2016年 6月に読んだ本

●7455 ママ、手紙を書く(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆☆

 

ママ、手紙を書く (創元推理文庫)

ママ、手紙を書く (創元推理文庫)

 

 

日経新聞の日曜の有栖川有栖の、ミステリの登場人物に関するエッセイを愛読している。素人にもマニアにも受ける内容となっていて、うまいなあ、と毎回うなってしまう。

もちろん、ほとんどは読んでいるのだが、エッセイの影響で、ヤッフェのママシリーズの長編を読まなければ、と思っていたら、何と図書館で四冊全部をゲットしてしまい、早速読みだした。

もちろん、短篇集「ママは何でも知っている」は既読だが、ケメルマンの「九マイル」へのオマージュであり、都筑の「退職刑事」の原型である、という歴史的価値は認めても、実はミステリとしてはあまりいい印象が無かった。

ところが90年代後期、いきなり長編が四冊訳されて、その中の一冊(たぶん、眠りだと思う)を読み、ひさびさの正統派パズラーと感銘を受けたはずなのに、そのままで終わってしまった。たぶん、当時は地味に感じたのだろう。

で、本書だが、メサグランデという南部の田舎町とその大学教授たち、というスノッブな雰囲気がうまく描かれていて、スイスイ読んだ。そこに通奏低音として流れる差別の問題が、結末に絡むのもうまい。ただ、ミステリとして見た場合、おいおいこのトリックを今更使うかよ?という感じで、ちょっと物足りない。

ただし、その後ママが真犯人に仕掛ける罠が、結構きつくて恐ろしい。デイヴはまいってしまったろう。と思っていたら、最後に表題の手紙が更に炸裂。やっぱ、すごいや。で、たぶんその手紙は、配達されない、というわけで、リドルストーリーになっているのもうまい。これは残りの三冊も読みます。

 

 ●7456 その可能性はすでに考えた (ミステリ) 井上真偽(講談N)☆☆☆

 

その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)

その可能性はすでに考えた (講談社ノベルス)

 

 

去年、ゲテモノ系?で評価された「ミステリー・アリーナ」は、予想以上の論理の素晴らしさに、大絶賛したが、もう一方の雄?の本書は、ダメだった。最初から本書のテーマらしい、奇蹟の証明=謎が解けないことの証明、という論理が良く理解できず、そのラノベ的バカバカしいキャラクターの洪水と合わせて、読んでいて苦痛だった。

こういうミステリを読むと、何か無駄なことをしている、と感じてしまう。古典回帰の気分が強まるなア。

 

 ●7457 日本を揺るがせた怪物たち (NF) 田原総一郎 (角川書)☆☆☆★

 

日本を揺るがせた怪物たち

日本を揺るがせた怪物たち

 

 

政界の怪物:田中角栄中曽根康弘竹下登小泉純一郎岸信介、財界の怪物:松下幸之助本田宗一郎盛田昭夫稲盛和夫、文化人の怪物、大島渚野坂昭如石原慎太郎、これではあまりにも普通の選択で、ひまつぶしにはもってこいだけれど、新しい情報・驚きはほぼなかった。

岸も最近読んだところだし。敢えて言うと風見鶏に対する、中曽根の返答が、凄いというか、とぼけてると言うか。これに比べると、小泉は単純と言うか、若いというか・・・・

 

●7458 人間を磨く (ビジネス) 田坂広志 (光文新) ☆☆☆☆

 

人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」 (光文社新書)

人間を磨く 人間関係が好転する「こころの技法」 (光文社新書)

 

 

副題:人間関係が好転する「こころの技法」。田坂さんの新刊です。あとがきによると「知性を磨く」「人は誰もが多重人格」と本書で、三部作完結?とのことです。

今回もまた「エゴを見つめる」話や「自信がないと謙虚になれない」等々、いつものフレーズが続くのですが、その解説がいつもより丁寧、かつ著者の若き頃の挿話がたくさん語られる(ほとんどは失敗話)のも、ファンには見逃せない。

ただ、その結果、いつものスマートかつ論理的で、自然に腹に落ちてくる文章ではなく、かなりゴツゴツした印象があるのですが、それもまた良しでしょうか。最後が、解釈の問題になるのも、ニーチェ主義者の僕としては納得です。

このあたりは、キャリアキャリアとうるさい、若手に読んでもらいたい。(しかし、発酵と腐敗の科学的な定義が、人間に役立つか役立たないか、だとは。そういえば宇宙論における人間原理は否定されたのだろうか?)

そして、いつものように田坂さんは、さらっと怖いことを書く。日常、何気なく使っている言葉は、深層意識に想念として浸透していく。「卒業しない試験」は追いかけてくる。いやあ、特に後者は実例が浮かんで、怖い怖い。

 

●7459 ママのクリスマス(ミステリ)ジェームズ・ヤッフェ(創元文)☆☆☆★

 

ママのクリスマス (創元推理文庫)

ママのクリスマス (創元推理文庫)

 

 

長編第二作。ここでは、ついにママがメサグランデに引越しし、早速いくつもの友達の輪を作っている。ただ、デイヴとは同居していないが。で、今回起こる事件は、ユダヤ人がクリスマスに、キリスト教の神父を殺害する、という宗教的な、すなわち南部では、センセーショナルな事件。

ただ、ミステリ的には今回もちょっと弱い。そして三回ひっくり返して、最後は神(どの神なのだろうか)への告白という形で、今回もママは本当の真相を、デイヴには伝えない。このあたりはうまいが、やっぱり今回はミステリとして地味。

まあ、いかにもクイーンの弟子と言う感じで、ダイイングメッセージを何回もひっくり返すのだが、個人的にはのれなかった。

また、キャラクターが立っているので、読み易いのだが(翻訳が素晴らしいと感じる)マープルを真似た、近所の人の例えは、やめてほしいなあ。これ、本当にいやだ。

 

 ●7460 俳優パズル(ミステリ)パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆☆★

 

俳優パズル (創元推理文庫)

俳優パズル (創元推理文庫)

 

 

いやあ、これは噂に違わぬ傑作。まだまだ読み残しがあると痛感。クェンティンも読み続けよう。本書は「迷走パズル」でアルコール中毒から立ち直った?ピーターが、本職の演劇プロデューサーとして「洪水」という新作を立ち上げようとする物語。

すなわち、女優デビューするアイリスとピーターの、再起と成長の物語であり、それだけでもキャラが立っていて、テンポが良く素晴らしく読ませる。しかし、本書はミステリとしても、あっと驚くサプライズを最後に用意してあり、これが演劇の内容や役者の過去と見事にリンクしていることに、脱帽である。

