海外ミステリベスト5(1987年~1989年)

●1987年

 

①オールド・ディック  L・A・モース

 

オールド・ディック (ハヤカワ・ミステリ文庫 90-1)

オールド・ディック (ハヤカワ・ミステリ文庫 90-1)

 

 

②酔いどれの誇り  J・クラムリー

 

酔いどれの誇り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

酔いどれの誇り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

③苦い林檎酒  P・ラヴゼイ

 

 

④消えた女  M・Z・リューイン

 

 

⑤聖なる酒場の挽歌  L・ブロック

 

聖なる酒場の挽歌 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

聖なる酒場の挽歌 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

 

 

 

●1988年

 

①感傷の終り  S・グリーンリーフ

 

感傷の終り (1983年) (世界ミステリシリーズ―私立探偵ジョン・タナー)

感傷の終り (1983年) (世界ミステリシリーズ―私立探偵ジョン・タナー)

 

 

②レイチェル・ウォレスを探せ  R・B・パーカー

 

 

③風に乗って  S・ウッズ

 

風に乗って (Hayakawa Novels)

風に乗って (Hayakawa Novels)

 

 

④デコイの男  R・ホイト

 

デコイの男 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

デコイの男 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

⑤泥棒のB  S・グラフトン

 

泥棒のB (ハヤカワ・ミステリ文庫)

泥棒のB (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

●1989年

 

バスク、真夏の死  トレヴェニアン

 

バスク、真夏の死 (角川文庫)

バスク、真夏の死 (角川文庫)

 

 

 

②北壁の死闘  B・ラングレー

 

北壁の死闘 (創元推理文庫) (創元ノヴェルズ)

北壁の死闘 (創元推理文庫) (創元ノヴェルズ)

 

 

羊たちの沈黙  T・ハリス

 

羊たちの沈黙 (新潮文庫)

羊たちの沈黙 (新潮文庫)

 

 

④血のついたエッグコージー  J・アンダースン

 

血のついたエッグ・コージィ (文春文庫)

血のついたエッグ・コージィ (文春文庫)

 

 

⑤スリーパーにシグナルを送れ  R・リテル

 

スリーパーにシグナルを送れ (新潮文庫)

スリーパーにシグナルを送れ (新潮文庫)

 

 

2016年 9月に読んだ本

 ●7514 二人のウェリング(ミステリ)ヘレン・マクロイ(ちく文)☆☆☆☆

 

二人のウィリング (ちくま文庫)

二人のウィリング (ちくま文庫)

 

 

クェンティンの次は、マクロイを片付けてしまおう。そして、フェラーズだ。本書は、代表作「暗い鏡の中に」の翌年の作品。コンパクトな分量。そして、訳者があの渕上ということで、期待も高まる。そして、期待に違わず冒頭から素晴らしい。


ある夜、ウェリングが自宅近く煙草屋で見かけた男は、「私はベイジル・ウェリングだ」と名乗るとタクシーで走り去る。ウェリングは男の後を追い、奇妙なパーティー会場につく。そして、男は、ウェリングの目の前で毒殺されてしまう。ここまで、怒涛の勢いで一気に読まされる。

そして、翌日には更なる驚きが。とにかく、訳がいいのもあって、マクロイの作品の中では、圧倒的に読ませる。そして、最後に明かされる意外な真相。これには、ちょっと納得できない部分もあるのだが、その前のある人物から、全員への電話や、鳥に関するダイイングメッセージ、など伏線がねじくれながらも、よくできているのに感心する。

ミステリ的には、無理筋かもしれないが、やはりこれは傑作、そう精神科医としてのウェリングが活躍する傑作と言えるだろう。マクロイを制覇します。と言っても、あと三冊だけれど。

 

 ●7515 鷹野鍼灸院の事件簿Ⅱ (ミステリ) 乾 緑郎 (宝島文)☆☆☆★

 

 

乾の本職が鍼灸師というのも驚きだったが、まさかⅡがでるとは驚いた。(なぜか本書には②という数字が無く、謎に刺す鍼、心に点す灸、との副題がついている)

前作で、かなり重たいところまで行ってしまったので、続編はないだろうと思っていた。で、正直言って書かなくても良かったと思う。まあ、作者のミステリセンスがいいので、相変らず読ませるが、ストーリーはかなり無茶な展開か、マンネリ路線。タイプは違うが、田中啓文の笑酔亭梅寿シリーズのマンネリ化を思い起こした。

 

 ●7516 ハードボイルド徹底考証読本(対談)小鷹信光逢坂剛七つ森)☆☆☆☆

 

ハードボイルド徹底考証読本
 

 

こんな本が出てたんだ。この二人だと、ブラックマスクや西部劇の話になってついて行けなくなる、と思ったのだが、正にその通りの割には、結構楽しめた。対談という形式が、良い意味で緩く脱線し(あとがきにもあるが、小鷹は意識的に脱線のしすぎ)なかなか焦点が見えなかったりするが、肩ひじ張らずに読めたのが良かったのか。

で、ハードボイルドとは言っても、この二人だとチャンドラーではなく、ハメットとなり、それは(高校生の拙い読書体験ではあるが)僕の中でも、チャンドラー<ハメットなのだ。(「マルタの鷹」より「血の収穫」「ガラスの鍵」)

そして、本書を読み終えて感じるのは、元祖オタクとしての小鷹の凄さである。ここまでやるか。こんな人、もう現れないだろうなあ。悪党パーカーをいつかちゃんと読まなければ。

(今朝の有栖川のエッセイは、イライジャ・ベイリだったが、ハードボイルド界の人々は、誰が選ばれるのだろうか?ドートマンダーが既に選ばれてるので、パーカーはないだろうなあ。コンチネンタル・オプやテリー・レノックスでは、当たり前すぎるか)

 

 ●7517 あしたの君へ (フィクション) 柚月裕子 (文春社) ☆☆☆☆★

 

あしたの君へ

あしたの君へ

 

 

あの衝撃の「孤狼の血」の次の作品は、作者の原点に戻った「佐方シリーズ」テイストだった。主人公は見習いの家裁の人であり、何と「カンポちゃん」と呼ばれる。三人のカンポちゃんたちが、福森市(福岡市)を舞台に、さまざまな家庭の問題に必死に取り組む。

特に主人公望月大地は、自分がこの職業に向いていないと常に悩みながらも、だからこそ事件?の裏にある真の構造を炙り出していく。一応、殺人などはないので、フィクションとしたが、その面白さの本質は日常の謎と同じくミステリである。

作者のこのタイプの作品群は、薬丸の「刑事のまなざし」にもつながるのだが、殺人のような激しい事件が無い方が、リアルで奥行の深い物語を静かに語ることができる。そういう意味では、佐方シリーズより自由で、作者も書きやすいのかもしれない。

冒頭の二作、「背負う者」と「抱かれる者」は、親子関係を子供から描き、本当に重くて、痛くて、リアルな作品で、読ませるが、主人公と同じくいたたまれなくなる。そして、次の「縋る者」は、中途半端と感じたのだが、続く家族がテーマの二編の更なる衝撃への箸休め、だったのかもしれない。

「責める者」は読ませるが、内容は単純で(だからこそ、ラストの衝撃がリアルなのだが)ミステリとしては評価できない。ただ、ラストの「迷う者」には、驚かされた。単純な離婚裁判と思われたものが、とんでもない倫理の問題を突きつけられる。

マイケル・サンデルに意見を聞いてみたい。そして、そのはざまで懊悩する息子のあまりにリアルできつい手紙。主人公は、その結末を見ることなく、カンポちゃんを卒業し、晴れて家裁の人として、新しい地に赴任する。続編に期待。(でも、これ直木賞とれない気がするなあ)

 

 ●7518 屋上の道化たち (ミステリ) 島田荘司 (講談社) ☆☆★

 

屋上の道化たち

屋上の道化たち

 

 

 いまさら著者に多くを期待しないのだが、やはり新刊がでると無視はできなくて、今回もわりと簡単に手に入ったので、読みだした。が、やはり嫌な予感は的中。

冒頭の自殺事件で、この作品のメインテーマは、アイリッシュの「ただならぬ部屋」であることは、解ってしまう。そうすると、問題はトリックだが、これがもう何というか・・・

とにかく、これでは小説ではなくクイズである。それも、かなり出来の悪い。また、全体を覆う大阪弁=大阪テーストも、かなり無理している感じ。

 

 ●7519 代体 (SF) 山田宗樹 (角川書) ☆☆☆☆★

 

代体 (角川書店単行本)

代体 (角川書店単行本)

 

 

傑作「百年法」で「嫌われ松子」のイメージを払拭し、驚かせた著者。ただし、推理作家協会賞を受賞する一方では、SF界では無視?されたように、その面白さはSFプロパーの作家とはテーストが違っていた。

実は、本書も最初は近未来ものだったので、SFと呼ぶべきかどうかと感じていたのだが、申し訳ない。途中からの奇想のエスカレーションはSFど真ん中であり、ラストの壮大なビジョンはヴォークトやベイリーもぶっ飛ぶ出来。

冒頭は代体と呼ばれる医療用のボディーの物語だったのだが、意識のそのボディーへの転送から、不老不死の物語に変わり、なんだこれは「貸金庫」か、と思ったら「20億の針」か「寄生獣」となる。さらには、マッドサイエンスティスト=天馬博士によるアトムの物語となり、内務省?のとんでもない陰謀は、まるで野崎まどテースト。

というわけで、著者の凄いところは、舞台はあくまでリアルな近未来でありながら、話の展開が予想の遥かななめ上を飛び越えていく、その意外性=奇想の連続にある。(まあ、その結果ヒロイン御所オウラは、途中でどこかに消えてしまったが)

そして、ラストの畳みかける更なる奇想の連続爆発。正直言って、ここをもう少しうまく処理できれば、歴史に残る傑作なった気がする。

ユングの集合無意識による人類の記憶や、主人公八田とガインの因縁が、冒頭のあるパラグラフと絡んでくるところ、さらには最後のオチ(いや、本書の本質は「薔薇の蕾」だったのだ)等々素晴らしい素材を、うまくまとめきれなかった気がする。

そして、八田が宇宙の果で出会う、既に存在した荒涼たる新世界、これが僕には解らないのだ。その世界を創った神は誰なのか?それがネットでいくら調べても解らない。大森が解説してくれないだろうか。

いやあ、それでもいい。これだけ書いてくれれば十分だ。小松左京亡き世界において「果てしなき流れの果てに」「ゴルディアスの結び目」を継ぐのは、何と山田だった、のだろうか。山田宗樹、とんでもない作家に化けてしまった。(しかし、この内容を全く想像させない、そっけない題名、何とかならんのか?)

 

●7520 九つの解決 (ミステリ) J・J・コニントン (論創社)☆☆☆★

 

九つの解決 (論創海外ミステリ)

九つの解決 (論創海外ミステリ)

 

 

最近絶好調の論創社の新刊で、あの渕上が訳していたので、知らない作家だけれど迷いなく予約した。が、何と1928年、すなわち黄金時代ど真ん中の作品。さすがにこれは古臭いのではないか、と危惧したのだが、渕上はそれでもきちんと読ませる。さすがだ。

そして、ミステリとしても、内容は真っ当なパズラーで、正に古き良き作品と言える、かもしれない。貴族の探偵+警部のコンビは、まさに黄金時代の典型であり、内容も決して悪くない。

ただ、解決が最後に探偵のメモで明かされる、という趣向は斬新?なようで、イマイチ効果をあげていない気がする。(何より、犯人を追いつめる証拠がなく、探偵の罠に犯人がはまる?というのは、一見クイーン風に見えるが、やはり本質はクリスティーにある)

本書を、端正な古き良きパズラーと見るか、今のレベルからすると犯人は丸分かりであり、物足りないと感じるかは、難しいところ。正直、僕は両方だ。

ただ、解説で書かれているように本書はゲームとして、意識的に人間を描いておらず(すなわち、殺人というものをゲーム感覚?で描いている)その背景に、第一次世界大戦の影響があるのならば、黄金時代の本質はかなり重くて深いものとなり、笠井の大量死理論も、あながちトンデモとは言えない気がするのだ。

 

●7521 陸 王  (フィクション) 池井戸 潤 (集英社) ☆☆☆☆★

 

陸王

陸王

 

 

「空飛ぶタイヤ」は著者渾身、畢生の大作だった。しかし、直木賞はとれなかった。まあ、その頃の老人選考委員には長すぎた(「永遠の仔」のように)かもしれないが、やはりあまりにも大企業(三菱自動車)糾弾という、生々しい社会派的側面が嫌われたのではないか、と思う。そして、それはエンタメとしては、僕も同感する部分はある。

そして、著者はリベンジとして「下町ロケット」を書き上げ、見事に直木賞を射止める。一作品としては「タイヤ」より劣るかもしれないが、ここにはエンタメの理想、王道があり、著者はその黄金の方程式をものにした。

「ロケット」の続編、そして本書も、正にその勝利の方程式に則って描かれ、そしてやはりエンタメとして完璧な出来で、読了後溜息をついた。

今回は、ロケットではなく、足袋である。足袋によるランニングシューズの開発だ。

100年ののれんを誇る、というか、それしかない中小企業のこはぜ屋と、その社長の宮沢が主人公だ。そこに、銀行員や経理の常務、陸上部の挫折したエース、ライバル外資企業、癖のある発明家、職人肌のシューズマイスター、そして、何より中小企業で働くおばちゃんたちと、就活で失敗し続ける宮澤の息子、等々が織りなす太くて、熱い物語は、パターンと感じながらも、読みだしたら止まらない。

もちろん、著者の生み出したパターンは、単純な勧善懲悪ではなく、パターンを越えたパターンなのだが。そして、本書の肝は、最後こはぜ屋の絶体絶命の危機を救うために登場する、ホワイトナイトにある。しかし、その処理は正直微妙に感じた。これで、いいのか、と。

ただ、そのあとの、茂木の一言で、すべては救われてしまった。本書には、それまでも、読者の意表をつく、あざやかな視点の転換がいくつかあるが(例えば「足軽大将」の開発)これは、本当に素晴らしく、心に沁みた。

ここがなければ、本書は傑作ではあるが、☆☆☆☆止まりであった。ぜひ、多くの人が564ページの茂木の心の叫びに、身を震わせてほしい、と思う。

 

●7522 ジャッジメント (ミステリ) 小林由香 (双葉社) ☆☆★

 

ジャッジメント

ジャッジメント

 

 

出版社、受賞歴、作品の作り方、傾向、等々から、たぶん本書は、湊かなえの「告白」を世に出した女編集者が、二匹目を狙ったのではないか、と邪推する。

その思惑は見事に当たり、世の中ではベストセラーのようだが、今回もまた僕はミステリとしては、全く本書を評価しない。いや「告白」以上に。

何より、本書=連作短編集のモチーフである「復讐法」という法律が、杜撰かつリアリティーが全くないのが致命的。

さらに、登場する人物たちが、常に究極の選択を迫られるのに、人物造形があまりに軽い。湊は好きではないが、作家として伸びるだろうとは感じたが、小林には、本書では可能性すら感じなかった。

 

●7523 室町無頼 (歴史小説) 垣根涼介 (新潮社) ☆☆☆☆★ 

 

室町無頼

室町無頼

 

 

「ワイルド・ソウル」で、ひとつのジャンルを極めてしまった著者は「君たちに明日はない」という良く出来たルーチン・シリーズを描きながら、次の展開を考え様々なチャレンジをしてきたが、残念ながら迷走が続いていた。

そして、冒険小説から歴史小説という、ある意味必然によって書かれた前作「光秀の定理」もまた、何が狙いなのか良く解らない小説だった。

しかし、本書はちがう。これは正しく「ワイルド・ソウル」「ギャングスター・レッスン」の作者にしか書けない、太くて熱い歴史小説だ。やっと、垣根が帰ってきてくれた。

本書の舞台の室町時代の虐げられた民衆は、ブラジル移民にあたり、才蔵、蓮田、道賢、の関係は、アキ、柿沢、桃田と相似である。(柏木の役まで、丁寧に準備している)

まるで、半村良でも読むような、見事な物語は、後半のクライマックスを経て、歴史的事実、時代の転換点を描く。

蓮田兵衛は知らなかったが、骨皮道賢は、富樫の北条早雲シリーズに出てきたように思う。ラスト、歴史の縛りのせいか、もう少しうまく描けた気もするが、ここから戦国時代が始まったとすれば、感慨深い。(本書のラストが応仁の乱である)

果たして、才蔵の次なる物語は、あるのだろうか。少し甘いかもしれないが、垣根の復活を祝って、この評価とした。垣根には「火怨」を期待したい。

 

●7524 QJKJQ (ミステリ) 佐藤 究 (講談社) ☆☆☆

 

QJKJQ

QJKJQ

 

 

今月は、当り外れが激しい。本書は、今年度の乱歩賞受賞作。そして、今回も有栖川有栖が本書を「平成のドグラ・マグラ」と絶賛していて、こわごわ手に取った。(他に今野敏も本書を激賞しており、こんな小説が好きなのか?と意外に感じた)

なにせ、本書の設定は、家族全員がシリアルキラーという、ギャグマンガも真っ青のぶっ飛んだ設定ということだから。(これでは「メフィスト賞」ではないのか?)

