情報がどっと流れ込むようで(彼女の著書には、ポリティカルな要素はほとんどない)大きなインパクトがあった。

そして、何より米原の強さとパワーに感動し『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』『オリガ・モリソヴナの反語法』といった、個性的なタイトルの作品を楽しみだした折の、突然の訃報に読書はストップしてしまっていた。

そして、ひさびさにベストエッセイという形で、読んでみると、彼女を語るときに必
ずついてまわる、下ネタとダジャレ、などより、彼女の論理性と視野の広さ、そして生真面目さを強く感じてしまい、テーマ性がイマイチないことも相まって、正直そんなに楽しめなかった。

ただ、Ⅱも出ているようなので、読んでみる。そんなに予約が入っていないので。ところが、彼女の妹が書いた姉の本には予約が三桁入っていて驚いたのだが、彼女の妹は井上ゆり、あの井上ひさしの妻(ということは後妻?)だったのだ。知らなかった。

 

●7480 ブラック・ドッグ (ミステリ) 葉真中顕 (講談社) ☆☆☆☆★

 

ブラック・ドッグ

ブラック・ドッグ

 

 

今、最も新刊の待ち遠しい作家である著者の分厚い新刊が届き、朝方まで読みふけって、一気に読了した。デビュー作「ロストケア」で見事な二塁打、次作「絶叫」は豪快なツーランホームラン、で本書は満塁か、と期待したら、ゲームが変わってハットトリックだった。

これまでの二作は、大きな括りでは社会派ミステリだった。もちろん、凡百のそれらとは次元の違う出来だったが。しかし、今回は敢えて言えば、動物パニックホラー。テーストは「ジェノサイド」+「悪の教典」÷「バトルロワイアル」という感じ?というわけで、読了後感嘆しながら、今年のベストはこれで決定、とネットを確認ししたら、あらら酷評だらけ。

まあ、途中のここまでやるか、というスプラッタ描写は好みではないが、「ジェノサイド」だってひどかった。作風が劇的に変わったことを、ここまで否定的にとる人が多いとは、住みにくい国になった?

で、登場人物に対する、圧倒的な容赦の無さは、僕にとっては高評価。人間性疑われるかもしれないけど、これがリアルだと思う。ただ、さすがにラストのオチは、最初は驚いたが、読了後は○○○バンクのあのCMが頭から離れなくなってしまった。実写化したら、やっぱりここだけは笑ってしまいそう。

というわけで、内容にはあまり触れないでおくが、途中のスプラッタ描写さえ我慢すれば、大傑作としたい。そして実は、動物より怖いもの、もちゃんと描いてくれている、まあ、読了後時間がたつと、「ジェノサイド」の時みたいに、ネオエンターテインメント、とまで持ち上げる気はなくなってきたので、この採点とします。

 

 ●7481 スパイは楽園に戯れる (ミステリ) 五條瑛 (双葉社) ☆☆☆☆

 

スパイは楽園に戯れる

スパイは楽園に戯れる

 

 

これまた、個人的に待ち遠しかった、著者の王道の鉱石シリーズの最新作。題名はなぜか「パーフェクト・クォーツ」から変更されて、鉱石じゃなくなったが、葉山はもちろん、エディも、大活躍。坂下の出番が少ないのが物足りないが、洪もでてくるし、野口親子がいい味出している。

で、今回大活躍の仲上、というのが過去何をやっていたのか、思いだせないのがもどかしいのだが。で、結論は安定のマンネリとでもいおうか。「革命小説シリーズ」と同じく、細かい人間関係が煩雑な上、ラストの真相の構造まで似てしまったのは、ちょっといただけない。

結局、冒頭の北朝鮮のある人物の話は、ブラフにすぎなかった、ということ?それでは、もったいない。

というわけで「スリー・アゲーツ」のような太い物語に比べると、たいぶ分が悪いが、やはり今こういうリアルなスパイ小説を書けるのは著者しかいない。ここは(革命小説と違った切り口の)次作に期待したい。ちょっぴり出てくる千両役者のサーシャに、少しおまけの採点。

●7482 悪女パズル (ミステリ)パトリック・クェンティン(扶桑文)☆☆☆☆

 

悪女パズル (扶桑社ミステリー)

悪女パズル (扶桑社ミステリー)

 

 

クェンティンに脱帽である。「迷走」こそミステリとしては物足りなかったが、次の「俳優」は歴史的傑作であり、続く「人形」では作風がかなり変わりながらも、サプライズは健在。