最後にある事件が起きて、「洪水」の主役が交代し、その代役が本職より素晴らしい演技をたった一週間の稽古で身に着け、見事に大成功、新しい天才現れる、とハッピーエンドに終わるのだが、最初は良かったなあ(それまで、ピーターは不幸の連続に襲わられていたため)と思うのだが、いやあ、やっぱりこれはないだろう、とも当然思った。

ところが、最終的に謎が解けると、何とこのシーンのネガとポジが入れ替わって、世界が変貌してしまう素晴らしさ。犯人と被害者の、過去の列車の中でのさりげない会話の行き違いが、見事な伏線になっている素晴らしさ。

冒頭のカーの出来そこないのような、オカルトストーリーを読んだときはどうなることか、と心配したのだが、それはすぐ解決してしまい、演劇が成功するまでの群像劇(恋愛物語)と、そこに発生する殺人、そしてある事件で主人公が倒れ、クライマックス=初日に突入、という素晴らしいプロット展開。

そして、最後に前作に続いて指摘しなければいけないのは、天才探偵兼影の主役であるレンツ博士の存在感と、世界一物わかりのいい警官、クラーク警視の存在。まあ、普通はありえないだろうが、二人がいなければ、この綱渡りの物語は、成立しない。

 

●7461 敗者列伝 (歴史) 伊東 潤 (実業日) ☆☆☆★
 
敗者烈伝

敗者烈伝

 

 

歴史上の二十五人の敗者を描いた、エッセイ?。正直言って、読み物としては十分楽しんだが、内容的にはあまり新しい視点はなかった。(桐野利秋の造型が面白かったくらい)

そうはいっても、ガチガチの歴史本ではないのだが、とりあげられた人物の多くを著者が小説として描いており、僕もその多くを既に読んでいるので、必然的に新しい視点は出てこないのだ。

ただ、後半を読む限り、著者は大久保を描くのではないか、という気がしてきた。西郷を描いた「武士の碑」は、成功したとは言い難い(というか、西郷を描き切った傑作を僕は知らない)ので、今度は期待したいと思う。

 

●7462 殊能将之 未発表短編集 (フィクション) (講談社) ☆☆☆★

 

殊能将之 未発表短篇集

殊能将之 未発表短篇集

 

 

13年に49歳の若さで亡くなった殊能将之。僕は大森絶賛の「黒い仏」は全く認めないが(さらに言えば、デビュー&出世作ハサミ男」もピンとこなかったのだが)横溝正史への新しいオマージュとも言うべき「美濃牛」は好きだった。

そしてなにより、殊能は超マニアのペンネームというイメージだった。何せ、アヴラハムデビットスンやジーン・ウルフ、さらにはポール・アルテまで(ということは仏語)原書で読破してウェブで書評を公開している、ということだったから。

で、本書と同時にそのブログをまとめた「殊能将之読書日記」も上梓されたのだが、予想通り歯が立たなかった。

で、本書なのだが、短編小説はボツ原稿ばかりなので、大森がどれだけ褒めようが、その程度のもの。ただ、最後に収められた「ハサミ男の秘密の日記」は、作家殊能将之ができるまで、という感じで、どこまで真実かは知らないが、興味深く、面白く読めた。

講談社の編集さん頑張ってるんだ。これじゃ、まるで「重版出来」。これと巻末の大森の超私的解説だけで、ファン=マニアは楽しめる。「ハサミ男」を読み直して、DVDを見てみようか。

で、結局彼がなぜ亡くなったかは、良く解らないのだが、兄の死の三日後に亡くなった、ということは自殺なのだろうか。うつ病だったのかしら・・・・

 

●7463 ゼロの激震 (SF) 安生 正 (宝島社) ☆☆☆★

 

ゼロの激震 (『このミス』大賞シリーズ)

ゼロの激震 (『このミス』大賞シリーズ)

 

 

動物パニック小説「生存者ゼロ」は粗削りだったが、パワーを感じた。次作「ゼロの迎撃」は、北朝鮮コマンドをリアルに描き、文章も格段の進歩を遂げた。そして、満を持したゼロシリーズ第三弾、だったはずなのに、どうも肩に力が入り過ぎたのか、物足りなかった。

青臭い人物造形と白々しい会話や、技術説明が過度に優先され、肝心のパニック描写が迫力を欠いているのだ。著者は実際の建築会社の技術師ということで、自分のフィールドにのめり込み、力を入れ過ぎてバランスが崩れてしまったのかもしれない。

東京大噴火から地球全体の危機。人類の傲慢さが、自然の怒りを呼ぶ。その壮大な構想は良かったのだが、今回はちょっと空回り。たぶん、次作が正念場となるのではないだろうか。(やはり「日本沈没」を読んでおかないと、こういう小説をきちんと評価できない気がしてきたなあ)

 

●7464 朝日のような夕日をつれて21世紀版(戯曲)鴻上尚史論創社)☆☆☆☆
 
朝日のような夕日をつれて 21世紀版

朝日のような夕日をつれて 21世紀版

 

 


 
内外の古典ミステリを上梓し続ける、論創社という会社がどんな会社なのか知りたくて、ネットサーフィンを続けていたら、何と鴻上の戯曲まで出していることに気づいた。(論創社弓立社と関係あるのかしら)

僕にとっての鴻上の戯曲(文章)の最高傑作は、初期の「ハッシャバイ」と「モダンホラー」であり、そのインパクトは強烈であった。ただ、その後はなぜか感銘を受けることは少なくなり、岸田賞をとった「スナフキンの手紙」あたりから、めったに読むこともなくなった。

そして、本書はたぶん世間では鴻上の最高傑作と言われている「朝日」の21世紀バー
ジョンだ。ただ、やはり今回も途中までは、イマイチのれなかった。

しかし、この戯曲の巧妙なところは、おもちゃ=ゲーム会社が舞台であり、僕が昔読んだバージョンでは、ルービックキューブがテーマであり、その確率が地球誕生の確立とリンクされていた。(ような気がする)

それが今回は、バーチャルリアリティー・ゲーム「ソウル・ライフ」となる。進化するゲームは、人類の進化と重ねられる。そして、後半の畳みかける展開は、眩暈を起こさせる。

そう、これは「ハッシャバイ」の所感に僕が書いた「明るいドグラマグラ」的な、眩暈である。さらに、ラストは小川勝巳的な、恐るべきオチが待ち構えている。ひさびさに、戯曲で興奮した。

 

 ●7465 逆説の世界史2 (歴史) 井沢元彦 (小学館) ☆☆☆☆

 

逆説の世界史 2 一神教のタブーと民族差別
 

 