ただ、このいかれた設定は、少し読むと現実とは違う?ことが見えてくる。ああ、これは「向日葵」なのか。しかし、その後の展開は、ある組織がでてきて、僕にはこっちの方がさらにリアリティーがなくて、ついていけなくなった。

ドグラ・マグラは、描写のみなのでは?今回は、申し訳ないが、有栖川有栖よりも、池井戸、そして辻村の選評に、僕は同意する。まあ、乱歩賞がこんな作品を選ぶこと自体は、かつてのワンパターンに比べると、悪いことではないと思うが、正直この作品を僕は全く面白いと思えなかった。

 

 ●7525 アグニオン (SF) 浅生 鴨 (新潮社) ☆☆☆★ 

 

アグニオン

アグニオン

 

 

全く知らない作家で、どうやらゲーム畑の人で、最近はNHKの広報としてツィッターで有名で、その関連の本も上梓しているとか。で、表紙のカッコよさと、「この感情は、誰にも奪わせない」という、心に響くコピーに釣られて読み始めた。

そう、やはり今日本SFは、いろんなところから才能が湧いてくる。物語は、未来の管理社会の中で、カーストを打ち破ろうとするユジーン、そしてたぶん文明が破壊された世界で、親が無く生まれた異能の少年ヌーのパーツが、全く違うテーストで「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」のように、交互に描かれる。

もし、これが著者の処女作ならば、結構達者な書きっぷりである。ただ残念ながら、だんだん物語は推進力を失い、停滞してくる。それはひとえにユジーンのパーツの人々キャラクターの描き分けができておらず、誰が誰か分からなくなり、感情移入が全然できなくなってしなうところにある。

ひょっとしたら、本書のテーマ=感情であることから、著者は意識的にそうしたのかもしれないが、それは失敗だ。その結果中盤がだれてしまい、正直長すぎる気がした。

ラストの展開、二つのストーリーの融合は、ある意味お約束だが、悪くはない。ここは、やはり主要登場人物を減らして、人物造形をもっと掘り下げるべきだったと思う。

でも、新人の処女作としては上出来だし、こういうプロパーでない作家が、メジャーデビューできる、というのは、日本SFは本当に良い時代となったと思う。藤井大洋の力が大きいか。

 

●7526 江戸を造った男 (歴史小説) 伊東 潤 (朝日新) ☆☆☆★

 

江戸を造った男

江戸を造った男

 

 

作家生活10周年記念作、とのこと。正直、伊東の作品でこの題名だと、太田道灌の話だとばかり思っていた。(良く考えると、それなら江戸城を造った男、になるのだが)

本書は、名前は聞いたことがあるが、良くは知らない江戸の材木商人、河村瑞賢の一代記。そして(元武士)の瑞賢は、大豪商でありながら、富よりも、江戸の公共事業に、全てを捧げたというところが、新しく素晴らしい。また、まわりを囲む、保科正之新井白石らも、素晴らしい。

そして、物語は明暦の大火から一気に読ませる。のだが、正直言うと本書は伊東らしいけれんが全くない。10周年を意識したのではないだろうが、あまりにも清く正しい物語なのだ。

従って、悪くはないが、正直中盤がちょっとだれる。あまりにも、ストレートなのだ。まあ、僕の知識が足りないのかもしれないが、やはり伊東らしい歴史の新解釈が、どこかにあってほしい、気がする。

 

●7527 All You Need is Kill (SF) 桜坂 洋 (集英社) ☆☆☆★

 

All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)

All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)

 

 

録画したトムクルーズ特集?「オブリビオン」を深い考えもなく観たら、やめられなくなり、続いて「All You Need is Kill」も観てしまった。絵が素晴らしいのはCGの進化もあり、当然なのかもしれないが、何より脚本が良く練りこまれていて、テンポもよく、感心してしまった。(ついでに女優陣も素晴らしい)

もちろん、ハードSFとしたら、突っ込みどころ満載だし、いかにもハリウッドらしい、無茶ぶりのハッピーエンドには苦笑しかないが、腹が立つことはない。で「オブリビオン」の、「ナウシカ」や「エヴァ」へのオマージュも微笑ましいが、後者は原作が桜坂洋(未読だが)という日本人SF作家だというのは、知っていたので、さっそく原作を借りてきて読みだした。

で、こっちは、当然早川SF文庫だと思っていたら、何と集英社スーパーダッシュ文庫!?何だそりゃ?そう、本書は04年度のラノベ(たぶんそんな言葉はなかっただろうが)なのだ。ハリウッドは、そんなものまでチェックしているのか?

というわけで、正直小説としては、楽しめなかった。この文章、人物造形ではおじさんはつらい。(つんでれはまだいいが、メガネ少女はいいかげんにしてほしい)SF的設定は、映画の方がきちんとしていて、解り易い上に納得できた。

で、本書の本質は、究極のボーイ・ミーツ・ガールであり、最後セカイ系のように閉じるのだが、映画は集団ストーリーとなり、多くの犠牲の上で、最後は勝利をゲットするところが、いかにも彼我の違いを感じて面白かった。映画なしに読んだら、もう少し辛かっただろうが、原作として魅力的な設定を創ったことは間違いないので、この評価とする。

 

 ●7528 ロック・イン (SF) ジョン・スコルジー (HSF)☆☆☆☆

 

ロックイン?統合捜査? (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ロックイン?統合捜査? (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

 

実はここで三冊途中で挫折。エリスンの「死の鳥」が時間切れになったのは、まあ予想通りだが、「古書贋作師」は薄いので何とかなるのではと頑張ったが、半分読んでも話に入り込めず、日野草の新作「ウェディング・マン」は連作の第一作を読んで明らかになる小説の構造が有り得なくて(「QJKJQ」の妄想にそっくり)本を投げ捨ててしまった。

で、いきなりスコルジーである。正直って、スコルジーは、あの一発アイディアと思っていた「老人と宇宙」に、第四作まで付き合ってしまい、もういいや、わかった、と思っていた。(どうやら、第五作が出たようだが、当然無視)

確かに物語りはうまいけれど、僕がSFに求めるのは、これじゃない、という感じ。ところが、本書は2月の新刊なのだが、存在すら気づいていなくて、つい図書館で手に取ったのだ。

物語は、ある疫病によるパンデミックが起きた近未来の米国。この設定がかなり複雑なのだが、それをほとんど地の文章で説明せず、きちんと読者に理解させる作者の筆力は、やはり素晴らしい。

疫病で400万人以上のロックイン(意識があるが、体を動かせない)という患者が生れてしまい、彼ら=ヘイデンのためのロボット=スリープに、ヘイデンの意識を投射する(体自体はベッドで寝ている)という設定は(かなり単純化しているが)「代体」にそっくりで、苦笑してしまった。

主人公は大金持ちのヘイデンのFBI新人捜査官。SF界きってのストーリーテラーが、近未来のミステリを描くとなると、ソウヤーの「ターミナル・エクスペリメント」を想起するが、実はヘイデンたちによる新しい社会・文化の創造と摩擦、というテーマがイーガンの「万物理論」を思わせる出来なのだ。

まあ、残念ながら著者はエンタメの王道として、そういう重いテーマは早々にフェイドアウトさせてしまうのだが。(また、途中でヘイデンと旧人類?の対立が、まさに米国VSイスラムの戦いに重なってしまい、やや鼻白んでしまうのだがこれまた、あっというまにフェイドアウトする)

で、本書はあっというまに、カタルシスたっぷりの大団円を迎えるが、正直言って真犯人は最初から丸分かりなので、ミステリ的な興趣は薄い。脳科学的なハウダニットとしても、何とかついてはいけるが、楽しめたとまでは言えない。

しかし、相変らず主人公のクリス、相棒のヴァン、そしてヘイデン主義のカリスマリーダー、カッサンドラ、等々キャラが立ちまくりで、キャラクター小説としては、抜群に読ませる。

たぶんこの三人が中心で、続編も書かれるようだ。でも、その前にヒューゴー、ローカルW受賞の「レッドスーツ」を読んでみよう。いまだに未読のビジョルドのように、スコルジーをしてはいけない、気がしてきた。

まあ、スコルジーのストーリーテリングは、訳者の内田昌之にも手柄があると思う。(僕は酒井なんかより、内田の方が肌が合うのだ)その内田が「宇宙の戦士」を新たに訳したとのことで、何か読みたくなってきた。

 

●7529 モナドの領域 (SF) 筒井康隆 (新潮社) ☆☆☆☆

 

モナドの領域

モナドの領域

 

 

御年81歳にて、雑誌「新潮」に一挙掲載で完売。巨匠は健在。そして、本書が最高傑作であり、最後の長編である、と言う。まあ、本当に最後かは解らないし、最高傑作でないことは、間違いない。正直、本書をどう評価したらよいかは、上記の条件を外しても、かなり難しい。

筒井の断筆は、結果から言うと本当に残念であった。断筆前の「パプリカ」は、素晴らしく新しい傑作だったが、執筆再開後は傑作と言い切れる作品がなかった。特に最近の作品は、筒井老いたり、というものが多かった。テクニックが先走りしている気がした。

(筒井と小林=二人とももう80代、の新作を楽しめない、ということが、いかに辛いことか思い知らされている)

で、それらの作品に比べると、本書は読み易く、解り易い。もちろん、途中で繰り返される神学問答は、「文学部唯野教授」に比べると、イマイチ面白くない。(個人的には、哲学より、もっと科学・量子力学に寄ってほしかった)

ただ、日常がGODによって、徐々に非日常化していき(その象徴が、グロテスクなはずの腕のパン)裁判、TV公開番組によって、クライマックスに辿り着く、シンプルな構成は、悠々たる筆致と相まって、読者をくぎ付けにする。

相変らず、地の文がちょっとくどいが、今回は許容範囲だし、テーマと合っている。そして、ラスト、おお!本書は「時をかける少女」だったのか!と唸ったら、GOD曰く

「おやおや。何だかこの小説家がだいぶ以前に書いた「時をかける少女」のラストみたいじゃないか。でも、そういうわけにもいかんのだよ」。

しかし、筒井のラストの長編が、こんなやさしい作品だったとは・・・・

 

 ●7530 SFのSは、ステキのS (エッセイ)池澤春菜(早川書)☆☆☆★
 ●7531 乙女の読書道      (書  評)池澤春菜(本雑誌)☆☆☆ 

 

SFのSは、ステキのS (早川書房)
 
乙女の読書道

乙女の読書道

 

 

著者の祖父は、福永武彦。そして、僕にとっては加田伶太郎(DAREDAROUKA)であり
伊丹英典(MEITANTEI)の生みの親である。

そして、父親池澤夏樹。彼が、そんなにSFが好きだとは知らなかった。しかも、クレメントに「竜の卵」だから、かなりハード。(作品的にも、初期の長編のテーストは、SFと言えばSF。「スティルライフ」「バビロンに行きて歌え」等々)

そして、娘の著者は、声優にしてSFもの。で、なぜか二冊続けて読んだのだが、申し訳ないが、著者とは趣味が合わない。ここまで、共鳴できる本が少ない書評も珍しい。

75年生まれ、ということで(ちょっとびっくり)結構古い本も読んでるのだが、見事に僕の好みとずれてるんだよね。

 ●7532 疾風ロンド (ミステリ) 東野圭吾 (実業日) ☆☆☆

 

疾風ロンド (実業之日本社文庫)

疾風ロンド (実業之日本社文庫)

 

 

「白銀ジャック」に続く、実業之日本社救済?ゲレンデミステリ第二弾、が2年かかって図書館の棚でゲット。まあ、当然たいした期待はしていなかったが、それでも「白銀」はB級テースト、突っ込みどころ満載でも、まあ面白く読めて腹は立たなかった。

しかし、今回はさすがに無理。まあ、冒頭こそやや意外な展開が待っているが、そこからの場所の特定が安易だし、つぎつぎ偶然で転がっていく、という僕の嫌いなパターン。しかも、登場人物が薄っぺらい。というわけで、当面東野は読む必要がないような気がする。

 

 ●7533 望み (ミステリ) 雫井修介 (角川書) ☆☆☆★

 

望み

望み

 

 

なぜか、僕の昨年のベスト「犯人に告ぐ2」は、各種ベストで全く無視されてしまった。何か、おかしい。で、著者の新刊は、「わが子は殺人者」という、正直言って手垢の付いたテーマ。

もちろん、著者の筆力で一気に読めるのだが、この展開はいまさら感が半端ない。唯一の工夫は、殺人を犯した、息子を含む3人の少年が逃げているのだが、そのうち一人もまた殺されているらしい、という展開。

そこで、父親と妹は、息子が犯人ではなく殺されていることを願い、母親は犯人であっても生きていてほしいと願い、対立する。

まあ、そこはなかなかうまいと感じるのだが正直、それしかない小説なのだ。で、その結末にも何のひねりもない。というわけで、著者への期待値は結構高いので、物足りない読後感となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年 8月に読んだ本

●7494 巡礼者パズル(ミステリ)パトリック・クェンティン論創社)☆☆☆☆

 

巡礼者パズル (論創海外ミステリ)

巡礼者パズル (論創海外ミステリ)

 

 

申し訳ない。小池啓介がばらした、ばらしたと大騒ぎしてしまったが、何と本書の冒頭3行目で、もうアイリスがピーターのもとを(不倫で)去ったことが明らかになるのだ。これじゃばらした、も何もない。嗚呼、驚いた。

そして、本書の解説は横井ではなく、飯城勇三が書いていて、さすがに内容が深い。パズルシリーズの本質は「シリーズ探偵が事件の内部に立つ本格ミステリを書く」という実験にあり、というのは本当に鋭い。それこそが、ウェッブ=本格、ウィーラー=サスペンスのコンビが目指したものだったのか。

そして、パズルシリーズ最終作(この後は題名にパズルがつかなくなる)ピーターがまたしても、殺人事件に巻き込まれながら、こんどこそ探偵として事件を解決させるのだ。

ここには、アイリスの不倫というとんでもない事件が、殺人を呼んでしまい、それがまたある人物によって・・・という強烈なサスペンスと同時に、何と登場人物全員が次々犯人に擬せられる、という多重解決の大サービスまでついているのだ。まさにシリーズの掉尾を飾る傑作だ。

ただ、残念ながら最後の意外な犯人は、登場人物が少ない上に、その後は何度も使われているので(例えば泡坂のあの傑作とか)驚きはなかった。まあ、それは時代の限で、しょうがない。当時(1947年)は、斬新なトリックだったと思う。

ああ、もしパズルシリーズが、国名シリーズと並んで、創元文庫に収められていれば、クェンティンは間違いなく巨匠扱いだったと思う。返す返す、不幸な翻訳事情だったと感じる。

さて、パズルシリーズはこれにて終了だが、ダルース・シリーズは、まだ二冊残っている。残念ながら次作「死への疾走」は図書館にないので、次は本当のシリーズ最終作「女郎蜘蛛」だ。なんとアイリスとピーターは、よりを戻しているみたいだが。

 

 ●7495 曽呂利!秀吉を手玉に取った男(時代小説)谷津矢車(実業日)☆☆☆☆

 

曽呂利!

曽呂利!