そして、解説で小池啓介が書いているように、初期はパズラー作家ウェッブの色が強く、後期は相棒のウィーラーのサスペンス色が強くなると言われるパズルシリーズだが、四作目の本書は見事にその双方が機能した傑作なのだ。

正直、犯人の意志が偶然の連続によってねじ曲がり、複雑な殺人事件の様相を帯びる、という「犬神家」パターンは、パズラーとしては二流に感じていたが、本書の場合、ここまで徹底してやってくれると、もう評価せざるを得ない。

また、このシリーズはピーターという主役が、実はいつも探偵役ではない、という共通項を持っていて、今回も結局誰が探偵なのか、最後まで解らないのだが、これまた結構うまい処理をしてくれた。

とにかく、犯人のように見えた人物が実は真逆で、しかしそのことをある理由でみんなに伝えられない、という構成が見事。全体に今回も狂騒的で、ややうるさすぎるのだが、これが45年に描かれた(ピーターは大尉に出世している)という事実に、驚愕するしかない。この彼我の差は、如何ともしがたい。

最後に、それでも、小池はいらないことをしてくれたなあ。(ピーターとアイリスの今後を、全部解説でばらしてしまった・・・嗚呼)さあ、シリーズ完全読破を目指すぞ。次は「悪魔パズル」(論創社)だけど、これ翻訳題名何とかならないの?

 

 ●7483 ミッドナイト・ジャーナル(ミステリ)本城雅人(講談社)☆☆☆☆★

 

ミッドナイト・ジャーナル

ミッドナイト・ジャーナル

 

 

 

遂に本城もブレイクして、ベストセラーのようだが、個人的には本城はとっくに「スカウト・デイズ」でブレイクし、「球界消滅」で独自の世界を創り上げたはず。というわけで、個人的には本書より、上記二冊を上に置きたい。

なぜならば、本書は確かに素晴らしい出来だが、誰もが感じるように「64」「クライマーズハイ」に似すぎているのだ。

プロット自体は、過去の誘拐事件と現在のつながり、ということで「64」と相似なのだが、描き方は新聞記者側、すなわち「クライマーズハイ」となっていて、その結果、誘拐事件の真相の方は、ただ単純に解決してしまい、ミステリとしては正直物足りない。

また、本城のブンヤ・スカウトものに共通して感じる、そんなことにいまさらなぜ命を賭ける?感も相変らず。(今回は、新聞記事のスクープに何の意味がある?それより、事件の解決だろう感)

しかし、北上おやじ絶賛(クライマーズハイに匹敵する傑作!)と聞き、そうかこれまた「小説王」と同じ暑苦しい話で、根っ子が繋がっていると強く感じた。

ちょうど平成天皇の生前退位のニュースと同時に読んだので、ああ昭和は間もなくさらに遠くなるのだ、と実感しながら、このデジタル社会における、暑苦しい物語の必要性を強く強く感じてしまったのだ。

そうすれば、冒頭の誘拐事件の圧倒的な迫真力と誤報という大失態から、一気に読み上げたこの小説の熱さ、物語の力は、やはり認めなければならない。

誤報三人組のリーダー兼主人公の関口豪太郎は、さすがに暑苦しすぎてついていけないが、ヒロイン藤瀬祐里とマツパクこと松本博史の二人の造型は素晴らしい。特にマツパクは、僕の中では実写版では坂口健太郎で決まりである。

 

●7484 ロケット・ササキ (NF) 大西康之 (新潮社) ☆☆☆☆

 

ロケット・ササキ:ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正

ロケット・ササキ:ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正

 

 

「会社が消えた日」「稲盛和夫、最後の戦い」といきなり彗星のように現れた、日経記者出身のビジネスNFライター、大西康之の仕事に注目してきた。しかし、第三作の「ファーストペンギン」は失敗作だったと感じる。そして、満を持しての本書。一気に読了し、圧倒的な爽快感を感じながらも、一抹の不満、不安を抱いた。

正直、面白すぎるのである。プロローグに孫正義の「大恩人」スティーブ・ジョブズの「師」とあるように、本書にはトリックスター佐々木を媒介に、えっこの人も!という綺羅星のような人材が、次々と登場し、それぞれが繋がり、共創の化学反応を起こす。

それはもう痛快無比なのだが、一歩冷静になると、佐々木も孫もジョブズも、やや書割に感じてしまう。深くないのだ、三洋や稲盛のときのように。(そして、それはペンギン=三木谷の描き方にも感じた)たぶん、本書はヤマザキ・マリに劇画で描いてもらえば、大ヒットするのではないだろうか。