副題:一神教のタブーと民族差別。世界史1は、正直対象が広すぎて、通時的なゆるさが、テーマの恣意性を感じさせて、あまりのれなかった。

しかし、今回は(たぶん意識的に方向転換して)今、世界史的に一番重要、いや喫近の課題であろう、ユダヤ・キリスト・イスラムの宗教、すなわち差別と闘いの歴史を描き、それが今も脈々と生きているどころか、ひょっとしたら臨界点を迎えそうなことを、リアルに感じさせる一冊となった。

とは言え、旧約・新約聖書コーランの世界の解説は正直読み物としてはつらい。子供の頃見させられた映画も、全然つまらなかったが、宗教的信念や背景がないと、読み続けることさえ苦痛だった。

ただ、その中でも漠然と感じていた、ユダヤ人差別の問題の本質と、シーア派スンニ派の違いがかなりクリアになったのは(特に後者)収穫と言える。

そして、物語は十字軍を描き、イスラム帝国オスマン帝国)の栄華と没落を描き、キリスト国(ピューリタン)による産業革命が描かれ、ここは当然マックスヴェーバーの出番となる。

というわけで十字軍に関しては、正直記述が全然足りないのだが、こちらは塩野の十字軍物語三部作を読んでいるので、復習として非常に解り易かった。

また、ヴェーバーにおいては、井沢もはっきり小室直樹を引用している。何と井沢=逆説シリーズに、僕の歴史・宗教の師匠であり、バックボーンである塩野と小室の二人が、登場してしまった。これは日本史では無理だっただろう。いやあ、やはりつながるのは、面白く楽しい。

 

●7466 カリスマ鈴木敏文、突然の落日(ビジネス)毎日新聞経済部(毎日新)

 

 

本来、本書をここにあげるべきではないのかもしれないが、今月最初は順調だったのだが、途中から実務がメチャメチャハードになり、全然本が読めなくなったのでつい冊数を稼いでしまった。

内容は「シャープ」と同じ、毎日新聞のネットチームが、ブログに加筆して書いたものだが、正直急いだせいだろうが、内容はほぼネットと同じで、新しい情報は全くない。復習には役に立つが、あまりにも内容が薄いので、評価は不能としておこう。

 

●7467 灯火が消える前に(ミステリ)エリザベス・フェラーズ(論創社)☆☆☆☆

 

灯火が消える前に (論創海外ミステリ)

灯火が消える前に (論創海外ミステリ)

 

 

「カクテルパーティー」に感心してしまったフェラーズだが、矢継ぎ早に論創社から、ノンシリーズが上梓された。素晴らしい。

本書は46年の作品で、題名からわかるように灯火管制がトリックに大きく絡むのだが、描かれるのは戦時中とは思えない、上流階級のスノッブなホームパーティーであり、まさにコージーミステリの元祖のような作品。

また、相変らず作品はコンパクト、さらに登場人物は少ないのに、その濃密な人物描写に圧倒された。

ミステリとしては、真犯人はそれほど意外ではなく、最後のトリックもやや小粒(ただ切れ味は良い)だが、何よりクリスティーやデヴァイン同様にラストたった半ページで謎解きが終わるのは、クイーン的パズラーに慣れた人間には、あまりにもあっけない。

パズラーと考えなければ、切れ味鋭いエンディング、とも言えるのだが。まあ、マープルやポアロがでてこないのは評価できる。ここに本当の探偵がでてきたら、浮きまくる。

実際、主人公アリスの夫が、ラストでいきなり名探偵となって謎を解いた(らしい?)のだが、結局は、真犯人の告白で終わる、という皮肉な展開は、フェラーズがかなりミステリの様式に意識的な作家だった、ということかもしれない。

71冊というクリスティーに匹敵する膨大な作品を残したフェラーズだが、この作風なら可能と感じる。ちょっと甘い採点かも知れないが、さらなる翻訳に期待したい。

 

 ●7468 ワタクシ、直木賞のオタクです。(エッセイ)川口則弘(バジリ)☆☆☆☆
 
ワタクシ、直木賞のオタクです。

ワタクシ、直木賞のオタクです。

 

 

ブログを長く愛読している著者の、五冊目のリアル本。まあ、さすがにネタ切れの感もあるが、僕も同好の士ではあるので、楽しく読めた。ただ、僕は学究的な薀蓄には興味がないので、古い話はちょっとつらい。

東野圭吾の「もうひとつの助走」の記憶がないので「毒笑小説」を読んでみようと思ったのと、ひさびさに、あの鮎川哲也の「死者を笞打て」に、懐かしさを感じたのと、服部まゆみの「この闇と光」を今度こそ読んでみようと思ったこと、くらいかな。

それより、このところ全くつまらなかった、直木賞候補が偶然発表になり、伊東潤荻原浩(共に五回目)原田マハ(3回目)湊かなえ米澤穂信(2回目)という、濃い候補が揃った。

伊東と原田にとってほしいが、相変らず直木賞はその作者のベストを見逃してしまう。伊東は「天地雷動」原田は「ジヴェルニーの食卓」で、とっくにとっていなければならないはず。ほんとは。

 
 ●7469 小説王 (フィクション) 早見和真 (小学館) ☆☆☆☆★

 

小説王

小説王

 

 

本の雑誌の新刊予定で本書を見つけたとき、すぐ思い起こしたのは、あの(暑苦しい?)マンガ「編集王」だったのだが、図書館で本書を受け取ると、まさに表紙は土田世紀の「編集王」であるだけでなく、本文に挿絵まであり、ああそうか本書は小学館ビッグコミックスピリッツのコラボなんだ、と納得した。

さて、早見であるが、推理作家協会賞をとった「イノセント・デイズ」は正直良く解らなかった。

小説としての力は認めるが、ミステリとしては破綻している、と感じた。で、僕にとっては関係ない作家となったのだが、このテーマで北上次郎大絶賛、ときたら(最近、北上とは合わないのだが)やはり手に取ってしまう。

で、やっぱり、熱い。暑苦しい。だのに一気読み。暑苦しいわりには、きちんと設計図、伏線が張られている。(まあ、そこが計算高く感じる人もいるだろうが。僕は俊太郎親子の関係にそれを少し感じた)

冒頭、何気なく描写される、出版社の入社面談(ホスト)と、ファミレスでのバイト(元カノ)の2つのシーンが、中盤の主人公の挫折を乗り越えていく、2つの大きなドライバーとなっている点に感心してしまった。

また、その挫折というのが、TVドラマ「重版出来」(視聴率悪かったみたいだが、個人的には今クールナンバーワン。満島=黒柳は別格)のあるエピソードと全く同じで、思わずKGが松重豊、俊太郎が安田顕に重なってしまった。