 

 

発売時かなり評判になったが、図書館予約で出遅れてしまい、ちょうど一年後に、図書館の棚でゲット。ただし、ネットでは漫画のようだとか、あまり評判がよくなく「のぼうの城」を思い起こして、なかなか手が出なかったが、読みだしたら一気読み。

落語家の元祖と呼ばれる曽呂利新左衛門。名前は聞いたことがあったが、色々調べると、本書にでてくる逸話の多くは本物のようだ。(ただし事実かどうかは、かなり疑わしいので、歴史ではなく時代小説とした)

物語としては、冒頭の蜂須賀小六の物語が、いかにもありそうで、面白かった。その後の利休と五右衛門の話は、イマイチだが、秀次、三成で持ち直す。個人的には、三成が加藤・福島・黒田軍に襲われたとき、家康の屋敷に逃げ込んだ史実は、らしくないなあ、と思うのだが、もしその裏に曽呂利がいたらと、思わず納得してしまった。

また、秀吉の辞世の句も、確かにうますぎるし、また内容もらしくないのだが、これまた曽呂利がからんでいたら、と思うと妙に納得してしまう。もちろん、曽呂利は実在したのかさえ疑わしいのだが。

ただ惜しいのは、最後に明かされる曽呂利の動機が、一応冒頭で伏線は張っているが、イマイチピンとこないため、ラストのカタルシスが物足りない。これじゃ、ちょっと即物的。いっそ、大阪の陣を仕組んで、今度は家康に取り入ってしまった方が、面白かったんだけれどなあ。

 

●7496 バビロンⅡ -死ー (SF) 野崎まど (講談タ) ☆☆☆★

 

バビロン 2 ―死― (講談社タイガ)

バビロン 2 ―死― (講談社タイガ)

 

 

これまた、今一番新刊が待ち遠しい作家の一人、野崎まどのシリーズ第二作は、講談社タイガ文庫というのが、どうも巷の本屋できちんと場所を確保できていないこともあって、店頭から消えてしまうのが怖くて自腹で購入。

で、早速読みだしたのだが、正直のれなかった。キャラクター設定がラノベ的に甘いのに、リアルな政治・警察用語(しかも実は架空)が頻発して、読みにくくてしょうがない。

本書のテーマ(らしい)死(自殺)をめぐる議論は、まあ結構面白く好みなのだが、前作のテーマ、女=曲世愛の存在は、何だかなあ、無敵すぎる。こりゃ、最原最早に登場してもらわないと。

そして、この最悪のラスト。まるでSPECの、にのまえみたいで、嫌になる。期待が大きかっただけに、なんだかなあ感が半端ない。相変らずネットでは大好評だけれど。

 

 ●7497 女郎蜘蛛 (ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆

 

 

さて、当分手に入りそうにない「死への疾走」を除けば、これにてピ-ター&アイリス・ダルース夫妻シリーズ完結である。ここ数年、国内外で再読も含めて古典を読んでいるのだが、未読でこれだけ面白くかつ歴史的価値があるシリーズは初めてだ。翻訳の順序や、バラバラの出版社がひどかったのは分かるが、見逃していた自分を恥じたい。

パトリック・クェンティンは間違いなく、黄金時代と現在をつなぐ巨匠である。特に「俳優パズル」は歴史的傑作だと思う。

そして本書もまた、今や定番となった展開として、冒頭でピーターとアイリスが離れ離れになる。(やはり、前作「死への疾走」で二人はよりを戻したようだ)そして、最早おしどり夫婦ではいられない二人、今度はピーターが、ナニーという作家志望の冴えない少女?に、なぜかどんどん魅かれていく。そして、彼女の死。当然、最大の容疑者はピーターである。

さらに次々明らかになるナニーの真の姿が、恐ろしい。「ヒルダよ眠れ」「暗闇へのワルツ」までの迫力はないが「ある死刑囚のファイル」のような、ねじれた意地悪さがうまい。せっかくよりを戻した二人は、またも危機を迎える。今度こそ、絶体絶命。

そして、ピーターは今回も事件に巻き込まれるが、探偵ではない。今回の探偵は、何とあの名作「二人の妻を持つ男」のトラント警部である。ただ、事件の真相は良く出来ているが、今のレベルからすると、それほど意外ではない。

また、シリーズをこれだけ読むと、後半の二つのどんでん返しは、予想がつく。しかし、それでも本書は面白いし、読む価値があると思う。シリーズはほぼ終了したが、もう少しシリーズ以外も読んでみよう。本書はまさにウェッブの影響を逃れた、ウィーラー単独の傑作と言うべきだろう。

 

 ●7498 ケムール・ミステリー (ミステリ) 谺 健二 (原書房) ☆☆☆★

 

ケムール・ミステリー (ミステリー・リーグ)
 

 

ウルトラQを知らなかったら、題名の意味が解らないだろう。忘れたころに新刊を上梓する著者だが、デビュー作「未明の悪夢」を含めて、何か熱意が空回りし、バランスが悪くて、読みづらかった印象がある。本書もまた、冒頭はつらかったのだが、脳内で勝手に、鴉原=京極堂、多舞津=関口に変換して読めば、劣化バージョンではあるが、楽しく読めるようになった。榎木津がいないのが残念だが。

成田亨に関しての作者の思いは、残念ながらストーリーときちんとリンクはしないが、表紙にフューチャーされた「翼を持った人間の化石」は、ため息がつくほど素晴らしい。これだけでも、得した気分。

ただし、ミステリとしては、色々努力は分かるが、基本的なトリックは見え見えである。(はっきり言ってしまうが「占星術殺人事件」のバリエーション)一応、そのあと二回ひっくり返すが、本質は変わらない。

また、細かいところにかなり無理があり、警察がほとんど登場しないが、これも現実にはあり得ないだろう。

というわけで、相変らず作者の(意味のない?)熱意には感心するが、ミステリとしては、絶賛するわけにはいかない出来であることは確か。ただ、作者の作品(三部作?)を読み返してみようか?とは思った。長いけど。

 

 ●7499 彼女のいない飛行機(ミステリ)ミシェル・ビュッシ(集英文)☆☆☆☆

 

彼女のいない飛行機 (集英社文庫)

彼女のいない飛行機 (集英社文庫)

 

 

このところ大ブームとなっている、フランスミステリ。本書は昨年のこのミス9位で、全然見逃していたのだが、図書館でゲット。で、手渡されて驚く。何と650ページの分厚さなのだ。普通のフランスミステリ三冊分だ。

物語は、DNA鑑定がなかった80年代に、トルコでエアバスが墜落。乗客は全員死亡するが、たった一人赤ん坊だけが生き残る。ただし、その飛行機には、同年齢の赤ん坊が二人乗っていた。大金持ちの娘と、庶民の娘。で、赤ん坊の正体は?といった、いかにもジャプリゾやルブランの衣鉢を継ぐ、フレンチミステリだ。

物語は、大金持ちの祖母から依頼を受けた私立探偵の手記と、現在が交互に描かれる。そして、探偵は事件18年後に当時の新聞記事を見ているうちに、ついに事件の真相を知る。そのためには18年の時間が必要だったのだ。赤ん坊の正体は誰か、と18年後に探偵は何を見たのか、という2つの強烈な謎で、ぐいぐい読ませる上に、その謎解きは鮮やかである。

ただし、本書はネットである理由で酷評され、僕もまた素直に大傑作とは言えないのだ。その理由は、冒頭にも書いたように、とにかく長すぎるのだ。ある程度、もったいぶった書き方は、しょうがないが、本書はちょっと度が過ぎている。半分とはいわないが、2/3で充分だと思う。

さらに、本筋の謎が素晴らしいのに、何か意味のない殺人が多すぎる。とにかくもっとシンプルにすれば、素晴らしい傑作になっただろう。誤解を恐れずに言うなら、松本清張なら、本書を50ページの切れ味鋭い短編に仕立て上げるだろう。

 

●7500 横浜1963 (ミステリ) 伊東 潤 (文春社) ☆☆☆

 

横浜1963

横浜1963

 

 

何と伊東がミステリ=警察小説に挑戦。正直、大丈夫かよ、と危惧したのだが、翻訳文に疲れたので、手に取った。舞台は東京オリンピック前夜の横浜。主人公は白人の貌をした日本人刑事。相棒は日本人の貌をした、米国軍人。

と色々工夫はしているのだが、結局は危惧があたった残念な作品。伊集院の「羊の目」を読んだとき文章は達者でも、ミステリが解っていないと強く感じた。で、伊東もやはりミステリが解っていない。

しかも、伊東の場合、文章もだめ。ちっとも人間が描けていない。薄っぺらい。その上、このトリックは単純すぎるでしょう。もう少しミステリを勉強してほしい。

 

●7501 パナソニックV字回復の真実(ビジネス)平川紀義(角川書)☆☆☆★

 

パナソニックV字回復の真実

パナソニックV字回復の真実

 

 

このところネガティブなビジネスNFばかり読んできたが、パナソニックソニーのV字回復本が続けて上梓された。個人的には、両社とも本当に回復したのか、と疑問に思うのだが、残念ながら本書にその答えはなかった。

ただ、正直に告白すると、ある程度松下の歴史を知っている僕にとって、本書は面白くて一気に読んでしまった。しかし、その面白さはこれまた正直に言うと、ビジネスNFの面白さではなく、週刊誌のゴシップ記事の面白さである。

著者は偶然?松下の内部で、多くの幹部と一緒に仕事をしてきた経緯から、彼らを客観的に?論評する。最近の松下本では、かならず批判のやり玉にあげられるのが、幸之助の娘婿の松下正治会長、森下社長、そして中村社長、の三人だが、著者は正治、中村には厳しいが、直属の上司だった森下を、人間味あふれる人物として描く。正直、それが目的だったようにすら感じてしまう。

というわけで、創生期の松下の活気あふれる営業の現場の話は魅力的だし、事業部制の良し悪しも良く解るが、全体に構成が素人っぽく、あちこち飛ぶ上に、やたら持ち上げる現津賀社長の記述が少ないのが物足りない。目新しいところでは、三洋買収とゴールドマンサックスの関係あたりか。

 

●7502 逆説の日本史22 明治維新編 (歴史)井沢元彦小学館)☆☆☆★

 

 

副題:西南戦争と大久保暗殺の謎 このところ高評価が続いていた逆説シリーズだが、今回は色んな意味で物足りなかった。基本的にこの時代に関しては、勉強とは言わないが、かなり読み込んできたので、征韓論にしても、佐賀の乱西南戦争、さらには有司専制についても、ほとんど新しい情報がなかった。

まあ、いつもいつも斬新な説が、そんなに簡単にでるわけではないのは、わかるのだが。そして、ここでもまた感じたのは、井沢をもってしても、西郷の真の姿が全然見えてこないことだ。

素直に読めば、西郷はかなりアナクロな存在にすぎない。本当に西郷は難しい。さらに、何と本書には連載開始から25年もたった、ということで、かなり長い補遺篇がついているのだが、これが銅鐸の謎から憲法論まで、かなりあちこち飛びまくって、とっちらかった印象。というわけで、申し訳ないが今回はこの評価。

 

 ●7503 去就 隠蔽捜査6 (ミステリ) 今野 敏 (新潮社) ☆☆☆★

 

去就: 隠蔽捜査6

去就: 隠蔽捜査6

 

 

隠蔽捜査シリーズ6冊目の新作。(他に短編集が2冊)どうも量産体制が続いて、薄味になってしまった著者の作品は、もはや本シリーズしか手が出ないのだが、正直本作もまたかなり薄味。

ただし、キャラクターがしっかりしてるので、脳内で勝手に、杉本哲太古田新太安田顕、等々に変換して、あっという間に読み上げた。そうはいっても、ミステリ部分はかなり雑。

そして、最後にかなり長い横山的人事抗争の物語(と家庭の物語)がついているのだが、これまた結構甘い内容。というわけで、(無料の)2時間ドラマなら十分楽しめるだろうが、読書としては物足りない。次もこのレベルなら、今野とは完全にお別れしよう。

 

●7504 革命前夜 (フィクション) 須賀しのぶ (文春社) ☆☆☆☆★

 

革命前夜

革命前夜

 

 

お盆の読書は、イマイチが続いていたのだが、これは傑作。素晴らしい。

本書は発売時(15年3月)に予約を出遅れてしまい、やっと図書館の棚でゲット。しかし傑作「神の棘」の印象が強く、勝手にナチス時代の音楽小説と思っていたら、主人公真山は、何とバブル真っ盛りの80年代末に、わざわざ暗い東ドイツに周りの反対を押し切って音楽留学、という意外なストーリーでなかなか手が出なかった。

しかし、80年代末ということは、この革命の意味が解り、読みだしたら止まらなかった。須賀の筆力は、やはり素晴らしい。

その暗い東ドイツドレスデンが、音楽にあふれた街であり、かつ歴史が息づいていて、西側とは違う魅力を見せる。(ネットで、紹介されるバッハやドレスデン=僕にとっては、スローターハウス5の街を確認しすぎて、なかなか前に進まなかったが、雰囲気は満喫した)

音楽学校に君臨する二人の天才、ベトナム北朝鮮からの留学生、そして謎のオルガニスト。物語は、音楽小説であり、天才の物語であり、恋愛小説として、ぐいぐい読ませながら、主人公の父親の旧友との再会がとんでもない事件を引き起こし、後半は怒涛の展開となる。(天安門事件ベルリンの壁崩壊が、同じ年だったことをずっと忘れていた)

そして、物語はあのハンガリーシェブロンに収斂し、クライマックスを迎える。しかし、須賀の筆は単純な西側礼賛に与せず、東の矜持・プライドもきちんと描く。そして、そのことが逆に、東の不条理な体制を浮かび上がらせるのだ。

F・フクヤマの単純さはここにはない。きれいはきたなく、きたないはきれい。正直ラストのミステリ的なオチが必要だったかは、悩むところである。しかし、本書はさまざまなジャンルを超越した、深く重く、そして熱く激しい、素晴らしい物語だ。

こういう小説が(文春社なのに)なぜ、直木賞本屋大賞の対象にならないのか。須賀の次の作品に、注目したい。(あ、調べると本書は大藪賞を受賞していた。まあ、ちょっと微妙な賞だけれど)

 

 ●7505 ケレスの龍 (SF) 椎名 誠 (角川書) ☆☆☆

 

ケレスの龍 (角川書店単行本)

ケレスの龍 (角川書店単行本)

 

 

椎名の「アドバード」は、国内SFベスト10には必ず入れるほど大好きだった。だのに、SF三部作は次の「武装島田倉庫」で何回も挫折してしまって、結局「水域」は読めていない。そんなところに、ひさびさの本格SFとして、本書が届いた。

本の雑誌」での大森の評価も微妙なのだが、後半の意外な展開とやらに期待して読みだした。だのにやっぱり「島田倉庫」と同じく、なかなか物語に入れない。

椎名のSFの原点は「地球の長い午後」にあり、変な生き物や、過去の大災害や戦争が、当然のように全く説明されずに、事実のみが語られる。従って、よほどうまく処理しないと(「新世界より」は見事な成功例)感情移入が難しい。

しかし「アドバード」は、物語をひっぱるメインストーリーが明確、かつ力があったので、傑作となったが、「島田倉庫」や本書はストーリーが弱くて、読みにくいのだ。いや本書の場合は、弱いというより単純と言うべきか。

だから、何とか最後まで読み通した。まあ、そんなに長くないし。椎名もはや72歳。正直言って、本人だけが楽しんでしまっている作品に見えた。(今、調べると「水域」が第二作だった。チャレンジしてみようか、悩むなあ)

 

●7506 二人の妻を持つ男(ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆★

 

二人の妻をもつ男 (創元推理文庫)

二人の妻をもつ男 (創元推理文庫)

 

 

 

「女郎蜘蛛」にてウェッブが引退し、ウィーラー単独となった第二弾にして、代表作。(第一作は「わが子は殺人者」)高校時代、本書を読んだとき、確か感想に文学的ミステリ、などという阿呆なことを書いてしまったのが懐かしい。

本書は素晴らしい傑作であり、古典である。ただし、こうやってダルース夫妻シリーズを読み終えた後、再読したことによって、さらに感慨深い読書体験となった。

本書の主人公ビルが陥る家族の危機は、まるで「女郎蜘蛛」のピーターに相似である。しかしやはりダルース夫妻シリーズのフォーマットでは限界があり、本書は「女郎蜘蛛」より、はるかにリアルで深い小説となった。誤解を恐れずに書けば、ウェッブの呪縛を逃れたウィーラーが、その才能を爆発・開花させた傑作とでも言おうか。

解説の小森収も素晴らしく、ミラーやホワイトと比べながら、本書の先にはロス・マクの小説群がある、というのは鋭い。本書においてビルもまた「シリーズ探偵=主人公が事件の内部に立つ本格ミステリ」でありながら、探偵役としては失敗する、というダルース夫妻シリーズの典型パターンである。

しかし、両者の構造は相似でも、小説としての手触りには大きな差がある。間違いなく、本書の方が優れている。正直、再読のせいか、それとも著者のパターンが分かるせいか、真犯人は早い段階で予想がついた。

それでも、本書は面白い。物理的ではなく、心理的な罠や伏線が、あちこちに張り巡らされているのだ。蜘蛛の巣のように。そして、ビルは蟻地獄にどんどんはまっていく。ああ「わが子は殺人者」も読みたいのだが、これまた図書館にない。ゆっくり古本を探そうか。創元文庫なので、手に入りそうだし。

 

●7507 道徳の時間 (ミステリ) 呉 勝浩 (講談社) ☆☆☆★

 

道徳の時間

道徳の時間

 

 

61回乱歩賞受賞作。題名と表紙には魅かれなかったのだが、巻末の選評で有栖川有栖辻村深月が本書を絶賛し、池井戸潤がものすごい酷評をしているのに魅かれて、手に取った。結論から言うと、僕は有栖川・辻村派。

本書は欠点がありながらも、面白く読めたし、何より作者の将来性を感じさせた。これまた有栖川が絶賛した60回の下村敦史より、僕は呉を買う。ひょっとしたら、呉は薬丸になれるんじゃないか、とすら感じた。「天使のナイフ」もまた、本書と同じく力を持っていたが、正直整理が足りず、荒っぽかった。処女作はそれでいいのかもしれない。

本書の素晴らしさは、13年前衆人環視の環境の中で、講演者を刺殺した犯人の動機を、ドキュメンタリー映画の撮影の進行によって、炙り出していくサスペンスであり、グイグイ読ませる。(何か大岡昇平の「事件」を思い起こした)

そして、予想はつくが、ラストのどんでん返しもなかなか良い。しかし、問題も多い。まず、現在の事件と13年前の事件のつながりが弱すぎる、というか殆どないこと。これは、いただけない。さらに、僕にはどうも主人公の造型が無駄に熱くて、うざかった。

そして、池井戸や今野が酷評している動機の問題だが、僕は結構新しいなあと思ってしまったのだが、正直はっきり書いていないので、もやもやも残った。

で、読了後気づいた。実は本書を読みながら、ずっと考えていたのが、選評で肯定派も否定派も揃って書いている、本書にはあるデリケートな人権上の問題があるという点。ここを書き直して本書は上梓された、というのだ。そして、それが分かった気がする。

ここからは、未読の方は読まないように。思いっきりネタバレです。すなわち、この犯人は少年Aであり、彼が出所して出版しようとした小説が、あの「絶歌」だったのだ。たぶん。

つまり、犯人は出所してから、手記=小説を上梓し、ベストセラー化するために殺人を犯したのだ。(何という逆説的な動機!)