正直、佐々木があまりに凄すぎて、これでは水戸黄門なのだ。ただ、本書にはもうひとつ大きな美点があり、それは今の協創を忘れ、守りに入った日本企業への大いなる警告と、励ましの書である、ということだ。

たぶん、著者はそこを強調するために、かなり事実を解り易く修正したのではないか、と感じる。だから、本書はビジネス書ではなく、NFとした。江戸時代の鎖国が、戦国日本のバイタリティーを奪った、と告発し続けた司馬遼太郎のように。

そして、インターネット、PCの前に会った、電卓戦争の世界の覇者が、シャープとカシオという日本の中小企業であった事実を、我々は思いださなければならないのだ。

さらに、80年代ジャパンアズナンバーワンとなった日本は、確かに冷戦という偶然・追い風が吹いていたこともあるが、ただの勤勉だけではなく、佐々木や早川徳次のような、懐の大きいパトロン的経営者と、孫や西のような、良く解らない野望に満ちた若者たちが、あたりを徘徊してい代であった、ということも忘れてはならないのだ。

しかし、このあとシャープは、まるで秀吉の晩年のように、佐々木の時代と真逆の企業となり、崩壊する。本書は、その冒頭を描いたところで終わる。まるで、吉川英治が「新書太閤記」で、秀吉の晩年を描かなかったように。

しかし、本当に驚くのは、ラストで佐々木が現在101歳で、健在であるということが分かるシーンだ。若手女性技術者が過去のシャープの技術の粋を集めて創った、ロボットの試作品に、佐々木が感動するシーンには、目頭が熱くなった。

 

 ●7485 ラスト・ナイト (ミステリ) 薬丸 岳 (実業日) ☆☆☆☆

 

ラストナイト

ラストナイト

 

 

今月は、期待の作家の新作が多く、古典と交互に読んで、非常に充実した読書となっているが、降ればどしゃ降り。またも期待の薬丸の新作が届いた。まあ、実業之日本社というところが気になったが、やはり本書も傑作である。

系統としては「刑事のまなざし」の夏目シリーズのテーストだが、本書の特徴はその凝ったプロットの技の冴えにある。

正直、ミステリとしてのネタは、短編一編を成り立たせる程度のものにすぎないが、第一章に登場した登場人物5人の視点で、次々と同じシーンがリレーで語られ(というわけで、「半落ち」に似たテースト)第一章で語られなかったラストシーンに、全ての物語が収斂していく、という見事な構成である。

その結果、わざと同じ表現、文章が何度も顔を出すのが、ややうっとおしい気もするが、ここは作者の職人芸に感嘆するしかない。物語は、書き方でここまで変わるのだ。そして、今回も赤羽・浦和が舞台であり、それだけで読むスピードがあがるのだ。薬丸印にはずれなし。

 

●7486 ママ、嘘を見抜く(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆☆

 

ママ、嘘を見抜く

ママ、嘘を見抜く

 

 

これで、ついに長編四冊全読了。内容的にはXYZとは違って全然四部作になっていないのだが、92年の作品で次がないということは、たぶん作者も亡くなっている=シリーズ終了、だと思うのだが、ウィキにすらヤッフェの項目はない。これはいくらなんでも、ひどい扱いだと思う。

(だいたい「ママは何でも知っている」は日本独自編集であり、米国でヤッフェの短編集がでたのは、最終作品発表30年後なのだからひどい)

本書は、前作で気になったロジャーの語りの部分がなくなり、スイスイ読めた。で、相変らず伏線の張り方が丁寧で、うれしくなる。まあ、中には見え見えもあるが、お酒の件は見事。指輪はちょっと弱いか?

というわけで、意外な犯人に対する証拠が弱くて、今回の評価をどうしようか、と思ったのだが、最後に、Y=インスツルメンタル、獄門島=気ちがいじゃが、系統のトリックが爆発。ひさびさにうなってしまった。それがまた、マルクス兄弟と絡むところが、笑えるというか、凄い。

ただ、今回もママの最後の日記!?による、どんでん返しはあまり後味が良くない(そんなことを言うと、四作ともそうか)で、今回デイヴは反省するが、これはやっぱり理由も言わずにデイヴをこき使うママの方が悪い、と単純に思う。

まあ、毎回種明かしするとミステリにならないのは分かるが、読んでいてイラッとする。さあ、次は短編集再読だ。早川や論創社か、どっちにしよう。

 

●7487 5人のジュンコ (ミステリ) 真梨幸子 (徳間書) ☆☆☆☆
 
5人のジュンコ (徳間文庫)