のだが、テレビとはその後の展開が真逆で、なかなかカタルシス満杯。特にホストと元カノが素晴らしい。最後の結婚式が、●●賞の「待ち会」を兼ねるなんて、やり過ぎな気もするが、まあここまできたら、過剰と暑苦しさで勝負するしかない。

色々突っ込みどころもないではないが、少なくとも僕は「火花」なんかより、本書を支持しよう。まあ、ラストのオチも、やりすぎだが。

 

●7470 聖女の遺骨求む (ミステリ) エリス・ピーターズ(光文文)☆☆☆★

 

聖女の遺骨求む ―修道士カドフェルシリーズ(1) (光文社文庫)

聖女の遺骨求む ―修道士カドフェルシリーズ(1) (光文社文庫)

 

 


 
有栖川有栖の日経の連載は絶好調。「戻り川心中」の苑田岳葉に唸ったら、今度は「シンデレラの罠」のミときた。マニアックだけれど、たまらない。(確か連城はジャプリゾが好きだった気がする)

しかし、ここにきて未読の大物がでてきてしまった。(山田風太郎も未読だが、チョイスがマニアックすぎる。ここは「妖異金瓶梅」のあの人を選ぶべきでは)それが、本書から始まる、修道士カドフェル・シリーズで、あの現代教養社文庫で膨大なシリーズが訳されていたが、さすがに手が出なかった。

本書は光文社の復刻版。一読、まあ人気があるのも解る。読み易いし、カドフェルのキャラも立っている。(まわりの人物は、ちょっと類型的で物足りないが)しかし、申し訳ないが、ミステリとしては緩い。

まあ、これはもう歴史ミステリ、日本なら捕り物帳の宿命かもしれないが、近代警察=科学捜査が敵役に存在しないと、ミステリとしてはいかにも恣意的で緩くなる。まあ、あと少し付き合ってみようと思うが。

薔薇の名前」よりは、はるかに読み易いが、基本的に僕はキリスト教に興味がない、とつくづく感じた。ところで、有栖川の連載の最終回は、学生アリスと作家アリスの対談、なんてどうだろうか。

 

●7471 砂丘の蛙 (ミステリ) 柴田哲孝 (光文社) ☆☆☆

 

砂丘の蛙

砂丘の蛙

 

 

実力があるのに、なかなかブレイクしない柴田だが、最近はちょっと書き過ぎの感が強い。本書は「黄昏の光と影」に続く、ベテラン刑事片倉と相棒柳井のシリーズ第二作で、今回も9年前の事件の背景を暴く。

柴田の筆力で、地味だけれど不可思議な事件を解明しようとする、刑事たちの群像劇に引き込まれる。しかし、ミステリとしては、何のフックもなく、ただ聞き込み等々で、ずるずると謎が解けてしまうのは、やや物足りない。

そして、最後に明かされる真相は、残念ながら実際のある事件をモデルとした、派手だけれど、かなり安易なもの。これをやったら、何でも描けてしまう。

冒頭のバスで被害者とある少女が出あうシーンが、あとで伏線としてきいてきたり、おばあさんの勘違い?が、これまた伏線だったり、光るところもあるのだが、そもそも片倉が刺された理由等々、いいかげんな部分もまた多い。

ここは、作者の実力を惜しんで、厳しい採点としておく。ぜひ、「国境の雪」のような傑作を再び書いてほしい。

 

●7472 スキャナーに生きがいはない(SF)コードウェイナー・スミス(早川文)☆☆☆☆★

 

 

米国SF界に燦然と輝く二人のカルト作家、それがスミスとティプトリーである。(ラファティーも加えるべきかもしれないが、やはり二人の劇的な経歴をと比べると分が悪い)そのことが、如何にこのジャンルを、知的で豊饒なものとしたことか。

そのスミスの全短編を、三冊にまとめる企画の第一弾が本書だ。一応「鼠と竜」「ショイエル」の主要二短編集は既読だが、せっかくなので読んでみようと手に取り「マーク・エルフ」に痺れてしまった。

いやあ、これはエヴァンゲリオンだ。空から少女が降ってくる、というのはラノベSFの常套手段だし、少女に照れる殺人機械というのも笑ってしまうが、ヴォマクト一族の始祖フォムマハト三姉妹の長女、カーロッタは、僕の中で惣流・アスカ・ラングレー、戦い敗れていくアスカとシンクロしてしまった。

もちろん、人類補完機構なのだから、庵野は意識的なのかもしれないが。その他、表題作は相変らず、意味を超越して心揺さぶるし(改めて、スミスの説明しない、強い意志を作品集全体で感じた)

「人々が降った日」のシュールで衝撃的なイメージの奔流に圧倒され、「鼠と竜のゲーム」と「スズダル中佐の犯罪と栄光」は、猫にまいってしまった。特に後者の「猫の国」には・・・これはク・メルに再会するためにも、次巻「アルファ・ラルファ大通り」も読まなければ。

 

●7473 日本SF・幼年期の終り (企画) 早川書房編集部(早川書)☆☆☆☆

 

日本SF・幼年期の終り―「世界SF全集」月報より

日本SF・幼年期の終り―「世界SF全集」月報より

 

 

副題:「世界SF全集」月報より。スミスの訳者である、伊藤典夫浅倉久志の僕に与えた影響の大きさを確認しようと、図書館で訳書を検索していたら、こんなものが引っかかった。

1968年から71年まで四年かけて編纂された、世界SF全集の月報をまとめたもので、07年に上梓されている。(その経緯は、良く解らないが)内容的には、光瀬龍がいかにも「百億・千億」を上梓したところ、という感じで、輝いている。

福島正実の、スペオペへの屈折した視線も面白く、三輪秀彦のミステリ・SFと文学の関係の洞察力にも驚いた。(近い将来、SFはミステリと同様に、純文学作家の貧欲な好奇心の奴隷になることは、必然である)

しかし、全てに感じるのは、みんな若く熱いのに、殆どが既に亡くなっている、奇妙な時間感覚だ。それを狙ったわけではないだろうが、68年から07年、すなわち21世紀への時の流れが、本書には図らずも内包され、光瀬龍の星間文明史にも匹敵する、無慈悲な時の流れを感じさせるのだ。

そして、もうひとつ。こうやって、SF全集を刊行順に眺めてみると、如何に戦略的、かつ画期的な全集であったか、つくづく感じる。福島正実に関しては、同時代感覚がないし、誹謗中傷も良く聞くが、やはりこの全集は凄いと思う。

文学や東欧・ソ連への大胆な歩み寄り。一方では、意識的なスペースオペラの軽視。まず初回配本がハックスリイ「すばらしい新世界」とオーウェル「1984年」で、三万部売り切った、というのが凄すぎる。何という戦略眼だろう。