それが9・11等々によってやや状況が悪化したため、妹を使ってこのドキュメンタリー映画を創り上げ、ふたたび自らに脚光を当てようとしたのだ。

で、もちろんこれはやりすぎなので、修正して動機をあいまいに描いてしまい、説得力がなくなってしまったのだろう。いやあ、とんでもないことを考えたものだ。

 

●7508 北条早雲 相模侵攻編 (歴史小説) 富樫倫太郎 (中公社)☆☆☆★

 

北条早雲 - 相模侵攻篇

北条早雲 - 相模侵攻篇

 

 

シリーズ第三作。富樫の作品をもはや予約で読もうとは思わないのだが、半年後に本書を棚でゲット。一応、読み始める。この時代の関東の状況は本当に解りづらいのだが、富樫はそれを長いシリーズで描くことで、何とか知識不足の読者もついていけるようにはしてくれた。

ただし、小説としては、歴史の制約もあるのだが(茶々丸に続いて、定頼まで逃がしてしまう)やや盛り上がりに欠ける。

特にラストにあの人が登場するならば、もう少し盛り上げのための、けれんがあってもいいのではないだろうか。所詮、戦国時代とは違って、殆どの登場人物が無名に近いのだから。そういう意味では、本書では軍配者、星雅の宗瑞への助言、のあたりが一番面白かったか。

 

●7509 SONY平井改革の1500日(ビジネス)日経産業新聞(日経社)☆☆☆★

 

SONY 平井改革の1500日

SONY 平井改革の1500日

 

 

ソニーの本をいったい何冊読んできただろうか。しかし、本書は過去のソニー本とは(僕にとっては)全く違う感触だった。まずは、いくら凋落したとは言っても8兆円の規模は、とんでもなくでかいこと。そして、色々内容はあっても、本書の本質はモノづくりよりも、リストラとマーケティングの再構築であること。そして、何より、出井やストリンガーへの批判が全くないこと。

正直言って、平井一男はCBSソニーおよびゲーム出身ということで、どういう人物なのかイメージがわかなかった。しかし、本書を読む限り、異見を求め、社内の逸材を集めて使う、今までのソニーにはない、協調タイプの人間に見える。

そして、現在の復調は、リストラやマーケティング戦略の変革(規模から質)という、何ら変哲のないことを、外様らしくしがらみにとらわれず行ったことと、デバイスとしての画像センサーの大成功によるように、僕には思えた。

問題は、今後の成長戦略である。ここで、ゲーム映画、オーディオ、さらにはモバイルの未来戦略が嬉々と語られるのだが、正直言って僕にはそれが素晴らしいのか判断できない、というか理解できないのだ。

ネットでの評価は高いのだが、ここには僕が親しんできたソニーの姿はなく、無機質なグローバル企業のように見えてしまう。いや、僕自身がこの複雑で新しいビジネスモデルについていけない、いやついていく気が全くないことが問題なのだ。そう、僕は、正しく時代に遅れることを考え続けているのだ。

 

●7510 アルファ・ラルファ大通り(SF)コードウェイナー・スミス(早川文)☆☆☆☆

 

 

人類補完機構全短編2。解説で大野万紀が紹介している、80年代の2つの挿話、マニアにおけるスミスの扱いや、吾妻ひでおのマンガの件、両方ともリアルで覚えていて、笑ってしまった。

さて、本書はシリーズ最大のイベント、人間の再発見に関する作品を集めているが、残念ながら全て既訳。ただ「クラウンタウンの死婦人」「アルファ・ラルファ大通り」「帰らぬク・メルのバラッド」「シェイエルという名の星」といった傑作たちは、ほとんど内容を覚えていた。

そして、今回もやはりク・メルの魅力にまいってしまった。しかし、スミスはよくこれだけの短編で、ここまで壮大な歴史を創り上げたものだ。行間から、あふれ出る想像力の凄さだろうが。

ただ、ある評者が書いていたが、この短編集はほぼ作中の時系列に並んでいるが、スミスはそんな単純な作家ではないので、発表順の方が良かったと思う。最初の「死夫人」が最後にきたほうが、インパクトが強い気がする。

 

 ●7511 無 実 (ミステリ) ジョン・コラピント (早川文) ☆☆☆★

 

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

変わった作家名に記憶があったのだが、そうかあの「著者略歴」の作家か、と思いだした。ただ、内容はすっかり忘れていて、ネットで調べて、あああのオフビートで微妙な作品か、読み易かったけれど、と思いだした。

しかし、第二作にえらく時間がかかったと思ったら、どうも本書の内容の道徳的?な問題を嫌って、十年間約40社の米国の出版社が、出版を断ってきたせいというのだ。で、読み終えて思うのはその問題とは、近親相姦と○○コンである。

しかし、冒頭から作者は実は近親相姦は嘘(罠)であることが、明示しているし、後者も日本のラノベの方が、もっとえぐい表現をいくらでもしている。というわけで、ここでも米国=ピューリタンの倫理観(禁酒法を作ってしまった)に愕然とするのだが、かといってじゃ本書を評価するのか、といわれるとそれもまたためらう。

本書もまたオフビートで、ページターナーぶりは健在なのだが、どうもミステリ・プロパーではないので、今回も都合よくある人が死んでしまったり、何かゆるいんだよね。で、なによりも、こういう話は、生理的に好きではないし、個人的にはデズがクソで、ポーリーンが可哀想すぎる。これは地獄でしょう。

 

●7512 怪盗紳士ルパン(ミステリ)モーリス・ルブラン(早川文)☆☆☆☆

 

怪盗紳士ルパン (ハヤカワ文庫 HM)

怪盗紳士ルパン (ハヤカワ文庫 HM)

 

 

有栖川有栖のエッセイが絶好調だ。「オッターモール氏」の「氏」には笑ってしまったし、リプリーは痛いところを突かれてしまった。(ハイスミスリプリーもの は、あの「太陽がいっぱい」も含めて未読なのだ。嗚呼)

で、もうひとつルパンに関しても、過去の記憶が曖昧で(ジュブナイルの「奇巌城」は大好きだったのだが、大人用で読んだ「813」はひどかった。ただ、たぶん高校時代に読んだ本書=短編集は印象が良かった)新訳もでていて、もう一度きちんと読んでみようと一念発起。

で、読了後まず思ったのは、本書のラストには「遅かりしホームズ」という作品があるのだが、ホームズの物語には毎回ミステリの定型があるのに(いや、ホームズ以外も全て)ルパンの場合は、毎回シチュエーションが違い(ルパンが犯罪者ではなく、探偵の作品も多い)これは、大変だなあ、と感じてしまった。

それでも、本書は処女作ということで、「ルパンの逮捕」「獄中のルパン」「ルパンの脱獄」「謎の旅行者」「王妃の首飾り」までは、素晴らしいと思う。残念ながら、その後の四作はちょっと落ちる。

というわけで、正直100年以上前の古典に、ミステリ的な意外性があるわけはないのだが、それでも本書をとても楽しんで読めたのには、次の2つの理由がある。

ひとつは、平岡敦の翻訳が素晴らしいのだ。フランス・ミステリに関しては、「アレックス」や「ハリークバート」の橘明美の翻訳の素晴らしさに感心してきたが、本書における平岡の仕事はそれ以上だ。この翻訳なくせば、正直こんな古臭い(ごめん)物語を、ここまで楽しめなかっただろう。

さらに、実はアニメルパン三世(初代)が、原作を本当にリスペクトしていることが、良くりうれしくなってしまった。

 

●7513 猿の見る夢 (フィクション) 桐野夏生 (講談社) ☆☆☆☆

 

猿の見る夢

猿の見る夢

 

 

現代最強の作家だと思っている桐野は、チャレンジ精神も旺盛なため、三振=失敗もまた多く、それも魅力だ。ただ、桐野の本当に凄いところは、本書のような個人的には全く興味のもてない、ビジネス&家庭の物語を、一気に読ませてしまう筆力にある。

本書は逆半沢直樹とでも言えそうな、銀行から冴えないアパレル企業に左遷=出向された主人公薄井が、そのアパレル企業の大発展によって、微妙な立ち位置となり、不倫、派閥抗争、相続争い、夫婦親子関係の崩壊、とこれでもか、と振り回され、その醜さをさらけ出す、という本当に嫌な小説なのに、目が離せないのだ。

そして、もちろん醜いのは主人公だけではない。はっきり言って、ほぼ全員が醜い。さらに本書においては、長峰という怪しい、いや恐ろしい女性の存在が、隠し味として効いていて、ぞっとする。そう、桐野版「銀の仮面」なのだ。

というわけで、本書は桐野的な斬新な実験もテーマも何もない、ただ情けない中年、いや初老のサラリーマンの、これまた情けない話にすぎないのだが、これがぐいぐい読ませるのだよ。まったく、女王様の力技にはまいってしまう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

       

 

 

 

 

 

 

 

2016年 7月に読んだ本

●7474 人形パズル (ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆

 

 

 

「迷走」「俳優」に続く、パズルシリーズ第三弾。精神病院、劇場、の次は何とサーカスが舞台。で、作風はますます巻き込まれ型のサスペンスとなり、スラップスティックミステリとなる。本書は44年の作品で、ピーターは海軍中尉として登場する。(そして、ドイツ人のレンツ博士は、本書から登場しなくなる)

正直、その狂騒的とも言えるスタイルが暑苦しくて、なかなか乗れなかった。また、謎の構造も、時代掛かった復讐劇で、その謎がある登場人物の長い手記で説明されるのは、まるで「恐怖の谷」のような違和感があり、解説で佳多山が本書の難点と指摘しているのもうなずけた。

しかし、作者は前作と同じく、ラストにサプライスを準備していた。書評では、見え見えという天才もいるが、僕は見事に騙され、ひっくり返ってしまった。そして、その理由は「黄金の羊毛亭」が書いているように、その手記にあるのだ。(詳しくは書けないが)

というわけで、作風がどんどん変わっていく中、正直どうなるかと思ったのだが、ラストの強烈なサプライズで全て救われた。読み続けます。

(というわけで、なぜか扶桑社から出た「悪女パズル」を借りてきたのだが、解説でシリーズ後半でのピーターとアイリスの波乱万丈?の関係が、全部ばらされてしまって、まいった。まあ、このときはシリーズが全部訳されるとは思ってなかったんだろうが、これはひどい。そうか、宮部みゆきと同じか・・・)

 

 ●7475 ママは眠りを殺す(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆☆

 

ママは眠りを殺す (創元推理文庫)

ママは眠りを殺す (創元推理文庫)

 

 

これまた、先月中はメサグランデという街のスノッブさと、今回から新しく三人目の語り手となった、デイヴの助手のロジャーの幼さ?が気になって、なかなか読めなかったのだが、体調がやや回復し一気読み。

そして、後半のあるシーンで思いだした。やはり、僕は本書を読んでいた。文庫ではなく、ハードカバーで。で、何でシリーズ第三作から読んだのかというと、有栖川有栖が解説を書いていたからだ。(ところが、文庫化された本書は解説が新保に代わっていて、これがひどい内容。もとに戻してほしい)

本書の特徴は、クイーンの弟子らしく、解決篇が長く、さらに何段階にもなっていること。最近、解決篇が短いミステリばかり読んできたので新鮮かつくどく感じてしまったが。

メサグランデの素人劇団の演じるマクベスの舞台で起きた殺人事件。パズラーとして、本筋の解決はそれほどでもないが、群像劇とその謎を丁寧に解いていく、作者の腕は確かなもの。(正直、本筋と関係ないのも多いのだが)

大傑作とは言えないが、やはりこれは今や絶滅してしまった?米国における貴重なパズラー作品、クイーンの正統な後継者だ。あと一冊も読んでから短編集も読み返すことにしよう。

 

 ●7476 死の舞踏 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (論創社) ☆☆☆★

 

死の舞踏 (論創海外ミステリ)

死の舞踏 (論創海外ミステリ)

 

 

 

死の舞踏

死の舞踏

 

 

これまた、ずっと追いかけているマクロイの処女作。(38年の作品)冒頭の死体発見シーンから、ある女性がパーティーの主役が突然病気で倒れ、急遽代役に仕立てられ、さらには翌朝は自分こそが主役だと全員から話され途方に暮れる場面は、アイリッシュのある作品のように、強烈なサスペンスを醸し出す。

残念ながら、その後、徐々に失速を始め、まあ中の上くらいの出来となるが、時代を考えれば頑張った方だと思う。(初登場のペイジル・ウェリングが、やたらフロイト理論を振り回すのが、古臭くうっとおしい。何か「ベンスン」を思い出させる生硬さ)

良く考えると、本格の巨匠の処女作は、ほとんど代表作ではない。クイーンも、クリスティーも、カーも、ヴァンダインも。唯一、クロフツの「樽」が処女作=代表作だろうが、「樽」にはフレンチ警部は出てこない。

話がそれたが、それを考えると、本書は如何にもマクロイらしい、というか将来のマクロイを予想させる、悪くない処女作だと感じる。評価はちょっと厳しいかな。

 

●7477 死体が多すぎる(ミステリ)エリス・ピーターズ(光文文)☆☆☆★

 

死体が多すぎる ―修道士カドフェルシリーズ(2) (光文社文庫)

死体が多すぎる ―修道士カドフェルシリーズ(2) (光文社文庫)

 

 

前作よりかなり楽しく読めたのだが、やはり傑作というのはためらわれる。なぜなら、本書の面白さもまたミステリというより、時代劇の面白さに近いからだ。

ノルマン・コンクエスト後の、スティーブン王と女帝モードの従兄妹の内戦が、シェルーズベリの町を巻き込み、「スティーブン王や女帝モードをイングランド人とみなせるとしての話だが!」なんてセリフに苦笑できるくらい、僕も英国史を勉強した。かな。

陥落した城で処刑された94名、しかし死体は95名あった、というストーリーは、本家ブラウン神父顔負けだが、ミステリとしては相変らず緩い。そして、今回もまた二重解決になっているのだが、真犯人が意外でもなんでもないのが、もったいない。

本書の面白さは、カドフェルの好敵手?とも言える、ベリンガーの魅力に負うところが大きいが、一方では女性作家のくせに、登場する女性のほとんどがお嬢様で、イマイチ魅力的でないのが、いかがなものか。でも、もう一冊読んでみます。

 

 ●7478 徳川家が見た「真田家」の真実 (歴史)徳川宗英(PH新)☆☆☆★

 

徳川家が見た「真田丸の真実」 PHP新書

徳川家が見た「真田丸の真実」 PHP新書

 

 

たまたま、図書館で見かけて、何で徳川家の末裔が、真田家のことを書くんだろうと興味を持って、立ち読みしたら、やめられなくなって、最後まで読んでしまった。

著者の略歴を見ると、1929年生まれと言うことで、かなりの高齢だし、単なるディレッタントではなく、大企業の幹部を務めていていながら、内容は文章もしっかりしているし、知識とバランスも言うことがない。

ただ、惜しむらくは彼が冒頭から唱える、真田=徳川のスパイ説は、部分的には面白いのだが、結局状況証拠だけで、とても真相に迫ったとは言えない出来。

 

 ●7479 米原万里ベストエッセイⅠ (エッセイ) (角川文) ☆☆☆★

 

 

最近やたら、米原万里関連の本が多いなあ、と思ったら、没後10年ということ。今でこそ、佐藤優らによって、かなり東欧や旧ソ連の情報が入ってくるようになったが、米原が登場した時には、僕らの常識の西側世界=海外とは、異質の情報がどっと流れ込むようで(彼女の著書には、ポリティカルな要素はほとんどない)大きなインパクトがあった。

そして、何より米原の強さとパワーに感動し『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』『オリガ・モリソヴナの反語法』といった、個性的なタイトルの作品を楽しみだした折の、突然の訃報に読書はストップしてしまっていた。

そして、ひさびさにベストエッセイという形で、読んでみると、彼女を語るときに必
ずついてまわる、下ネタとダジャレ、などより、彼女の論理性と視野の広さ、そして生真面目さを強く感じてしまい、テーマ性がイマイチないことも相まって、正直そんなに楽しめなかった。

ただ、Ⅱも出ているようなので、読んでみる。そんなに予約が入っていないので。ところが、彼女の妹が書いた姉の本には予約が三桁入っていて驚いたのだが、彼女の妹は井上ゆり、あの井上ひさしの妻(ということは後妻?)だったのだ。知らなかった。

 

●7480 ブラック・ドッグ (ミステリ) 葉真中顕 (講談社) ☆☆☆☆★

 

ブラック・ドッグ

ブラック・ドッグ

 

 

今、最も新刊の待ち遠しい作家である著者の分厚い新刊が届き、朝方まで読みふけって、一気に読了した。デビュー作「ロストケア」で見事な二塁打、次作「絶叫」は豪快なツーランホームラン、で本書は満塁か、と期待したら、ゲームが変わってハットトリックだった。

これまでの二作は、大きな括りでは社会派ミステリだった。もちろん、凡百のそれらとは次元の違う出来だったが。しかし、今回は敢えて言えば、動物パニックホラー。テーストは「ジェノサイド」+「悪の教典」÷「バトルロワイアル」という感じ?というわけで、読了後感嘆しながら、今年のベストはこれで決定、とネットを確認ししたら、あらら酷評だらけ。

まあ、途中のここまでやるか、というスプラッタ描写は好みではないが、「ジェノサイド」だってひどかった。作風が劇的に変わったことを、ここまで否定的にとる人が多いとは、住みにくい国になった?