5人のジュンコ (徳間文庫)

 

 

ある理由でたまたま読みだしたのだが、一気に読み切ってしまった。著者のことを僕は勝手に、湊かなえの劣化バージョンと決めつけていて、イヤミスというジャンル?も言葉も嫌いで、全然触手が伸びなかった。

申し訳ない。本書は、湊の上位互換機種で、桐野テーストもかなり感じられる傑作だ。複雑な人間関係を、うまく意外性を持たせながら、つないでいく文章力と構成力はなかなかのもの。

最後に登場する木嶋佳苗をモデルとしただろう、佐竹純子の迫力、存在感には驚愕するしかないが、その本質が一方のヒロイン久保田芽衣と重なるとき、心が凍りつく。怖い。そして、冒頭の伏線を回収する最終章、それほどの意外性はないが、良く出来ている。

ただし、5人のジュンコに必然性がないとか、そもそも本筋に絡まないサブストーリーが散見したり、大傑作と言うにはやや物足りない部分もあるが、これだけ読ませてくれれば十分だろう。真梨幸子という作家を、少し読んでみよう。まずはあの「殺人鬼フジコ」だ。書いていて嫌になるけど。

 

 ●7488 悪魔パズル(ミステリ)パトリック・クェンティン論創社)☆☆☆☆

 

悪魔パズル (論創海外ミステリ)

悪魔パズル (論創海外ミステリ)

 

 

ママシリーズの長編四作を読み終えてしまい、今度はカドフェルと思ったのだが、ここはやはりパズルシリーズの方が読みたくて、本書を手に取ったら、やはり一気読み。本書は、論創社のハードカバーなのだが、訳者が変わっても読み易いのは、クェンティンのリーダビリティーなのだろうか。

今回もまた、ある理由で分かれてしまうピーターとアイリスが冒頭で描かれ、次章からは、いきなり事故で記憶をった男の描写となる。しかし、わりと早い段階で、その男がピーターであることは読者には解ってしまい、正直そこからの展開は、サスペンスは十分だが、意外性はそれほどない。

一応、最後にどんでん返しがあるのだが、これもまた登場人物が少ないので、それほど意外ではない。ただ、やはりそれでもこの評価を付けてしまったのは、このシリーズが本当に好きになってしまったから、とでも言うしかない。かなりご都合主義の物語だが、読んでる間は楽しかった。

というわけで、シリーズ読破に集中しようと思ったら、何と残り三冊の一冊「死への疾走」が、さいたま市図書館にないことに気づいてしまった。まあ、ハードカバーで買って読むほどでもないしなあ。困った。

しかし、論創社には感心するが、解説に起用している横井 は、どうしようもない。内容もつまらない上に、本書では「悪女パズル」のあるネタを割っている。よかった、先に読んでいて。しかし、出版社が違うとはいえ「悪女パズル」のあとが「悪魔パズル」というのは、何とかならなかったのか?

 

●7489 殺人鬼フジコの衝動 (ミステリ) 真梨幸子 (徳間文) ☆☆☆★

 

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

 

 

やっぱり、読むべきじゃなかったか・・・聞きしに勝るイヤミスである。ただし、文章力はやはり湊より上で、こんな内容でも一気に読ませる。ただ、前半の子供時代のいじめの物語は、全く好みではなく、気分がめいってしまった。ストーリーの通奏低音として、カルマ=繰り返しがあるのだが、もう少しうまく使えた気もする。

というわけで、厳しい評価としようと思ったのだが、終章で忘れていたプロローグが意味を持ってきて、ある人物(たち?)のネガとポジが入れ替わるのは、結構うまいと感じてしまった。ただし、もっときれいな設計図が引けた気がする。何かゴタゴタしてしまった。そこを狙ったのかもしれないが。

 

●7490 鸚鵡楼の惨劇 (ミステリ) 真梨幸子 (小学館) ☆☆☆

 

鸚鵡楼の惨劇 (小学館文庫)

鸚鵡楼の惨劇 (小学館文庫)

 
鸚鵡楼の惨劇

鸚鵡楼の惨劇

 

 

続いて、著者の一番ミステリ度?が高い、と言われる本書を続けて読みだした。何と今回は、今までとうってかわって昭和30年代の遊郭のお屋敷が舞台。

これは、京極堂か刀城言耶か、とわくわくしたのだが、あっという間に物語はバブル期のタワーマンションの似非セレブたちの嫌らしい物語に変貌し(そういえば、桐野にもそんな話があった)愕然。そして、さらに物語は現代に下って、一気に伏線を回収にかかる。