そして、次がレムの「ソラリス」と「砂漠の惑星」なのだ。嗚呼。そして、ヴォクト、ウィンダム、とまだ米国SFが出てこない。やっと第五回配本で米国作家登場なのだが、何とスタージョン「夢見る宝石」「雷鳴と薔薇」とブラウン「火星人ゴーホーム」「みみず天使」なのである。

何という過激な趣味の良さであろうか。で、次が再び英国に戻ってオールディスとバラードなのである。時代は、正にニューウェイブ真っ盛り。で、次も米国ではなく、日本のSF(短編)現代編となる。

このあとは、イマイチ戦略がぶれたり、ずれたりし始めるが、ここまでは完璧。素晴らしいと言うしかない。(あ、ヴォクトは一応米国作家だった。正確にはカナダ人だが。ただ、内容的には、スタージョンと同じく、英国的な屈折・暗黒面を強く感じるが。それが、ひっくり返って、明るくなってしまったのが、ブラウンか。違う気もするが)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年 5月に読んだ本

 ●7434 吹けよ風、呼べよ嵐 (歴史小説) 伊東 潤 (祥伝社) ☆☆☆★

 

吹けよ風 呼べよ嵐

吹けよ風 呼べよ嵐

 

 

伊東は同世代なので、当然この題名は、ピンクフロイド=ブッチャーのテーマを意識したものだろうが、正直趣味が悪い。本書は、著者のライフワークとも言える武田家に、滅ばされる側の村上義清を支える須田一族という無名の一族を主人公とした、これまた著者お得意のパターンの作品。

ただし、このパターンは短編や連作でこそ生きるのであって、本書のような長編にはイマイチ向いていない気がする。その結果、キャラクターが描き切れず(何せこちらには、全く知識がない)最近の富樫の歴史小説のように、のっぺりとした印象になってしまった。

武田信玄が徹底的に悪く描かれながら、最後まで登場しない、という趣向は面白かったが。
 

●7435 闘う君の唄を (ミステリ) 中山七里 (朝日出) ☆☆☆
 
闘う君の唄を

闘う君の唄を

 

 

何と本書は私立幼稚園の新任教師と、モンスターペアレンツの戦いを描いたお仕事小説なのか?と驚いたら、後半一転してミステリと(やっぱり)変貌する。(一応、伏線はふっている)

ただ、その変貌がいただけない。主人公の正体は、ありえないでしょう。その一方で、真犯人の方は丸わかり。確かに中山的に小説自体がどんでん返しなのだが、趣向のための趣向にすぎない。正直、前半のほうが面白い。(題名は、今度は中島みゆき

 

 ●7436 作家の履歴書 (企画)(角川書) ☆☆☆★
 

 

本屋で文庫本を立ち読みしていたら、図書館にもあることがスマホで解って予約したら、単行本だった。ただ、こうやって所感を書こうとしても、正直何も浮かんでこない。最近の作家は、健全な人が多いなあと思うのみ。交友関係が一番面白かった。

 

 ●7437 宇喜多の捨て嫁 (歴史小説) 木下昌輝 (文春社) ☆☆☆★

 

宇喜多の捨て嫁

宇喜多の捨て嫁

 

 

一時期評判になった本(直木賞候補・落選)を図書館で見つけて読み始めた。(余談だが、今週から図書館の棚は「海賊とよばれた男」だらけである)

乱世の梟雄・宇喜多直家というのは、なかなか良いところに目をつけたし、捨て嫁という言葉=コンセプトも悪くない。「利休にたずねよ」と同じく、どんどん時を遡る連作、というのも気が利いている。

しかし、残念ながらまだ筆力がついてきていない。まあ、第一作なのだから仕方がないのだろうが、単行本化のために書き下ろした後半の作品が、正直表題作とは大きな差があって、作品集としてのバランスが崩れてしまっている。

 

 ●7438 冬の灯台が語るとき(ミステリ)ヨハン・テオリン(HPM) ☆☆☆

 

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

 

GW駄作とは言わないが、イマイチ物足りない作品ばかり続いてしまい、目先を変えて、北欧ミステリ(スウェーデン)の雄と言われる著者の四部作が完結したようなので、ネットで一番評価の高かった本書を読んでみたのだが、これまた失敗。

暗いのは予想していたのだが、あまりにものゆったりとしたテンポにまいってしまった。ミステリ的な趣向も、正直ありきたりの無理筋。クックに例える人がいたが、クックはもっと読みやすいぞ。

本当は、本書の前に、この前投げ出した「笑う警官」の新訳に再チャレンジしたのだが、またもや撃沈。ネットでも、やっぱり高見浩の旧訳を懐かしむ声が多数あって、新訳がいつも素晴らしいとは限らないことを痛感。

新訳のページ数が少ないのは、米国版からスウェーデン版への変化以上に、どうも旧訳は高見浩が、かなり加えていたようだ。個人的には、傑作であれば、それもありだと思う。訳者の力の大きさを再確認。でも旧訳だと、文字が小さくて読めないんだよねえ。嗚呼。

 

 ●7439 白洲正子の生き方 (NF) 馬場啓一 (講談社) ☆☆☆★

 

白洲正子の生き方 (講談社文庫)

白洲正子の生き方 (講談社文庫)

 

 

で、またしても目先を変えてみたのだが、やはりイマイチ。著者はミステリ(ハードボイルド)マニアにして、白洲次郎の本を書いているので、期待したのだが、やはり能は難しい。

もちろん、正子の存在と、そのノブレス・オブリージュは凄いのだが。で、何より僕は著者のことを、勝手にホイチョイプロの一員と思っていたら、調べたらそれは馬場康夫で、別人だった。嗚呼。

 

●7440 心は少年、体は老人。 (エッセイ) 池田清彦 (大和書) ☆☆☆★

 

心は少年、体は老人。

心は少年、体は老人。

 

 

副題:超高齢社会を楽しく生きる方法。これはもうインチキ。池田のエッセイはもう卒業したつもりだったのだが、読む本がなくなり手に取った。

もちろん、スラスラ一気に読了したが、別段感想はない。さらに今回は(今回も?)昆虫の話がかなりあるので、そこは全く興味がない。ただ、元気なじいさんだなあ、とは思う。同じエッセイでも、小林信彦とは大きな違いだ。

 

 ●7441 新・冒険スパイ小説ハンドブック (企画) 早川書房編集部 ☆☆☆☆★

 

 