で、登場人物に対する、圧倒的な容赦の無さは、僕にとっては高評価。人間性疑われるかもしれないけど、これがリアルだと思う。ただ、さすがにラストのオチは、最初は驚いたが、読了後は○○○バンクのあのCMが頭から離れなくなってしまった。実写化したら、やっぱりここだけは笑ってしまいそう。

というわけで、内容にはあまり触れないでおくが、途中のスプラッタ描写さえ我慢すれば、大傑作としたい。そして実は、動物より怖いもの、もちゃんと描いてくれている、まあ、読了後時間がたつと、「ジェノサイド」の時みたいに、ネオエンターテインメント、とまで持ち上げる気はなくなってきたので、この採点とします。

 

 ●7481 スパイは楽園に戯れる (ミステリ) 五條瑛 (双葉社) ☆☆☆☆

 

スパイは楽園に戯れる

スパイは楽園に戯れる

 

 

これまた、個人的に待ち遠しかった、著者の王道の鉱石シリーズの最新作。題名はなぜか「パーフェクト・クォーツ」から変更されて、鉱石じゃなくなったが、葉山はもちろん、エディも、大活躍。坂下の出番が少ないのが物足りないが、洪もでてくるし、野口親子がいい味出している。

で、今回大活躍の仲上、というのが過去何をやっていたのか、思いだせないのがもどかしいのだが。で、結論は安定のマンネリとでもいおうか。「革命小説シリーズ」と同じく、細かい人間関係が煩雑な上、ラストの真相の構造まで似てしまったのは、ちょっといただけない。

結局、冒頭の北朝鮮のある人物の話は、ブラフにすぎなかった、ということ?それでは、もったいない。

というわけで「スリー・アゲーツ」のような太い物語に比べると、たいぶ分が悪いが、やはり今こういうリアルなスパイ小説を書けるのは著者しかいない。ここは(革命小説と違った切り口の)次作に期待したい。ちょっぴり出てくる千両役者のサーシャに、少しおまけの採点。

●7482 悪女パズル (ミステリ)パトリック・クェンティン(扶桑文)☆☆☆☆

 

悪女パズル (扶桑社ミステリー)

悪女パズル (扶桑社ミステリー)

 

 

クェンティンに脱帽である。「迷走」こそミステリとしては物足りなかったが、次の「俳優」は歴史的傑作であり、続く「人形」では作風がかなり変わりながらも、サプライズは健在。

そして、解説で小池啓介が書いているように、初期はパズラー作家ウェッブの色が強く、後期は相棒のウィーラーのサスペンス色が強くなると言われるパズルシリーズだが、四作目の本書は見事にその双方が機能した傑作なのだ。

正直、犯人の意志が偶然の連続によってねじ曲がり、複雑な殺人事件の様相を帯びる、という「犬神家」パターンは、パズラーとしては二流に感じていたが、本書の場合、ここまで徹底してやってくれると、もう評価せざるを得ない。

また、このシリーズはピーターという主役が、実はいつも探偵役ではない、という共通項を持っていて、今回も結局誰が探偵なのか、最後まで解らないのだが、これまた結構うまい処理をしてくれた。

とにかく、犯人のように見えた人物が実は真逆で、しかしそのことをある理由でみんなに伝えられない、という構成が見事。全体に今回も狂騒的で、ややうるさすぎるのだが、これが45年に描かれた(ピーターは大尉に出世している)という事実に、驚愕するしかない。この彼我の差は、如何ともしがたい。

最後に、それでも、小池はいらないことをしてくれたなあ。(ピーターとアイリスの今後を、全部解説でばらしてしまった・・・嗚呼)さあ、シリーズ完全読破を目指すぞ。次は「悪魔パズル」(論創社)だけど、これ翻訳題名何とかならないの?

 

 ●7483 ミッドナイト・ジャーナル(ミステリ)本城雅人(講談社)☆☆☆☆★

 

ミッドナイト・ジャーナル

ミッドナイト・ジャーナル

 

 

 

遂に本城もブレイクして、ベストセラーのようだが、個人的には本城はとっくに「スカウト・デイズ」でブレイクし、「球界消滅」で独自の世界を創り上げたはず。というわけで、個人的には本書より、上記二冊を上に置きたい。

なぜならば、本書は確かに素晴らしい出来だが、誰もが感じるように「64」「クライマーズハイ」に似すぎているのだ。

プロット自体は、過去の誘拐事件と現在のつながり、ということで「64」と相似なのだが、描き方は新聞記者側、すなわち「クライマーズハイ」となっていて、その結果、誘拐事件の真相の方は、ただ単純に解決してしまい、ミステリとしては正直物足りない。

また、本城のブンヤ・スカウトものに共通して感じる、そんなことにいまさらなぜ命を賭ける?感も相変らず。(今回は、新聞記事のスクープに何の意味がある?それより、事件の解決だろう感)

しかし、北上おやじ絶賛(クライマーズハイに匹敵する傑作!)と聞き、そうかこれまた「小説王」と同じ暑苦しい話で、根っ子が繋がっていると強く感じた。

ちょうど平成天皇の生前退位のニュースと同時に読んだので、ああ昭和は間もなくさらに遠くなるのだ、と実感しながら、このデジタル社会における、暑苦しい物語の必要性を強く強く感じてしまったのだ。

そうすれば、冒頭の誘拐事件の圧倒的な迫真力と誤報という大失態から、一気に読み上げたこの小説の熱さ、物語の力は、やはり認めなければならない。

誤報三人組のリーダー兼主人公の関口豪太郎は、さすがに暑苦しすぎてついていけないが、ヒロイン藤瀬祐里とマツパクこと松本博史の二人の造型は素晴らしい。特にマツパクは、僕の中では実写版では坂口健太郎で決まりである。

 

●7484 ロケット・ササキ (NF) 大西康之 (新潮社) ☆☆☆☆

 

ロケット・ササキ:ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正

ロケット・ササキ:ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正

 

 

「会社が消えた日」「稲盛和夫、最後の戦い」といきなり彗星のように現れた、日経記者出身のビジネスNFライター、大西康之の仕事に注目してきた。しかし、第三作の「ファーストペンギン」は失敗作だったと感じる。そして、満を持しての本書。一気に読了し、圧倒的な爽快感を感じながらも、一抹の不満、不安を抱いた。

正直、面白すぎるのである。プロローグに孫正義の「大恩人」スティーブ・ジョブズの「師」とあるように、本書にはトリックスター佐々木を媒介に、えっこの人も!という綺羅星のような人材が、次々と登場し、それぞれが繋がり、共創の化学反応を起こす。

それはもう痛快無比なのだが、一歩冷静になると、佐々木も孫もジョブズも、やや書割に感じてしまう。深くないのだ、三洋や稲盛のときのように。(そして、それはペンギン=三木谷の描き方にも感じた)たぶん、本書はヤマザキ・マリに劇画で描いてもらえば、大ヒットするのではないだろうか。

正直、佐々木があまりに凄すぎて、これでは水戸黄門なのだ。ただ、本書にはもうひとつ大きな美点があり、それは今の協創を忘れ、守りに入った日本企業への大いなる警告と、励ましの書である、ということだ。

たぶん、著者はそこを強調するために、かなり事実を解り易く修正したのではないか、と感じる。だから、本書はビジネス書ではなく、NFとした。江戸時代の鎖国が、戦国日本のバイタリティーを奪った、と告発し続けた司馬遼太郎のように。

そして、インターネット、PCの前に会った、電卓戦争の世界の覇者が、シャープとカシオという日本の中小企業であった事実を、我々は思いださなければならないのだ。

さらに、80年代ジャパンアズナンバーワンとなった日本は、確かに冷戦という偶然・追い風が吹いていたこともあるが、ただの勤勉だけではなく、佐々木や早川徳次のような、懐の大きいパトロン的経営者と、孫や西のような、良く解らない野望に満ちた若者たちが、あたりを徘徊してい代であった、ということも忘れてはならないのだ。

しかし、このあとシャープは、まるで秀吉の晩年のように、佐々木の時代と真逆の企業となり、崩壊する。本書は、その冒頭を描いたところで終わる。まるで、吉川英治が「新書太閤記」で、秀吉の晩年を描かなかったように。

しかし、本当に驚くのは、ラストで佐々木が現在101歳で、健在であるということが分かるシーンだ。若手女性技術者が過去のシャープの技術の粋を集めて創った、ロボットの試作品に、佐々木が感動するシーンには、目頭が熱くなった。

 

 ●7485 ラスト・ナイト (ミステリ) 薬丸 岳 (実業日) ☆☆☆☆

 

ラストナイト

ラストナイト

 

 

今月は、期待の作家の新作が多く、古典と交互に読んで、非常に充実した読書となっているが、降ればどしゃ降り。またも期待の薬丸の新作が届いた。まあ、実業之日本社というところが気になったが、やはり本書も傑作である。

系統としては「刑事のまなざし」の夏目シリーズのテーストだが、本書の特徴はその凝ったプロットの技の冴えにある。

正直、ミステリとしてのネタは、短編一編を成り立たせる程度のものにすぎないが、第一章に登場した登場人物5人の視点で、次々と同じシーンがリレーで語られ(というわけで、「半落ち」に似たテースト)第一章で語られなかったラストシーンに、全ての物語が収斂していく、という見事な構成である。

その結果、わざと同じ表現、文章が何度も顔を出すのが、ややうっとおしい気もするが、ここは作者の職人芸に感嘆するしかない。物語は、書き方でここまで変わるのだ。そして、今回も赤羽・浦和が舞台であり、それだけで読むスピードがあがるのだ。薬丸印にはずれなし。

 

●7486 ママ、嘘を見抜く(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆☆

 

ママ、嘘を見抜く

ママ、嘘を見抜く

 

 

これで、ついに長編四冊全読了。内容的にはXYZとは違って全然四部作になっていないのだが、92年の作品で次がないということは、たぶん作者も亡くなっている=シリーズ終了、だと思うのだが、ウィキにすらヤッフェの項目はない。これはいくらなんでも、ひどい扱いだと思う。

(だいたい「ママは何でも知っている」は日本独自編集であり、米国でヤッフェの短編集がでたのは、最終作品発表30年後なのだからひどい)

本書は、前作で気になったロジャーの語りの部分がなくなり、スイスイ読めた。で、相変らず伏線の張り方が丁寧で、うれしくなる。まあ、中には見え見えもあるが、お酒の件は見事。指輪はちょっと弱いか?

というわけで、意外な犯人に対する証拠が弱くて、今回の評価をどうしようか、と思ったのだが、最後に、Y=インスツルメンタル、獄門島=気ちがいじゃが、系統のトリックが爆発。ひさびさにうなってしまった。それがまた、マルクス兄弟と絡むところが、笑えるというか、凄い。

ただ、今回もママの最後の日記!?による、どんでん返しはあまり後味が良くない(そんなことを言うと、四作ともそうか)で、今回デイヴは反省するが、これはやっぱり理由も言わずにデイヴをこき使うママの方が悪い、と単純に思う。

まあ、毎回種明かしするとミステリにならないのは分かるが、読んでいてイラッとする。さあ、次は短編集再読だ。早川や論創社か、どっちにしよう。

 

●7487 5人のジュンコ (ミステリ) 真梨幸子 (徳間書) ☆☆☆☆
 
5人のジュンコ (徳間文庫)

5人のジュンコ (徳間文庫)

 

 

ある理由でたまたま読みだしたのだが、一気に読み切ってしまった。著者のことを僕は勝手に、湊かなえの劣化バージョンと決めつけていて、イヤミスというジャンル?も言葉も嫌いで、全然触手が伸びなかった。

申し訳ない。本書は、湊の上位互換機種で、桐野テーストもかなり感じられる傑作だ。複雑な人間関係を、うまく意外性を持たせながら、つないでいく文章力と構成力はなかなかのもの。

最後に登場する木嶋佳苗をモデルとしただろう、佐竹純子の迫力、存在感には驚愕するしかないが、その本質が一方のヒロイン久保田芽衣と重なるとき、心が凍りつく。怖い。そして、冒頭の伏線を回収する最終章、それほどの意外性はないが、良く出来ている。

ただし、5人のジュンコに必然性がないとか、そもそも本筋に絡まないサブストーリーが散見したり、大傑作と言うにはやや物足りない部分もあるが、これだけ読ませてくれれば十分だろう。真梨幸子という作家を、少し読んでみよう。まずはあの「殺人鬼フジコ」だ。書いていて嫌になるけど。

 

 ●7488 悪魔パズル(ミステリ)パトリック・クェンティン論創社)☆☆☆☆

 

悪魔パズル (論創海外ミステリ)

悪魔パズル (論創海外ミステリ)

 

 

ママシリーズの長編四作を読み終えてしまい、今度はカドフェルと思ったのだが、ここはやはりパズルシリーズの方が読みたくて、本書を手に取ったら、やはり一気読み。本書は、論創社のハードカバーなのだが、訳者が変わっても読み易いのは、クェンティンのリーダビリティーなのだろうか。

今回もまた、ある理由で分かれてしまうピーターとアイリスが冒頭で描かれ、次章からは、いきなり事故で記憶をった男の描写となる。しかし、わりと早い段階で、その男がピーターであることは読者には解ってしまい、正直そこからの展開は、サスペンスは十分だが、意外性はそれほどない。

一応、最後にどんでん返しがあるのだが、これもまた登場人物が少ないので、それほど意外ではない。ただ、やはりそれでもこの評価を付けてしまったのは、このシリーズが本当に好きになってしまったから、とでも言うしかない。かなりご都合主義の物語だが、読んでる間は楽しかった。

というわけで、シリーズ読破に集中しようと思ったら、何と残り三冊の一冊「死への疾走」が、さいたま市図書館にないことに気づいてしまった。まあ、ハードカバーで買って読むほどでもないしなあ。困った。

しかし、論創社には感心するが、解説に起用している横井 は、どうしようもない。内容もつまらない上に、本書では「悪女パズル」のあるネタを割っている。よかった、先に読んでいて。しかし、出版社が違うとはいえ「悪女パズル」のあとが「悪魔パズル」というのは、何とかならなかったのか?

 

●7489 殺人鬼フジコの衝動 (ミステリ) 真梨幸子 (徳間文) ☆☆☆★

 

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

殺人鬼フジコの衝動 (徳間文庫)

 

 

やっぱり、読むべきじゃなかったか・・・聞きしに勝るイヤミスである。ただし、文章力はやはり湊より上で、こんな内容でも一気に読ませる。ただ、前半の子供時代のいじめの物語は、全く好みではなく、気分がめいってしまった。ストーリーの通奏低音として、カルマ=繰り返しがあるのだが、もう少しうまく使えた気もする。

というわけで、厳しい評価としようと思ったのだが、終章で忘れていたプロローグが意味を持ってきて、ある人物(たち?)のネガとポジが入れ替わるのは、結構うまいと感じてしまった。ただし、もっときれいな設計図が引けた気がする。何かゴタゴタしてしまった。そこを狙ったのかもしれないが。

 

●7490 鸚鵡楼の惨劇 (ミステリ) 真梨幸子 (小学館) ☆☆☆

 

鸚鵡楼の惨劇 (小学館文庫)

鸚鵡楼の惨劇 (小学館文庫)

 
鸚鵡楼の惨劇

鸚鵡楼の惨劇

 

 

続いて、著者の一番ミステリ度?が高い、と言われる本書を続けて読みだした。何と今回は、今までとうってかわって昭和30年代の遊郭のお屋敷が舞台。

これは、京極堂か刀城言耶か、とわくわくしたのだが、あっという間に物語はバブル期のタワーマンションの似非セレブたちの嫌らしい物語に変貌し(そういえば、桐野にもそんな話があった)愕然。そして、さらに物語は現代に下って、一気に伏線を回収にかかる。

結局、著者のミステリとは、登場人物の真の正体と人間関係を、いかに意外に組み合わせるか、にかかっているのが解ってきた。「5人のジュンコ」もまさにそういう物語で、そこで感じたように、著者には意外性はあっても、全体の構築美はない。

ダブルミーニングを使った、レッドヘリングもあるのだが、意外性のための意外性、という感じで、美しさがないのだ。そして、今回は最後の最後の意外な犯人、で見事にこけてしまった。そんな人物、今まで全然目立ってないので、意外以前になにこれ感が圧倒的。

これは失敗でしょう。相変らずのイヤミス描写もイヤだし、もう一冊借りてきたんだけれど、どうしようか・・・

 ●7491 スキン・コレクター(ミステリ)ジェフリー・ディーヴァー(文春社)☆☆☆★

 

スキン・コレクター

スキン・コレクター

 

 

昨年のこのミス海外ベスト1作品。ということで、ディーヴァーにもリンカーン・ライムにも、もはや興味はなかったのだが、たまにはこんなのもありだろうと、予約数が三桁の上の方、にもかかわらず予約。そして、待ち続けること8ケ月でやっとゲット。

というわけで、本書に大きく関連があるらしい「ボーン・コレクター」と「ウォッチメーカー」を思い出しながら、読みだす。正直言って、僕にとってのディーヴァーはあの大傑作「静寂の叫び」で終わっている。

ライム・シリーズを書き出したときは、ラヴゼイがダイヤモンドシリーズに逃げたのと同じように感じたのだが、ディーヴァーは相変らず単独作品も書いていて、逃げたわけではない。ただ、基本的にはそのどんでん返しの作風が、すでに賞味期限切れなのだ。

本書にも後半に大きなどんでん返しがふたつ用意されているが、それはもうお約束でしょう。○○の正体が○○○であることと、結局○○○が○○している、というのは、僕には、全くの予定調和で、まさにその通り物語が進んでしまい、唖然としてしまった。

ディーヴァーを始めて読むならともかく、ある程度読み込めば、これは分かるでしょう。で、読み終えて、犯人はなんでこんな面倒なことをやるのか、と思ってしまう。まあ、駄作とは言わないけれど、やっぱりディーヴァーはもうおなか一杯。