結局、著者のミステリとは、登場人物の真の正体と人間関係を、いかに意外に組み合わせるか、にかかっているのが解ってきた。「5人のジュンコ」もまさにそういう物語で、そこで感じたように、著者には意外性はあっても、全体の構築美はない。

ダブルミーニングを使った、レッドヘリングもあるのだが、意外性のための意外性、という感じで、美しさがないのだ。そして、今回は最後の最後の意外な犯人、で見事にこけてしまった。そんな人物、今まで全然目立ってないので、意外以前になにこれ感が圧倒的。

これは失敗でしょう。相変らずのイヤミス描写もイヤだし、もう一冊借りてきたんだけれど、どうしようか・・・

 ●7491 スキン・コレクター(ミステリ)ジェフリー・ディーヴァー(文春社)☆☆☆★

 

スキン・コレクター

スキン・コレクター

 

 

昨年のこのミス海外ベスト1作品。ということで、ディーヴァーにもリンカーン・ライムにも、もはや興味はなかったのだが、たまにはこんなのもありだろうと、予約数が三桁の上の方、にもかかわらず予約。そして、待ち続けること8ケ月でやっとゲット。

というわけで、本書に大きく関連があるらしい「ボーン・コレクター」と「ウォッチメーカー」を思い出しながら、読みだす。正直言って、僕にとってのディーヴァーはあの大傑作「静寂の叫び」で終わっている。

ライム・シリーズを書き出したときは、ラヴゼイがダイヤモンドシリーズに逃げたのと同じように感じたのだが、ディーヴァーは相変らず単独作品も書いていて、逃げたわけではない。ただ、基本的にはそのどんでん返しの作風が、すでに賞味期限切れなのだ。

本書にも後半に大きなどんでん返しがふたつ用意されているが、それはもうお約束でしょう。○○の正体が○○○であることと、結局○○○が○○している、というのは、僕には、全くの予定調和で、まさにその通り物語が進んでしまい、唖然としてしまった。

ディーヴァーを始めて読むならともかく、ある程度読み込めば、これは分かるでしょう。で、読み終えて、犯人はなんでこんな面倒なことをやるのか、と思ってしまう。まあ、駄作とは言わないけれど、やっぱりディーヴァーはもうおなか一杯。

 

●7492 さらばカリスマ (ビジネス) 日経新聞社編 (日経新) ☆☆☆★

 

さらばカリスマ セブン&アイ「鈴木」王国の終焉

さらばカリスマ セブン&アイ「鈴木」王国の終焉

 

 

副題:セブン&アイ「鈴木」王国の終焉。毎日新聞の「カリスマ鈴木敏文、突然の落日」を読んで、本書を見落としていたことに気づき、あわてて読みだした。

しかし、結論はここにも各種の報道以上のものはなかった。さすがに、老舗だけあって商社問題や創業家との確執に関しては、毎日よりかなりレベルは高い。が、後半の7×11成功秘話、のような内容は素人でなければ敢えて読む必要のない定番であり、工夫はわかるが物足りない。

結局、良く言えば中立なのだが、本書には明確な主張がないのだ。というわけで、おさらい本としては役に立つが、それ以上でも以下でもない。

 

 ●7493 ローマ帝国人物列伝 (歴史) 本村俊二 (祥伝社) ☆☆☆☆

 

ローマ帝国 人物列伝(祥伝社新書463)

ローマ帝国 人物列伝(祥伝社新書463)

 

 

あの塩野がギリシアを描き出した今、逆にローマ本が読みたくなって、本書を手に取った。本書は「プルターク英雄伝」ならぬ「ローマ帝国人物列伝」であり、皇帝を中心に、28人の英雄(ネロみたいなのもいるが)の列伝である。

個人的には楽しく読んで、文句はないのだが、それはもちろん僕が塩野の「ローマ人の物語」を読み込んできたから。この本だけ読んでも、その面白さは伝わらないだろう。何せ塩野のが上下巻を費やしたカエサルが、17ページなのだから。

やっぱり、僕はスキピオ、スッラ、カエサルアウグストゥス五賢帝(まあ、ハドリアヌス一択だが)、ここまでが面白く、それ以降はやはり心躍らない。まあ、僕はキリスト教とは、なかなか折り合いがつかないのだが。

しかし、五賢帝の中で塩野が酷評したアントニウス・ピウスの一般の評価は、ここまで高いのだ。というより、本書は塩野 の著作に比べて、圧倒的に安全保障の観点が弱いと感じる。パクス・ロマーナの本質に全然迫っていない。