やっと今月の当り。まあ、小説じゃないけれど。最近、こういう企画本が昔ほど響かないのだが、今回はなかなか楽しめた。

冒頭の座談会による架空の冒険・スパイ小説全20巻の選定(ここまでは、SFやミステリで過去もあった)と同時に、そこで選ばれた100冊をハンドブックとして解説する、というのはコロンブスの卵だが、なかなか良く出来ている。

テーマ別という企画と、題名も面白い。作品のチョイスも、グリーニー褒めすぎ、とか色々あるけれど、基本的にはなかなか良い。僕はだいたい半分読んでいる。

また、北上、関口、吉野に並んで、霜月蒼(クリスティー完全攻略)と古山裕樹という若手二人が、なかなかしっかりしていて、本格ミステリよりこのジャンルに評論家が育っている気がした。

あと、エッセイも力作揃いで読ませる。特に谷甲州が「最後の国境線」=寒さ!を評価しているのは、「女王陛下のユリシーズ号」を評価しない僕は、大いに同感。

100冊のベストは、「鷲は舞い降りた」「北壁の死闘」「ホワイトアウト」「もっとも危険なゲーム」「猛き箱舟」「寒い国から帰ってきたスパイ」「パンドラ抹殺文書」「飢えて狼」「血の絆」「針の眼」別格「ヒューマンファクター」というところか。もう一度、クレイグ・トーマスをきちんと読まなければ、と言う気がした。

 

 ●7442 小鬼の市 (ミステリ) ヘレン・マクロイ (創元文) ☆☆☆☆

 

小鬼の市 (創元推理文庫)

小鬼の市 (創元推理文庫)

 

 

初期のパズラー「家蠅とカナリア」から、傑作サスペンス「逃げる幻」「暗い鏡の中で」をつなぐ43年の異色作。

欧米ミステリに時々ある、カリブ海を舞台にしたラテン・ミステリで、今までとは全然雰囲気が違うが、正直僕は苦手。内容もマクロイらしい異国情緒や暗号趣味が特長。また世界大戦中という状況もあり、その謎解きはちょっと物足りない。

しかし、ラストでわかるのだが、著者は本書である大がかりな仕掛けを用意した。ただ、それが本書の帯とあらすじを読んでしまったので、解ってしまった。評価が難しい。

もし、何も知らずに読んでいたら、びっくりしたかもしれないが、失敗してしまった。でもまあ、マクロイに罪はないし、時代を考えると、このどんでん返しのインパクトは大きかったのでは?と思い直して、この評価とした。

 

 ●7443 証言拒否 (ミステリ) マイクル・コナリー (講談文) ☆☆☆☆

 

 

コナリーの新刊は、ボッシュではなく、リンカーン弁護士シリーズ第四作。巻末リストによると、過去コナリーの翻訳された小説は23冊あり、僕は全部読んでいた。その中でも、本書は最長らしいが、そんなことは感じさせないリーダビリティーで、一気に読んだ。これが、今月はずっとなかったんだよなあ。

前作「ナイン・ドラゴンズ」があまりにも雑だったので、今回は期待してなかったのが良かったのか、うってかわって緻密・稠密なプロット・ストーリー。どうやら、作者はボッシュよりハラーの方が書きやすいのかもしれない。

延々と法廷場面が続くのだが、キャラが立っているだけでなく、ストーリーにも工夫があり、飽きさせない。特に検察側が持ち出した決定的な証拠、カナヅチと靴についた血痕のDNAに関して、ハラーは全てを認める代わりに、検察に一切それ以上の言及をさせない、という驚くべき戦法をとり、これが見事に成功する場面には驚いた。

そして、物語はただの殺人ではなく、大がかりな犯罪と見せかけて・・・ここから続くどんでん返しの連続もまた素晴らしい。ラストの真犯人が仕掛けるあるシーンが、印象深い。ただ、そのどんでん返しを前提に振り替えると、ちょっと犯人に都合がいい偶然が多すぎる気がして、この評価とした。

 

●7444 語彙力こそが教養である (ビジネス) 齋藤孝 (角川新) ☆☆☆

 

 

語彙の豊富さ=その人の世界の豊饒さ、と常に教えてきた僕にとって、この題名はさすが斎藤、良く解っている、と言う感じだったけれど、実際に読むと、それほど面白いわけではなかった。

まあ、書いてないだけだろうが、ここはやはりソシュールポストモダンパラダイム・シフトから、論を起こしてほしい。

確かに語彙力の衰退の原因のひとつに、斎藤の言う「素読文化の減衰」は間違いなくあるだろう。ただ、そこをあまり強調されると、斎藤の「声にだして読みたい」シリーズの、宣伝に聞こえてしまうんだよね。

ただ、関係ないけれど、斎藤のミステリの趣味は良い。いきなりドートマンダーからきて、ミレニアムで終るなんて。さすが同世代。

 

●7445 象は忘れない (フィクション) 柳 広司 (文春社) ☆☆☆☆

 

象は忘れない

象は忘れない

 

 

桐野に続いて、柳がフクシマを描いた短編集。五篇とも、能の題目がタイトルとなっているが、冒頭の「道成寺」と「黒塚」の二編は、正直ストレートな怒りに溢れており、今の僕にはきつすぎる内容で、疲れてしまった。

しかし、次の「卒塔婆小町」は皮肉な展開から、とんでもない結末、不条理かつリアルなラストに、クラクラきてしまった。

そして、ベストは書下ろしの「善知鳥(うとう)」。米国の「トモダチ作戦」の真実?の暴露までは予想できたが、このラストは何だ?(ひょっとしたら事実?)これまた、一瞬頭がボーっとしてしまった。さすが「ジョーカーゲーム」の作者だ。

そして、ラストが「俊寛」。これは主人公の名前が俊寛(としひろ)ということで、インチキ臭い。(まあ、島流し、というフレーズは出てくるが)これまた、最初の2作と同じく、ストレートに分断されていく被害者たちの悲劇を描いていて、読んでいて、苦しくなってしまう。

というわけで、エンタメとしてはきつすぎる内容だが、やはり評価せざるを得ない。題名が効いている。

 

●7446 たまらなくグッドバイ (ミステリ) 大津光央 (宝島社) ☆☆☆☆

 

 

松下さんから、有栖川有栖の弟子(創作塾出身)と聞かなかったら、まず手にしなかっただろう野球ミステリ。(このミス優秀賞)

一読、新人離れした文章力に驚いた。この説明過多の時代に、ここまで説明せず読ませる筆力は特筆もの。しかも、プロットが非常に凝っていて、描かれる世界は正に本城雅人。

彼が数作かかった域に処女作で達してしまっている、と思ったのだが、後半に入ると、さすがにプロットと人称の変化(一人称の時は、わざと誰がしゃべっているか描かない)が激しすぎて、疲れてきた。