 

●7492 さらばカリスマ (ビジネス) 日経新聞社編 (日経新) ☆☆☆★

 

さらばカリスマ セブン&アイ「鈴木」王国の終焉

さらばカリスマ セブン&アイ「鈴木」王国の終焉

 

 

副題:セブン&アイ「鈴木」王国の終焉。毎日新聞の「カリスマ鈴木敏文、突然の落日」を読んで、本書を見落としていたことに気づき、あわてて読みだした。

しかし、結論はここにも各種の報道以上のものはなかった。さすがに、老舗だけあって商社問題や創業家との確執に関しては、毎日よりかなりレベルは高い。が、後半の7×11成功秘話、のような内容は素人でなければ敢えて読む必要のない定番であり、工夫はわかるが物足りない。

結局、良く言えば中立なのだが、本書には明確な主張がないのだ。というわけで、おさらい本としては役に立つが、それ以上でも以下でもない。

 

 ●7493 ローマ帝国人物列伝 (歴史) 本村俊二 (祥伝社) ☆☆☆☆

 

ローマ帝国 人物列伝(祥伝社新書463)

ローマ帝国 人物列伝(祥伝社新書463)

 

 

あの塩野がギリシアを描き出した今、逆にローマ本が読みたくなって、本書を手に取った。本書は「プルターク英雄伝」ならぬ「ローマ帝国人物列伝」であり、皇帝を中心に、28人の英雄(ネロみたいなのもいるが)の列伝である。

個人的には楽しく読んで、文句はないのだが、それはもちろん僕が塩野の「ローマ人の物語」を読み込んできたから。この本だけ読んでも、その面白さは伝わらないだろう。何せ塩野のが上下巻を費やしたカエサルが、17ページなのだから。

やっぱり、僕はスキピオ、スッラ、カエサルアウグストゥス五賢帝(まあ、ハドリアヌス一択だが)、ここまでが面白く、それ以降はやはり心躍らない。まあ、僕はキリスト教とは、なかなか折り合いがつかないのだが。

しかし、五賢帝の中で塩野が酷評したアントニウス・ピウスの一般の評価は、ここまで高いのだ。というより、本書は塩野 の著作に比べて、圧倒的に安全保障の観点が弱いと感じる。パクス・ロマーナの本質に全然迫っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年 6月に読んだ本

●7455 ママ、手紙を書く(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆☆

 

ママ、手紙を書く (創元推理文庫)

ママ、手紙を書く (創元推理文庫)

 

 

日経新聞の日曜の有栖川有栖の、ミステリの登場人物に関するエッセイを愛読している。素人にもマニアにも受ける内容となっていて、うまいなあ、と毎回うなってしまう。

もちろん、ほとんどは読んでいるのだが、エッセイの影響で、ヤッフェのママシリーズの長編を読まなければ、と思っていたら、何と図書館で四冊全部をゲットしてしまい、早速読みだした。

もちろん、短篇集「ママは何でも知っている」は既読だが、ケメルマンの「九マイル」へのオマージュであり、都筑の「退職刑事」の原型である、という歴史的価値は認めても、実はミステリとしてはあまりいい印象が無かった。

ところが90年代後期、いきなり長編が四冊訳されて、その中の一冊(たぶん、眠りだと思う)を読み、ひさびさの正統派パズラーと感銘を受けたはずなのに、そのままで終わってしまった。たぶん、当時は地味に感じたのだろう。

で、本書だが、メサグランデという南部の田舎町とその大学教授たち、というスノッブな雰囲気がうまく描かれていて、スイスイ読んだ。そこに通奏低音として流れる差別の問題が、結末に絡むのもうまい。ただ、ミステリとして見た場合、おいおいこのトリックを今更使うかよ?という感じで、ちょっと物足りない。

ただし、その後ママが真犯人に仕掛ける罠が、結構きつくて恐ろしい。デイヴはまいってしまったろう。と思っていたら、最後に表題の手紙が更に炸裂。やっぱ、すごいや。で、たぶんその手紙は、配達されない、というわけで、リドルストーリーになっているのもうまい。これは残りの三冊も読みます。

 

 ●7456 その可能性はすでに考えた (ミステリ) 井上真偽(講談N)☆☆☆

 

その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)

その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)

 

 

去年、ゲテモノ系?で評価された「ミステリー・アリーナ」は、予想以上の論理の素晴らしさに、大絶賛したが、もう一方の雄?の本書は、ダメだった。最初から本書のテーマらしい、奇蹟の証明=謎が解けないことの証明、という論理が良く理解できず、そのラノベ的バカバカしいキャラクターの洪水と合わせて、読んでいて苦痛だった。

こういうミステリを読むと、何か無駄なことをしている、と感じてしまう。古典回帰の気分が強まるなア。

 

 ●7457 日本を揺るがせた怪物たち (NF) 田原総一郎 (角川書)☆☆☆★

 

日本を揺るがせた怪物たち

日本を揺るがせた怪物たち

 

 

政界の怪物:田中角栄中曽根康弘竹下登小泉純一郎岸信介、財界の怪物:松下幸之助本田宗一郎盛田昭夫稲盛和夫、文化人の怪物、大島渚野坂昭如石原慎太郎、これではあまりにも普通の選択で、ひまつぶしにはもってこいだけれど、新しい情報・驚きはほぼなかった。

岸も最近読んだところだし。敢えて言うと風見鶏に対する、中曽根の返答が、凄いというか、とぼけてると言うか。これに比べると、小泉は単純と言うか、若いというか・・・・

 

●7458 人間を磨く (ビジネス) 田坂広志 (光文新) ☆☆☆☆

 

人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」 (光文社新書)

人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」 (光文社新書)

 

 

副題:人間関係が好転する「こころの技法」。田坂さんの新刊です。あとがきによると「知性を磨く」「人は誰もが多重人格」と本書で、三部作完結?とのことです。

今回もまた「エゴを見つめる」話や「自信がないと謙虚になれない」等々、いつものフレーズが続くのですが、その解説がいつもより丁寧、かつ著者の若き頃の挿話がたくさん語られる(ほとんどは失敗話)のも、ファンには見逃せない。

ただ、その結果、いつものスマートかつ論理的で、自然に腹に落ちてくる文章ではなく、かなりゴツゴツした印象があるのですが、それもまた良しでしょうか。最後が、解釈の問題になるのも、ニーチェ主義者の僕としては納得です。

このあたりは、キャリアキャリアとうるさい、若手に読んでもらいたい。(しかし、発酵と腐敗の科学的な定義が、人間に役立つか役立たないか、だとは。そういえば宇宙論における人間原理は否定されたのだろうか?)

そして、いつものように田坂さんは、さらっと怖いことを書く。日常、何気なく使っている言葉は、深層意識に想念として浸透していく。「卒業しない試験」は追いかけてくる。いやあ、特に後者は実例が浮かんで、怖い怖い。

 

●7459 ママのクリスマス(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆★

 

ママのクリスマス (創元推理文庫)

ママのクリスマス (創元推理文庫)

 

 

長編第二作。ここでは、ついにママがメサグランデに引越しし、早速いくつもの友達の輪を作っている。ただ、デイヴとは同居していないが。で、今回起こる事件は、ユダヤ人がクリスマスに、キリスト教の神父を殺害する、という宗教的な、すなわち南部では、センセーショナルな事件。

ただ、ミステリ的には今回もちょっと弱い。そして三回ひっくり返して、最後は神(どの神なのだろうか)への告白という形で、今回もママは本当の真相を、デイヴには伝えない。このあたりはうまいが、やっぱり今回はミステリとして地味。

まあ、いかにもクイーンの弟子と言う感じで、ダイイングメッセージを何回もひっくり返すのだが、個人的にはのれなかった。

また、キャラクターが立っているので、読み易いのだが(翻訳が素晴らしいと感じる)マープルを真似た、近所の人の例えは、やめてほしいなあ。これ、本当にいやだ。

 

 ●7460 俳優パズル(ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆★

 

俳優パズル (創元推理文庫)

俳優パズル (創元推理文庫)

 

 

いやあ、これは噂に違わぬ傑作。まだまだ読み残しがあると痛感。クェンティンも読み続けよう。本書は「迷走パズル」でアルコール中毒から立ち直った?ピーターが、本職の演劇プロデューサーとして「洪水」という新作を立ち上げようとする物語。

すなわち、女優デビューするアイリスとピーターの、再起と成長の物語であり、それだけでもキャラが立っていて、テンポが良く素晴らしく読ませる。しかし、本書はミステリとしても、あっと驚くサプライズを最後に用意してあり、これが演劇の内容や役者の過去と見事にリンクしていることに、脱帽である。

最後にある事件が起きて、「洪水」の主役が交代し、その代役が本職より素晴らしい演技をたった一週間の稽古で身に着け、見事に大成功、新しい天才現れる、とハッピーエンドに終わるのだが、最初は良かったなあ(それまで、ピーターは不幸の連続に襲わられていたため)と思うのだが、いやあ、やっぱりこれはないだろう、とも当然思った。

ところが、最終的に謎が解けると、何とこのシーンのネガとポジが入れ替わって、世界が変貌してしまう素晴らしさ。犯人と被害者の、過去の列車の中でのさりげない会話の行き違いが、見事な伏線になっている素晴らしさ。

冒頭のカーの出来そこないのような、オカルトストーリーを読んだときはどうなることか、と心配したのだが、それはすぐ解決してしまい、演劇が成功するまでの群像劇(恋愛物語)と、そこに発生する殺人、そしてある事件で主人公が倒れ、クライマックス=初日に突入、という素晴らしいプロット展開。

そして、最後に前作に続いて指摘しなければいけないのは、天才探偵兼影の主役であるレンツ博士の存在感と、世界一物わかりのいい警官、クラーク警視の存在。まあ、普通はありえないだろうが、二人がいなければ、この綱渡りの物語は、成立しない。

 

●7461 敗者列伝 (歴史) 伊東 潤 (実業日) ☆☆☆★
 
敗者烈伝

敗者烈伝

 

 

歴史上の二十五人の敗者を描いた、エッセイ?。正直言って、読み物としては十分楽しんだが、内容的にはあまり新しい視点はなかった。(桐野利秋の造型が面白かったくらい)

そうはいっても、ガチガチの歴史本ではないのだが、とりあげられた人物の多くを著者が小説として描いており、僕もその多くを既に読んでいるので、必然的に新しい視点は出てこないのだ。

ただ、後半を読む限り、著者は大久保を描くのではないか、という気がしてきた。西郷を描いた「武士の碑」は、成功したとは言い難い(というか、西郷を描き切った傑作を僕は知らない)ので、今度は期待したいと思う。

 

●7462 殊能将之 未発表短編集 (フィクション) (講談社) ☆☆☆★

 

殊能将之 未発表短篇集

殊能将之 未発表短篇集

 

 

13年に49歳の若さで亡くなった殊能将之。僕は大森絶賛の「黒い仏」は全く認めないが(さらに言えば、デビュー&出世作ハサミ男」もピンとこなかったのだが)横溝正史への新しいオマージュとも言うべき「美濃牛」は好きだった。

そしてなにより、殊能は超マニアのペンネームというイメージだった。何せ、アヴラハムデビットスンやジーン・ウルフ、さらにはポール・アルテまで(ということは仏語)原書で読破してウェブで書評を公開している、ということだったから。

で、本書と同時にそのブログをまとめた「殊能将之読書日記」も上梓されたのだが、予想通り歯が立たなかった。

で、本書なのだが、短編小説はボツ原稿ばかりなので、大森がどれだけ褒めようが、その程度のもの。ただ、最後に収められた「ハサミ男の秘密の日記」は、作家殊能将之ができるまで、という感じで、どこまで真実かは知らないが、興味深く、面白く読めた。

講談社の編集さん頑張ってるんだ。これじゃ、まるで「重版出来」。これと巻末の大森の超私的解説だけで、ファン=マニアは楽しめる。「ハサミ男」を読み直して、DVDを見てみようか。

で、結局彼がなぜ亡くなったかは、良く解らないのだが、兄の死の三日後に亡くなった、ということは自殺なのだろうか。うつ病だったのかしら・・・・

 

●7463 ゼロの激震 (SF) 安生 正 (宝島社) ☆☆☆★

 

ゼロの激震 (『このミス』大賞シリーズ)

ゼロの激震 (『このミス』大賞シリーズ)

 

 

動物パニック小説「生存者ゼロ」は粗削りだったが、パワーを感じた。次作「ゼロの迎撃」は、北朝鮮コマンドをリアルに描き、文章も格段の進歩を遂げた。そして、満を持したゼロシリーズ第三弾、だったはずなのに、どうも肩に力が入り過ぎたのか、物足りなかった。

青臭い人物造形と白々しい会話や、技術説明が過度に優先され、肝心のパニック描写が迫力を欠いているのだ。著者は実際の建築会社の技術師ということで、自分のフィールドにのめり込み、力を入れ過ぎてバランスが崩れてしまったのかもしれない。

東京大噴火から地球全体の危機。人類の傲慢さが、自然の怒りを呼ぶ。その壮大な構想は良かったのだが、今回はちょっと空回り。たぶん、次作が正念場となるのではないだろうか。(やはり「日本沈没」を読んでおかないと、こういう小説をきちんと評価できない気がしてきたなあ)

 

●7464 朝日のような夕日をつれて21世紀版(戯曲)鴻上尚史論創社)☆☆☆☆
 
朝日のような夕日をつれて 21世紀版

朝日のような夕日をつれて 21世紀版

 

 


 
内外の古典ミステリを上梓し続ける、論創社という会社がどんな会社なのか知りたくて、ネットサーフィンを続けていたら、何と鴻上の戯曲まで出していることに気づいた。(論創社弓立社と関係あるのかしら)

僕にとっての鴻上の戯曲(文章)の最高傑作は、初期の「ハッシャバイ」と「モダンホラー」であり、そのインパクトは強烈であった。ただ、その後はなぜか感銘を受けることは少なくなり、岸田賞をとった「スナフキンの手紙」あたりから、めったに読むこともなくなった。

そして、本書はたぶん世間では鴻上の最高傑作と言われている「朝日」の21世紀バー
ジョンだ。ただ、やはり今回も途中までは、イマイチのれなかった。

しかし、この戯曲の巧妙なところは、おもちゃ=ゲーム会社が舞台であり、僕が昔読んだバージョンでは、ルービックキューブがテーマであり、その確率が地球誕生の確立とリンクされていた。(ような気がする)

それが今回は、バーチャルリアリティー・ゲーム「ソウル・ライフ」となる。進化するゲームは、人類の進化と重ねられる。そして、後半の畳みかける展開は、眩暈を起こさせる。

そう、これは「ハッシャバイ」の所感に僕が書いた「明るいドグラマグラ」的な、眩暈である。さらに、ラストは小川勝巳的な、恐るべきオチが待ち構えている。ひさびさに、戯曲で興奮した。

 

 ●7465 逆説の世界史2 (歴史) 井沢元彦 (小学館) ☆☆☆☆

 

逆説の世界史 2 一神教のタブーと民族差別
 

 

副題:一神教のタブーと民族差別。世界史1は、正直対象が広すぎて、通時的なゆるさが、テーマの恣意性を感じさせて、あまりのれなかった。

しかし、今回は(たぶん意識的に方向転換して)今、世界史的に一番重要、いや喫近の課題であろう、ユダヤ・キリスト・イスラムの宗教、すなわち差別と闘いの歴史を描き、それが今も脈々と生きているどころか、ひょっとしたら臨界点を迎えそうなことを、リアルに感じさせる一冊となった。

とは言え、旧約・新約聖書コーランの世界の解説は正直読み物としてはつらい。子供の頃見させられた映画も、全然つまらなかったが、宗教的信念や背景がないと、読み続けることさえ苦痛だった。

ただ、その中でも漠然と感じていた、ユダヤ人差別の問題の本質と、シーア派スンニ派の違いがかなりクリアになったのは(特に後者)収穫と言える。

そして、物語は十字軍を描き、イスラム帝国オスマン帝国)の栄華と没落を描き、キリスト国(ピューリタン)による産業革命が描かれ、ここは当然マックスヴェーバーの出番となる。

というわけで十字軍に関しては、正直記述が全然足りないのだが、こちらは塩野の十字軍物語三部作を読んでいるので、復習として非常に解り易かった。

また、ヴェーバーにおいては、井沢もはっきり小室直樹を引用している。何と井沢=逆説シリーズに、僕の歴史・宗教の師匠であり、バックボーンである塩野と小室の二人が、登場してしまった。これは日本史では無理だっただろう。いやあ、やはりつながるのは、面白く楽しい。

 

●7466 カリスマ鈴木敏文、突然の落日(ビジネス)毎日新聞経済部(毎日新)

 

 

本来、本書をここにあげるべきではないのかもしれないが、今月最初は順調だったのだが、途中から実務がメチャメチャハードになり、全然本が読めなくなったのでつい冊数を稼いでしまった。

内容は「シャープ」と同じ、毎日新聞のネットチームが、ブログに加筆して書いたものだが、正直急いだせいだろうが、内容はほぼネットと同じで、新しい情報は全くない。復習には役に立つが、あまりにも内容が薄いので、評価は不能としておこう。

 

●7467 灯火が消える前に(ミステリ)エリザベス・フェラーズ(論創社)☆☆☆☆

 

灯火が消える前に (論創海外ミステリ)

灯火が消える前に (論創海外ミステリ)

 

 

「カクテルパーティー」に感心してしまったフェラーズだが、矢継ぎ早に論創社から、ノンシリーズが上梓された。素晴らしい。

本書は46年の作品で、題名からわかるように灯火管制がトリックに大きく絡むのだが、描かれるのは戦時中とは思えない、上流階級のスノッブなホームパーティーであり、まさにコージーミステリの元祖のような作品。

また、相変らず作品はコンパクト、さらに登場人物は少ないのに、その濃密な人物描写に圧倒された。

ミステリとしては、真犯人はそれほど意外ではなく、最後のトリックもやや小粒(ただ切れ味は良い)だが、何よりクリスティーやデヴァイン同様にラストたった半ページで謎解きが終わるのは、クイーン的パズラーに慣れた人間には、あまりにもあっけない。

パズラーと考えなければ、切れ味鋭いエンディング、とも言えるのだが。まあ、マープルやポアロがでてこないのは評価できる。ここに本当の探偵がでてきたら、浮きまくる。

実際、主人公アリスの夫が、ラストでいきなり名探偵となって謎を解いた(らしい?)のだが、結局は、真犯人の告白で終わる、という皮肉な展開は、フェラーズがかなりミステリの様式に意識的な作家だった、ということかもしれない。

71冊というクリスティーに匹敵する膨大な作品を残したフェラーズだが、この作風なら可能と感じる。ちょっと甘い採点かも知れないが、さらなる翻訳に期待したい。

 

 ●7468 ワタクシ、直木賞のオタクです。(エッセイ)川口則弘(バジリ)☆☆☆☆
 
ワタクシ、直木賞のオタクです。

ワタクシ、直木賞のオタクです。

 

 

ブログを長く愛読している著者の、五冊目のリアル本。まあ、さすがにネタ切れの感もあるが、僕も同好の士ではあるので、楽しく読めた。ただ、僕は学究的な薀蓄には興味がないので、古い話はちょっとつらい。

東野圭吾の「もうひとつの助走」の記憶がないので「毒笑小説」を読んでみようと思ったのと、ひさびさに、あの鮎川哲也の「死者を笞打て」に、懐かしさを感じたのと、服部まゆみの「この闇と光」を今度こそ読んでみようと思ったこと、くらいかな。

それより、このところ全くつまらなかった、直木賞候補が偶然発表になり、伊東潤荻原浩(共に五回目)原田マハ(3回目)湊かなえ米澤穂信(2回目)という、濃い候補が揃った。

伊東と原田にとってほしいが、相変らず直木賞はその作者のベストを見逃してしまう。伊東は「天地雷動」原田は「ジヴェルニーの食卓」で、とっくにとっていなければならないはず。ほんとは。

 
 ●7469 小説王 (フィクション) 早見和真 (小学館) ☆☆☆☆★

 

小説王

小説王

 

 

本の雑誌の新刊予定で本書を見つけたとき、すぐ思い起こしたのは、あの(暑苦しい?)マンガ「編集王」だったのだが、図書館で本書を受け取ると、まさに表紙は土田世紀の「編集王」であるだけでなく、本文に挿絵まであり、ああそうか本書は小学館ビッグコミックスピリッツのコラボなんだ、と納得した。

さて、早見であるが、推理作家協会賞をとった「イノセント・デイズ」は正直良く解らなかった。

小説としての力は認めるが、ミステリとしては破綻している、と感じた。で、僕にとっては関係ない作家となったのだが、このテーマで北上次郎大絶賛、ときたら(最近、北上とは合わないのだが)やはり手に取ってしまう。

で、やっぱり、熱い。暑苦しい。だのに一気読み。暑苦しいわりには、きちんと設計図、伏線が張られている。(まあ、そこが計算高く感じる人もいるだろうが。僕は俊太郎親子の関係にそれを少し感じた)

冒頭、何気なく描写される、出版社の入社面談(ホスト)と、ファミレスでのバイト(元カノ)の2つのシーンが、中盤の主人公の挫折を乗り越えていく、2つの大きなドライバーとなっている点に感心してしまった。

また、その挫折というのが、TVドラマ「重版出来」(視聴率悪かったみたいだが、個人的には今クールナンバーワン。満島=黒柳は別格)のあるエピソードと全く同じで、思わずKGが松重豊、俊太郎が安田顕に重なってしまった。

のだが、テレビとはその後の展開が真逆で、なかなかカタルシス満杯。特にホストと元カノが素晴らしい。最後の結婚式が、●●賞の「待ち会」を兼ねるなんて、やり過ぎな気もするが、まあここまできたら、過剰と暑苦しさで勝負するしかない。

色々突っ込みどころもないではないが、少なくとも僕は「火花」なんかより、本書を支持しよう。まあ、ラストのオチも、やりすぎだが。

 

●7470 聖女の遺骨求む (ミステリ) エリス・ピーターズ(光文文)☆☆☆★

 

聖女の遺骨求む ―修道士カドフェルシリーズ(1) (光文社文庫)

聖女の遺骨求む ―修道士カドフェルシリーズ(1) (光文社文庫)

 

 


 
有栖川有栖の日経の連載は絶好調。「戻り川心中」の苑田岳葉に唸ったら、今度は「シンデレラの罠」のミときた。マニアックだけれど、たまらない。(確か連城はジャプリゾが好きだった気がする)

しかし、ここにきて未読の大物がでてきてしまった。(山田風太郎も未読だが、チョイスがマニアックすぎる。ここは「妖異金瓶梅」のあの人を選ぶべきでは)それが、本書から始まる、修道士カドフェル・シリーズで、あの現代教養社文庫で膨大なシリーズが訳されていたが、さすがに手が出なかった。

本書は光文社の復刻版。一読、まあ人気があるのも解る。読み易いし、カドフェルのキャラも立っている。(まわりの人物は、ちょっと類型的で物足りないが)しかし、申し訳ないが、ミステリとしては緩い。

まあ、これはもう歴史ミステリ、日本なら捕り物帳の宿命かもしれないが、近代警察=科学捜査が敵役に存在しないと、ミステリとしてはいかにも恣意的で緩くなる。まあ、あと少し付き合ってみようと思うが。

薔薇の名前」よりは、はるかに読み易いが、基本的に僕はキリスト教に興味がない、とつくづく感じた。ところで、有栖川の連載の最終回は、学生アリスと作家アリスの対談、なんてどうだろうか。

 

●7471 砂丘の蛙 (ミステリ) 柴田哲孝 (光文社) ☆☆☆

 

砂丘の蛙

砂丘の蛙

 

 

実力があるのに、なかなかブレイクしない柴田だが、最近はちょっと書き過ぎの感が強い。本書は「黄昏の光と影」に続く、ベテラン刑事片倉と相棒柳井のシリーズ第二作で、今回も9年前の事件の背景を暴く。

柴田の筆力で、地味だけれど不可思議な事件を解明しようとする、刑事たちの群像劇に引き込まれる。しかし、ミステリとしては、何のフックもなく、ただ聞き込み等々で、ずるずると謎が解けてしまうのは、やや物足りない。

そして、最後に明かされる真相は、残念ながら実際のある事件をモデルとした、派手だけれど、かなり安易なもの。これをやったら、何でも描けてしまう。

冒頭のバスで被害者とある少女が出あうシーンが、あとで伏線としてきいてきたり、おばあさんの勘違い?が、これまた伏線だったり、光るところもあるのだが、そもそも片倉が刺された理由等々、いいかげんな部分もまた多い。

ここは、作者の実力を惜しんで、厳しい採点としておく。ぜひ、「国境の雪」のような傑作を再び書いてほしい。

 

●7472 スキャナーに生きがいはない(SF)コードウェイナー・スミス(早川文)☆☆☆☆★

 

 

米国SF界に燦然と輝く二人のカルト作家、それがスミスとティプトリーである。(ラファティーも加えるべきかもしれないが、やはり二人の劇的な経歴をと比べると分が悪い)そのことが、如何にこのジャンルを、知的で豊饒なものとしたことか。

そのスミスの全短編を、三冊にまとめる企画の第一弾が本書だ。一応「鼠と竜」「ショイエル」の主要二短編集は既読だが、せっかくなので読んでみようと手に取り「マーク・エルフ」に痺れてしまった。

いやあ、これはエヴァンゲリオンだ。空から少女が降ってくる、というのはラノベSFの常套手段だし、少女に照れる殺人機械というのも笑ってしまうが、ヴォマクト一族の始祖フォムマハト三姉妹の長女、カーロッタは、僕の中で惣流・アスカ・ラングレー、戦い敗れていくアスカとシンクロしてしまった。

もちろん、人類補完機構なのだから、庵野は意識的なのかもしれないが。その他、表題作は相変らず、意味を超越して心揺さぶるし(改めて、スミスの説明しない、強い意志を作品集全体で感じた)

「人々が降った日」のシュールで衝撃的なイメージの奔流に圧倒され、「鼠と竜のゲーム」と「スズダル中佐の犯罪と栄光」は、猫にまいってしまった。特に後者の「猫の国」には・・・これはク・メルに再会するためにも、次巻「アルファ・ラルファ大通り」も読まなければ。

 

●7473 日本SF・幼年期の終り (企画) 早川書房編集部(早川書)☆☆☆☆

 

日本SF・幼年期の終り―「世界SF全集」月報より

日本SF・幼年期の終り―「世界SF全集」月報より

 

 

副題:「世界SF全集」月報より。スミスの訳者である、伊藤典夫浅倉久志の僕に与えた影響の大きさを確認しようと、図書館で訳書を検索していたら、こんなものが引っかかった。

1968年から71年まで四年かけて編纂された、世界SF全集の月報をまとめたもので、07年に上梓されている。(その経緯は、良く解らないが)内容的には、光瀬龍がいかにも「百億・千億」を上梓したところ、という感じで、輝いている。

福島正実の、スペオペへの屈折した視線も面白く、三輪秀彦のミステリ・SFと文学の関係の洞察力にも驚いた。(近い将来、SFはミステリと同様に、純文学作家の貧欲な好奇心の奴隷になることは、必然である)

しかし、全てに感じるのは、みんな若く熱いのに、殆どが既に亡くなっている、奇妙な時間感覚だ。それを狙ったわけではないだろうが、68年から07年、すなわち21世紀への時の流れが、本書には図らずも内包され、光瀬龍の星間文明史にも匹敵する、無慈悲な時の流れを感じさせるのだ。

そして、もうひとつ。こうやって、SF全集を刊行順に眺めてみると、如何に戦略的、かつ画期的な全集であったか、つくづく感じる。福島正実に関しては、同時代感覚がないし、誹謗中傷も良く聞くが、やはりこの全集は凄いと思う。

文学や東欧・ソ連への大胆な歩み寄り。一方では、意識的なスペースオペラの軽視。まず初回配本がハックスリイ「すばらしい新世界」とオーウェル「1984年」で、三万部売り切った、というのが凄すぎる。何という戦略眼だろう。

そして、次がレムの「ソラリス」と「砂漠の惑星」なのだ。嗚呼。そして、ヴォクト、ウィンダム、とまだ米国SFが出てこない。やっと第五回配本で米国作家登場なのだが、何とスタージョン「夢見る宝石」「雷鳴と薔薇」とブラウン「火星人ゴーホーム」「みみず天使」なのである。

何という過激な趣味の良さであろうか。で、次が再び英国に戻ってオールディスとバラードなのである。時代は、正にニューウェイブ真っ盛り。で、次も米国ではなく、日本のSF(短編)現代編となる。

このあとは、イマイチ戦略がぶれたり、ずれたりし始めるが、ここまでは完璧。素晴らしいと言うしかない。(あ、ヴォクトは一応米国作家だった。正確にはカナダ人だが。ただ、内容的には、スタージョンと同じく、英国的な屈折・暗黒面を強く感じるが。それが、ひっくり返って、明るくなってしまったのが、ブラウンか。違う気もするが)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年 5月に読んだ本

 ●7434 吹けよ風、呼べよ嵐 (歴史小説) 伊東 潤 (祥伝社) ☆☆☆★

 

吹けよ風 呼べよ嵐

吹けよ風 呼べよ嵐

 

 

伊東は同世代なので、当然この題名は、ピンクフロイド=ブッチャーのテーマを意識したものだろうが、正直趣味が悪い。本書は、著者のライフワークとも言える武田家に、滅ばされる側の村上義清を支える須田一族という無名の一族を主人公とした、これまた著者お得意のパターンの作品。

ただし、このパターンは短編や連作でこそ生きるのであって、本書のような長編にはイマイチ向いていない気がする。その結果、キャラクターが描き切れず(何せこちらには、全く知識がない)最近の富樫の歴史小説のように、のっぺりとした印象になってしまった。

武田信玄が徹底的に悪く描かれながら、最後まで登場しない、という趣向は面白かったが。
 

●7435 闘う君の唄を (ミステリ) 中山七里 (朝日出) ☆☆☆
 
闘う君の唄を

闘う君の唄を

 

 

何と本書は私立幼稚園の新任教師と、モンスターペアレンツの戦いを描いたお仕事小説なのか?と驚いたら、後半一転してミステリと(やっぱり)変貌する。(一応、伏線はふっている)

ただ、その変貌がいただけない。主人公の正体は、ありえないでしょう。その一方で、真犯人の方は丸わかり。確かに中山的に小説自体がどんでん返しなのだが、趣向のための趣向にすぎない。正直、前半のほうが面白い。(題名は、今度は中島みゆき

 

 ●7436 作家の履歴書 (企画)(角川書) ☆☆☆★
 

 

本屋で文庫本を立ち読みしていたら、図書館にもあることがスマホで解って予約したら、単行本だった。ただ、こうやって所感を書こうとしても、正直何も浮かんでこない。最近の作家は、健全な人が多いなあと思うのみ。交友関係が一番面白かった。

 

 ●7437 宇喜多の捨て嫁 (歴史小説) 木下昌輝 (文春社) ☆☆☆★

 

宇喜多の捨て嫁

宇喜多の捨て嫁

 

 

一時期評判になった本(直木賞候補・落選)を図書館で見つけて読み始めた。(余談だが、今週から図書館の棚は「海賊とよばれた男」だらけである)

乱世の梟雄・宇喜多直家というのは、なかなか良いところに目をつけたし、捨て嫁という言葉=コンセプトも悪くない。「利休にたずねよ」と同じく、どんどん時を遡る連作、というのも気が利いている。

しかし、残念ながらまだ筆力がついてきていない。まあ、第一作なのだから仕方がないのだろうが、単行本化のために書き下ろした後半の作品が、正直表題作とは大きな差があって、作品集としてのバランスが崩れてしまっている。

 

 ●7438 冬の灯台が語るとき(ミステリ)ヨハン・テオリン(HPM) ☆☆☆

 

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

GW駄作とは言わないが、イマイチ物足りない作品ばかり続いてしまい、目先を変えて、北欧ミステリ(スウェーデン)の雄と言われる著者の四部作が完結したようなので、ネットで一番評価の高かった本書を読んでみたのだが、これまた失敗。

暗いのは予想していたのだが、あまりにものゆったりとしたテンポにまいってしまった。ミステリ的な趣向も、正直ありきたりの無理筋。クックに例える人がいたが、クックはもっと読みやすいぞ。

本当は、本書の前に、この前投げ出した「笑う警官」の新訳に再チャレンジしたのだが、またもや撃沈。ネットでも、やっぱり高見浩の旧訳を懐かしむ声が多数あって、新訳がいつも素晴らしいとは限らないことを痛感。

新訳のページ数が少ないのは、米国版からスウェーデン版への変化以上に、どうも旧訳は高見浩が、かなり加えていたようだ。個人的には、傑作であれば、それもありだと思う。訳者の力の大きさを再確認。でも旧訳だと、文字が小さくて読めないんだよねえ。嗚呼。

 

 ●7439 白洲正子の生き方 (NF) 馬場啓一 (講談社) ☆☆☆★

 

白洲正子の生き方 (講談社文庫)

白洲正子の生き方 (講談社文庫)

 

 

で、またしても目先を変えてみたのだが、やはりイマイチ。著者はミステリ(ハードボイルド)マニアにして、白洲次郎の本を書いているので、期待したのだが、やはり能は難しい。

もちろん、正子の存在と、そのノブレス・オブリージュは凄いのだが。で、何より僕は著者のことを、勝手にホイチョイプロの一員と思っていたら、調べたらそれは馬場康夫で、別人だった。嗚呼。

 

●7440 心は少年、体は老人。 (エッセイ) 池田清彦 (大和書) ☆☆☆★

 

心は少年、体は老人。

心は少年、体は老人。

 

 

副題:超高齢社会を楽しく生きる方法。これはもうインチキ。池田のエッセイはもう卒業したつもりだったのだが、読む本がなくなり手に取った。

もちろん、スラスラ一気に読了したが、別段感想はない。さらに今回は(今回も?)昆虫の話がかなりあるので、そこは全く興味がない。ただ、元気なじいさんだなあ、とは思う。同じエッセイでも、小林信彦とは大きな違いだ。

 

 ●7441 新・冒険スパイ小説ハンドブック (企画) 早川書房編集部 ☆☆☆☆★

 

 

やっと今月の当り。まあ、小説じゃないけれど。最近、こういう企画本が昔ほど響かないのだが、今回はなかなか楽しめた。

冒頭の座談会による架空の冒険・スパイ小説全20巻の選定(ここまでは、SFやミステリで過去もあった)と同時に、そこで選ばれた100冊をハンドブックとして解説する、というのはコロンブスの卵だが、なかなか良く出来ている。