まず、現在のパーツである女性ライターが、死亡した作家の遺作、自殺したアンダースローのエースKN(山田久志というより、皆川睦夫か上田次郎)の取材原稿をもとに完成させようとするのだが、物語は過去に一気に飛び、作家がKNの周りの人物を取材して、意外なKN像を浮かび上がらせる挿話(吉原手引書の手法、ようは港のヨーコ)が5つ描かれて、最後にまた現在に戻って、ザ・ウォール的に閉じる、はずだったのに残念ながら閉じなかった。ああ、ややこしい。

しかも、その挿話の一つ一つで、人称が次々変わるのだ。5つは多すぎた。第三話、転向にちょっと驚いた。これを自殺の真相にしておけば、もっとすっきりしただろうに、残念ながらこのラストは全然説得力がない。

というわけで、ラストの処理と、内容と全然アンマッチでセンスのない題名のため、この評価とする。惜しかった。うまく、処理すれば、今年のベストも夢でなかったのに。

 

●7447 瞑る花嫁 (ミステリ) 五代ゆう (双葉社) ☆☆☆☆

 

柚木春臣の推理 瞑る花嫁

柚木春臣の推理 瞑る花嫁

 

 

実力がありながら、なかなかブレイクしない作家はいくらでもいるが、五代ゆうもその代表かもしれない。「骨牌使いの鏡」で注目したのは、2000年だった。「アバタールチューナー五部作」も傑作だったのに、ゲーム絡みが嫌われたのか、それほど評価されなかった。

で、今は栗本薫の後を継いで、グインサーガを書き続けているが、もったいないし、それでいいのか?、だし、グインサーガにいまさら手を出す気もない。

で、その五代がこんなミステリを書いていたことに気づき、さっそく読みだした。副題が、柚木春臣の推理、ということで、実はここには2つのトリックが秘められている。

物語は、これまた、現在と2つの過去が複雑に(というかトリックで)絡むのだが、小さい方は当てられたが、大物を見事に外してしまった。143ページのある文章を読んで、自分の馬鹿さかげんに嫌になった。やられた。

物語は「驚異の部屋=ヴァンダー・カマー」(貴族が集めた宝物を収める秘密の小部屋)を舞台として、いかにもバロックな雰囲気だが、真相は正に横溝正史(の劣化バージョン?)という感じで、途中の驚きに比べたら物足りないし、美しくないのだが、まあ大甘の採点としておく。

ネットによるとどうやら、本書で説明されない、同じ登場人物の彼ら自身の事件を描いた作品が既にあるが、単行本化されていないようだ。やっぱ人気ないのかな。ぜひ、刊行を待ちたい。

 

 ●7448 シャープ崩壊 (NF) 日本経済新聞社編 (日経新) ☆☆☆☆

 

シャープ崩壊 ―名門企業を壊したのは誰か

シャープ崩壊 ―名門企業を壊したのは誰か

 

 

日経の取材班が、インタビュー等々からまとめたシャープ崩壊の物語。そして、ここでも、その真因は松下と同じく、人事抗争なのだ。松下も醜かったが、今回も信じられないほど酷い。本当に、こんなことあるんだろうか。

怒りを必死に抑える取材班の筆は、リアルでテンポよく、一気に読ませる。しかし、ここから何か学ぶものはあるのだろうか。

確かに、グローバル・ビジネスの厳しさは分かるが。それ以前の問題が多すぎる。三洋、松下、シャープ、ときて、その内実に愕然としてしまう。こうなったら、ソニー東芝も読むことにしよう。

 

●7449 ソニー失われた20年 (NF) 原田節雄 (さくら) ☆☆★

 

ソニー失われた20年 : 内側から見た無能と希望

ソニー失われた20年 : 内側から見た無能と希望

 

 

副題:内側から見た無能と希望、とあるが、希望などどこにもない。あるのは、延々続く、元ソニー社員の著者の批判と怨嗟のみ。

もちろん、ソニーの間違いも解るし、ひどいとも思うが、その前に本書は一冊の本としての体裁を成していない。内容はグルグルまわり続けるが、ちっとも焦点を結ばない。

著者はソニーの変貌を、理系から文系への権力交代(大賀は芸系?)と書くが、本書は文系にとっては、読み物とは思えない内容。これは、東芝を読む元気がなくなってしまった。

 

●7450 東芝 不正会計 底なしの闇 (NF) 今沢 真 (毎日新) ☆☆☆★

 

東芝 不正会計 底なしの闇

東芝 不正会計 底なしの闇

 

 

何とか三部作?完読。本書は「シャープ」と同じく、今度は毎日新聞の記者が、立ち上げたウェブサイト=経済プレミアに書いた30本を超える東芝の記事を、まとめ加筆したもの。

というわけで、ソニーとは読み易さが圧倒的に違う。正直、不正会計の話なんか、と思っていたが一気に読んだ。おまけに、あいまいだった「のれん」償却の意味が、やっときっちり理解できた。

しかし、ここでもまた派閥争いと、裏腹の無責任体質に嫌になってしまう。(監査法人とのなれ合い、海外子会社の粉飾決算、というおまけもあるが)結局、学ぶことはないように思う。

また、事件自体の掘り下げも、シャープよりは浅い。それだけ、闇が深い、ということだろうか。シャープの物語は正直能力の問題だが、ここにはもっと明確な悪の意志があって、底が見えない。

 

 ●7451 21世紀の戦争論 (歴史) 半藤一利佐藤優 (文春新) ☆☆☆★
 
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副題:昭和史から考える。ついに新旧エースの激突、とあって自腹で買って読みだしたのだが、いきなり「七三一部隊」「ノモンハン」と、重くて痛い話が続いて、めげてしまった。

実は、東芝よりこっちを先に読んだのだが、結局会社と国(軍)の違いだけで内容は同質で、いったん挫折して東芝を先に読み切ってしまった。

半藤の得意分野にもかかわらず、佐藤の博覧強記は相変らず底が知れないのだが、僕はやはり日本軍には全然興味がわかないのだ。これは、もちろん思想的なものではなく、生理的なものなので、しょうがない。

ただ、ノモンハンが実は第二次世界大戦ヒトラーポーランド侵攻)の契機となっていたり、占守島の戦いにおける、ソ連による北海道分割統治のリアリティーとか(そして、もしそれが起きていたら、ソ連崩壊とともに北方領土は戻ってきた?)