テーマ別という企画と、題名も面白い。作品のチョイスも、グリーニー褒めすぎ、とか色々あるけれど、基本的にはなかなか良い。僕はだいたい半分読んでいる。

また、北上、関口、吉野に並んで、霜月蒼(クリスティー完全攻略)と古山裕樹という若手二人が、なかなかしっかりしていて、本格ミステリよりこのジャンルに評論家が育っている気がした。

あと、エッセイも力作揃いで読ませる。特に谷甲州が「最後の国境線」=寒さ!を評価しているのは、「女王陛下のユリシーズ号」を評価しない僕は、大いに同感。

100冊のベストは、「鷲は舞い降りた」「北壁の死闘」「ホワイトアウト」「もっとも危険なゲーム」「猛き箱舟」「寒い国から帰ってきたスパイ」「パンドラ抹殺文書」「飢えて狼」「血の絆」「針の眼」別格「ヒューマンファクター」というところか。もう一度、クレイグ・トーマスをきちんと読まなければ、と言う気がした。

 

 ●7442 小鬼の市 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (創元文) ☆☆☆☆

 

小鬼の市 (創元推理文庫)

小鬼の市 (創元推理文庫)

 

 

初期のパズラー「家蠅とカナリア」から、傑作サスペンス「逃げる幻」「暗い鏡の中で」をつなぐ43年の異色作。

欧米ミステリに時々ある、カリブ海を舞台にしたラテン・ミステリで、今までとは全然雰囲気が違うが、正直僕は苦手。内容もマクロイらしい異国情緒や暗号趣味が特長。また世界大戦中という状況もあり、その謎解きはちょっと物足りない。

しかし、ラストでわかるのだが、著者は本書である大がかりな仕掛けを用意した。ただ、それが本書の帯とあらすじを読んでしまったので、解ってしまった。評価が難しい。

もし、何も知らずに読んでいたら、びっくりしたかもしれないが、失敗してしまった。でもまあ、マクロイに罪はないし、時代を考えると、このどんでん返しのインパクトは大きかったのでは?と思い直して、この評価とした。

 

 ●7443 証言拒否 (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文) ☆☆☆☆

 

 

コナリーの新刊は、ボッシュではなく、リンカーン弁護士シリーズ第四作。巻末リストによると、過去コナリーの翻訳された小説は23冊あり、僕は全部読んでいた。その中でも、本書は最長らしいが、そんなことは感じさせないリーダビリティーで、一気に読んだ。これが、今月はずっとなかったんだよなあ。

前作「ナイン・ドラゴンズ」があまりにも雑だったので、今回は期待してなかったのが良かったのか、うってかわって緻密・稠密なプロット・ストーリー。どうやら、作者はボッシュよりハラーの方が書きやすいのかもしれない。

延々と法廷場面が続くのだが、キャラが立っているだけでなく、ストーリーにも工夫があり、飽きさせない。特に検察側が持ち出した決定的な証拠、カナヅチと靴についた血痕のDNAに関して、ハラーは全てを認める代わりに、検察に一切それ以上の言及をさせない、という驚くべき戦法をとり、これが見事に成功する場面には驚いた。

そして、物語はただの殺人ではなく、大がかりな犯罪と見せかけて・・・ここから続くどんでん返しの連続もまた素晴らしい。ラストの真犯人が仕掛けるあるシーンが、印象深い。ただ、そのどんでん返しを前提に振り替えると、ちょっと犯人に都合がいい偶然が多すぎる気がして、この評価とした。

 

●7444 語彙力こそが教養である (ビジネス) 齋藤孝 (角川新) ☆☆☆

 

 

語彙の豊富さ=その人の世界の豊饒さ、と常に教えてきた僕にとって、この題名はさすが斎藤、良く解っている、と言う感じだったけれど、実際に読むと、それほど面白いわけではなかった。

まあ、書いてないだけだろうが、ここはやはりソシュールポストモダンパラダイム・シフトから、論を起こしてほしい。

確かに語彙力の衰退の原因のひとつに、斎藤の言う「素読文化の減衰」は間違いなくあるだろう。ただ、そこをあまり強調されると、斎藤の「声にだして読みたい」シリーズの、宣伝に聞こえてしまうんだよね。

ただ、関係ないけれど、斎藤のミステリの趣味は良い。いきなりドートマンダーからきて、ミレニアムで終るなんて。さすが同世代。

 

●7445 象は忘れない (フィクション) 柳 広司 (文春社) ☆☆☆☆

 

象は忘れない

象は忘れない

 

 

桐野に続いて、柳がフクシマを描いた短編集。五篇とも、能の題目がタイトルとなっているが、冒頭の「道成寺」と「黒塚」の二編は、正直ストレートな怒りに溢れており、今の僕にはきつすぎる内容で、疲れてしまった。

しかし、次の「卒塔婆小町」は皮肉な展開から、とんでもない結末、不条理かつリアルなラストに、クラクラきてしまった。

そして、ベストは書下ろしの「善知鳥(うとう)」。米国の「トモダチ作戦」の真実?の暴露までは予想できたが、このラストは何だ?(ひょっとしたら事実?)これまた、一瞬頭がボーっとしてしまった。さすが「ジョーカーゲーム」の作者だ。

そして、ラストが「俊寛」。これは主人公の名前が俊寛(としひろ)ということで、インチキ臭い。(まあ、島流し、というフレーズは出てくるが)これまた、最初の2作と同じく、ストレートに分断されていく被害者たちの悲劇を描いていて、読んでいて、苦しくなってしまう。

というわけで、エンタメとしてはきつすぎる内容だが、やはり評価せざるを得ない。題名が効いている。

 

●7446 たまらなくグッドバイ (ミステリ) 大津光央 (宝島社) ☆☆☆☆

 

 

松下さんから、有栖川有栖の弟子(創作塾出身)と聞かなかったら、まず手にしなかっただろう野球ミステリ。(このミス優秀賞)

一読、新人離れした文章力に驚いた。この説明過多の時代に、ここまで説明せず読ませる筆力は特筆もの。しかも、プロットが非常に凝っていて、描かれる世界は正に本城雅人。

彼が数作かかった域に処女作で達してしまっている、と思ったのだが、後半に入ると、さすがにプロットと人称の変化(一人称の時は、わざと誰がしゃべっているか描かない)が激しすぎて、疲れてきた。

まず、現在のパーツである女性ライターが、死亡した作家の遺作、自殺したアンダースローのエースKN(山田久志というより、皆川睦夫か上田次郎)の取材原稿をもとに完成させようとするのだが、物語は過去に一気に飛び、作家がKNの周りの人物を取材して、意外なKN像を浮かび上がらせる挿話(吉原手引書の手法、ようは港のヨーコ)が5つ描かれて、最後にまた現在に戻って、ザ・ウォール的に閉じる、はずだったのに残念ながら閉じなかった。ああ、ややこしい。

しかも、その挿話の一つ一つで、人称が次々変わるのだ。5つは多すぎた。第三話、転向にちょっと驚いた。これを自殺の真相にしておけば、もっとすっきりしただろうに、残念ながらこのラストは全然説得力がない。

というわけで、ラストの処理と、内容と全然アンマッチでセンスのない題名のため、この評価とする。惜しかった。うまく、処理すれば、今年のベストも夢でなかったのに。

 

●7447 瞑る花嫁 (ミステリ) 五代ゆう (双葉社) ☆☆☆☆

 

柚木春臣の推理 瞑る花嫁

柚木春臣の推理 瞑る花嫁

 

 

実力がありながら、なかなかブレイクしない作家はいくらでもいるが、五代ゆうもその代表かもしれない。「骨牌使いの鏡」で注目したのは、2000年だった。「アバタールチューナー五部作」も傑作だったのに、ゲーム絡みが嫌われたのか、それほど評価されなかった。

で、今は栗本薫の後を継いで、グインサーガを書き続けているが、もったいないし、それでいいのか?、だし、グインサーガにいまさら手を出す気もない。

で、その五代がこんなミステリを書いていたことに気づき、さっそく読みだした。副題が、柚木春臣の推理、ということで、実はここには2つのトリックが秘められている。

物語は、これまた、現在と2つの過去が複雑に(というかトリックで)絡むのだが、小さい方は当てられたが、大物を見事に外してしまった。143ページのある文章を読んで、自分の馬鹿さかげんに嫌になった。やられた。

物語は「驚異の部屋=ヴァンダー・カマー」(貴族が集めた宝物を収める秘密の小部屋)を舞台として、いかにもバロックな雰囲気だが、真相は正に横溝正史(の劣化バージョン?)という感じで、途中の驚きに比べたら物足りないし、美しくないのだが、まあ大甘の採点としておく。

ネットによるとどうやら、本書で説明されない、同じ登場人物の彼ら自身の事件を描いた作品が既にあるが、単行本化されていないようだ。やっぱ人気ないのかな。ぜひ、刊行を待ちたい。

 

 ●7448 シャープ崩壊 (NF) 日本経済新聞社編 (日経新) ☆☆☆☆

 

シャープ崩壊 ―名門企業を壊したのは誰か

シャープ崩壊 ―名門企業を壊したのは誰か

 

 

日経の取材班が、インタビュー等々からまとめたシャープ崩壊の物語。そして、ここでも、その真因は松下と同じく、人事抗争なのだ。松下も醜かったが、今回も信じられないほど酷い。本当に、こんなことあるんだろうか。

怒りを必死に抑える取材班の筆は、リアルでテンポよく、一気に読ませる。しかし、ここから何か学ぶものはあるのだろうか。

確かに、グローバル・ビジネスの厳しさは分かるが。それ以前の問題が多すぎる。三洋、松下、シャープ、ときて、その内実に愕然としてしまう。こうなったら、ソニー東芝も読むことにしよう。

 

●7449 ソニー失われた20年 (NF) 原田節雄 (さくら) ☆☆★

 

ソニー失われた20年 : 内側から見た無能と希望

ソニー失われた20年 : 内側から見た無能と希望

 

 

副題:内側から見た無能と希望、とあるが、希望などどこにもない。あるのは、延々続く、元ソニー社員の著者の批判と怨嗟のみ。

もちろん、ソニーの間違いも解るし、ひどいとも思うが、その前に本書は一冊の本としての体裁を成していない。内容はグルグルまわり続けるが、ちっとも焦点を結ばない。

著者はソニーの変貌を、理系から文系への権力交代(大賀は芸系?)と書くが、本書は文系にとっては、読み物とは思えない内容。これは、東芝を読む元気がなくなってしまった。

 

●7450 東芝 不正会計 底なしの闇 (NF) 今沢 真 (毎日新) ☆☆☆★

 

東芝 不正会計 底なしの闇

東芝 不正会計 底なしの闇

 

 

何とか三部作?完読。本書は「シャープ」と同じく、今度は毎日新聞の記者が、立ち上げたウェブサイト=経済プレミアに書いた30本を超える東芝の記事を、まとめ加筆したもの。

というわけで、ソニーとは読み易さが圧倒的に違う。正直、不正会計の話なんか、と思っていたが一気に読んだ。おまけに、あいまいだった「のれん」償却の意味が、やっときっちり理解できた。

しかし、ここでもまた派閥争いと、裏腹の無責任体質に嫌になってしまう。(監査法人とのなれ合い、海外子会社の粉飾決算、というおまけもあるが)結局、学ぶことはないように思う。

また、事件自体の掘り下げも、シャープよりは浅い。それだけ、闇が深い、ということだろうか。シャープの物語は正直能力の問題だが、ここにはもっと明確な悪の意志があって、底が見えない。

 

 ●7451 21世紀の戦争論 (歴史) 半藤一利佐藤優 (文春新) ☆☆☆★
 
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副題:昭和史から考える。ついに新旧エースの激突、とあって自腹で買って読みだしたのだが、いきなり「七三一部隊」「ノモンハン」と、重くて痛い話が続いて、めげてしまった。

実は、東芝よりこっちを先に読んだのだが、結局会社と国(軍)の違いだけで内容は同質で、いったん挫折して東芝を先に読み切ってしまった。

半藤の得意分野にもかかわらず、佐藤の博覧強記は相変らず底が知れないのだが、僕はやはり日本軍には全然興味がわかないのだ。これは、もちろん思想的なものではなく、生理的なものなので、しょうがない。

ただ、ノモンハンが実は第二次世界大戦ヒトラーポーランド侵攻)の契機となっていたり、占守島の戦いにおける、ソ連による北海道分割統治のリアリティーとか(そして、もしそれが起きていたら、ソ連崩壊とともに北方領土は戻ってきた?)

モルトケの弟子メッケルによって、日本に伝えられた参謀本部が、いかにグロテスクに変貌したか(日本軍では参謀が実力を持ちすぎ、ラインを呑みこんでしまい、現実離れした暴走が始まった)

等々、個別には興味深い部分はあった。ただ、表題に関してが薄すぎる。まあ、山内との対談を読めばいいのだけれど。最後の二人のお薦め本は、案外常識的。

 

●7452 カクテルパーティー(ミステリ)エリザベス・フェラーズ(論創社)☆☆☆☆★

 

カクテルパーティ (論創海外ミステリ)

カクテルパーティ (論創海外ミステリ)

 

 

ついに、今月も大物が(中身はコンパクトだが)きたー!というわけで、やっぱりやめられない。

ここ数年、黄金時代と現代をつなぐミッシングリンク?として、ヘレン・マクロイとマーガレット・ミラーを再読も含めて、読み続けてきたのだが、もう一人エリザベス・フェラーズを忘れてしまっていた。

98年に「猿来たりなば」が訳され大ヒットし、「自殺の殺人」「細工は流々」あたりまでは、追いかけていたのだが、その後も何作か訳されたようだが、結局翻訳は途絶え、僕も忘れていた。

しかし、本書は素晴らしい。濃密なクリスティーというか、ブランド風味のクリスティーとでもいうか、コンパクトなのにキャラが立っていて、意外性も十分で、論理的という、理想的なパズラーに近いのだ。

程度に意地悪だし、いくつものレッドヘリングが、あちこちで炸裂するのも、素晴らしい。ラストの驚きが、端正な論理展開の上で成り立っている点にも感心してしまう。(何となく、背景があの傑作「逃げる幻」を思わせる。内容に関しては、触れるまい。○○が誰か、最後まで解らないのもうまい)

これは、今年のベスト10候補だし、もう少しフェラーズを読んでみよう。単なるユーモア・ミステリ作家ではないことは、はっきりわかった。

 

 ●7453 迷走パズル (ミステリ) パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆★

 

迷走パズル (創元推理文庫)

迷走パズル (創元推理文庫)

 

 

クェンティンと言えば、「二人の妻を持つ男」だが、その翻訳紹介は散発だった。ところが、ここ数年創元社が精力的にパズル・シリーズ(ピーター・ダルース・シリーズ)を新訳で上梓し、「女郎ぐも」でシリーズが完訳されたと聞き、いつかきちんと読もうと思っていたのだが、読む本がなくなり遂に手に取った。

まず、驚いたのは本書が1936年の作品ということだ。しかし、内容に古臭さはない。精神病院が舞台でありながら、変な患者たちを描く作者の筆は暖かい。古き良きアメリカン・ヒューマニズムと言う感じ。(ただ、もちろん黒人は出てこない)

しかし、ミステリとしては、やや微妙な出来。何しろ、メインのトリックが噴飯もの。また、犯人も一応どんでん返しはあるが、それほどでもない。本書の売りは、この後結婚するシリーズ・キャラクター、ピーターとアイリスの出会いが描かれている点。

ミステリとしては、平凡な出来だが、このコンパクトな分量は腹にもたれない。ここは、最高傑作と言われる次作「俳優パズル」に期待しよう。(本書の題名は、従来の「愚者パズル」で良かった気がする)

 

●7454 さまよえる未亡人たち(ミステリ)エリザベス・フェラーズ(創元文)☆☆☆☆

 

さまよえる未亡人たち (創元推理文庫)

さまよえる未亡人たち (創元推理文庫)

 

 

さっそく、フェラーズの未読の作品を借りてきて読んだんだけれど、これまた良く出来ていてビックリ。「カクテルパーティー」よりは落ちるが、本書だって年間ベストの下の方に引っかかっても、全然不思議でない出来。

舞台は観光地で有名な、スコットランドのマル島で、雰囲気はまるでクリスティーの「白昼の悪魔」だが、ここで繰り広げられる悲喜劇は、はるかに手が込んでいて、緻密かつ繊細だ。

とにかく、いくつもの人間関係のレッドヘレイングが仕掛けられていて、よくこのシンプルな構成に、ここまでサプライズを仕組んだものだと、感心した。

特に主人公ロビンとある男女の冒頭での出会いが、中盤見事などんでん返しの伏線になっているのには、驚いた。写真の件など、素晴らしいとしかいいようがない。

ただ、惜しむらくは、中盤が贅沢すぎて最後の真相は、それほど意外ではない。まあ、登場人物が少ないので、これが限界だろうが。それでも、真犯人が特定されるある伏線は、良く出来ている。

さらに、本書もまた、たった250ページというコンパクトさが魅力だ。フェラーズに脱帽。残りも全部読んでみよう。何か、今借りている日本のミステリが、馬鹿らしく思えてきた。僕の翻訳ミステリ恐怖症も、遂に完治したみたいだ。読むぞ!

 

 

*1:文春新書

*2:文春新書

*3:文春新書