モルトケの弟子メッケルによって、日本に伝えられた参謀本部が、いかにグロテスクに変貌したか(日本軍では参謀が実力を持ちすぎ、ラインを呑みこんでしまい、現実離れした暴走が始まった)

等々、個別には興味深い部分はあった。ただ、表題に関してが薄すぎる。まあ、山内との対談を読めばいいのだけれど。最後の二人のお薦め本は、案外常識的。

 

●7452 カクテルパーティー(ミステリ)エリザベス・フェラーズ(論創社)☆☆☆☆★

 

カクテルパーティ (論創海外ミステリ)

カクテルパーティ (論創海外ミステリ)

 

 

ついに、今月も大物が(中身はコンパクトだが)きたー!というわけで、やっぱりやめられない。

ここ数年、黄金時代と現代をつなぐミッシングリンク?として、ヘレン・マクロイとマーガレット・ミラーを再読も含めて、読み続けてきたのだが、もう一人エリザベス・フェラーズを忘れてしまっていた。

98年に「猿来たりなば」が訳され大ヒットし、「自殺の殺人」「細工は流々」あたりまでは、追いかけていたのだが、その後も何作か訳されたようだが、結局翻訳は途絶え、僕も忘れていた。

しかし、本書は素晴らしい。濃密なクリスティーというか、ブランド風味のクリスティーとでもいうか、コンパクトなのにキャラが立っていて、意外性も十分で、論理的という、理想的なパズラーに近いのだ。

程度に意地悪だし、いくつものレッドヘリングが、あちこちで炸裂するのも、素晴らしい。ラストの驚きが、端正な論理展開の上で成り立っている点にも感心してしまう。(何となく、背景があの傑作「逃げる幻」を思わせる。内容に関しては、触れるまい。○○が誰か、最後まで解らないのもうまい)

これは、今年のベスト10候補だし、もう少しフェラーズを読んでみよう。単なるユーモア・ミステリ作家ではないことは、はっきりわかった。

 

 ●7453 迷走パズル (ミステリ) パトリック・クェンティン(創元文)☆☆☆★

 

迷走パズル (創元推理文庫)

迷走パズル (創元推理文庫)

 

 

クェンティンと言えば、「二人の妻を持つ男」だが、その翻訳紹介は散発だった。ところが、ここ数年創元社が精力的にパズル・シリーズ(ピーター・ダルース・シリーズ)を新訳で上梓し、「女郎ぐも」でシリーズが完訳されたと聞き、いつかきちんと読もうと思っていたのだが、読む本がなくなり遂に手に取った。

まず、驚いたのは本書が1936年の作品ということだ。しかし、内容に古臭さはない。精神病院が舞台でありながら、変な患者たちを描く作者の筆は暖かい。古き良きアメリカン・ヒューマニズムと言う感じ。(ただ、もちろん黒人は出てこない)

しかし、ミステリとしては、やや微妙な出来。何しろ、メインのトリックが噴飯もの。また、犯人も一応どんでん返しはあるが、それほどでもない。本書の売りは、この後結婚するシリーズ・キャラクター、ピーターとアイリスの出会いが描かれている点。

ミステリとしては、平凡な出来だが、このコンパクトな分量は腹にもたれない。ここは、最高傑作と言われる次作「俳優パズル」に期待しよう。(本書の題名は、従来の「愚者パズル」で良かった気がする)

 

●7454 さまよえる未亡人たち(ミステリ)エリザベス・フェラーズ(創元文)☆☆☆☆

 

さまよえる未亡人たち (創元推理文庫)

さまよえる未亡人たち (創元推理文庫)

 

 

さっそく、フェラーズの未読の作品を借りてきて読んだんだけれど、これまた良く出来ていてビックリ。「カクテルパーティー」よりは落ちるが、本書だって年間ベストの下の方に引っかかっても、全然不思議でない出来。

舞台は観光地で有名な、スコットランドのマル島で、雰囲気はまるでクリスティーの「白昼の悪魔」だが、ここで繰り広げられる悲喜劇は、はるかに手が込んでいて、緻密かつ繊細だ。

とにかく、いくつもの人間関係のレッドヘレイングが仕掛けられていて、よくこのシンプルな構成に、ここまでサプライズを仕組んだものだと、感心した。

特に主人公ロビンとある男女の冒頭での出会いが、中盤見事などんでん返しの伏線になっているのには、驚いた。写真の件など、素晴らしいとしかいいようがない。

ただ、惜しむらくは、中盤が贅沢すぎて最後の真相は、それほど意外ではない。まあ、登場人物が少ないので、これが限界だろうが。それでも、真犯人が特定されるある伏線は、良く出来ている。

さらに、本書もまた、たった250ページというコンパクトさが魅力だ。フェラーズに脱帽。残りも全部読んでみよう。何か、今借りている日本のミステリが、馬鹿らしく思えてきた。僕の翻訳ミステリ恐怖症も、遂に完治したみたいだ。読むぞ!

 

 

*1:文春新書

*2:文春新書

*3:文春新書

2016年 4月に読んだ本


 ●7416 暗幕のゲルニカ (フィクション) 原田マハ (新潮社) ☆☆☆☆

 

暗幕のゲルニカ

暗幕のゲルニカ

 

 

原田マハは多作家で、正直当たり外れがあるのだが、今のところMOMAを中心とした絵画シリーズ「楽園のキャンパス」「ジヴェルニーの食卓」「モダン」そして本書は、内容や登場人物がゆるやかに重なりながら、ひとつの大きなアート世界を描いており、傑作揃いだ。

本書も前半は素晴らしい。「モダン」で描かれた、9・11のもう一つの物語は、現在のISを代表とするテロとの戦いとアートの力を、あのピカソゲルニカをして描こうとした力作だ。

ただ、僕はひとつの芸術作品として、ゲルニカを見るとき、あまりに政治性、メッセージがあからさまに強烈であり、これをアートと呼ぶべきかは、昔から戸惑っていた。

しかし、本書はその背景の物語、ピカソの肉声の物語を、ドラ・マール(ピカソの愛人にて「泣く女」等々のモデル)の視点から描くことで、芸術を越えた存在にまでゲルニカを昇華することに成功した。まさに原田マジックだ。

だたし、現在のパーツ(9・11以降)のNYでのゲルニカ展の物語の後半に、バスク解放戦線?のテロリストの誘拐事件を持ってきたのは、やりすぎというか、ミスマッチだったと思う。現実の闘いではなく、アートの戦いに徹すべきだったと思う。

というわけで、国連安全保障理事会の壁を飾るゲルニカのレプリカのことは初耳だったし、この結末も良く出来ていると思うのだが、残念ながらゲリラ事件によって、画竜点睛を欠いた気がする。

あと、米国大統領をジョン・テイラーイラク大統領をエブラヒーム・フスマンと表記するのもセンスがない。この内容ならば、ブッシュ、フセインと書くべきだろう。どうも原田には、名前に関するセンスがない。

しかし、毎回思うのだが、今回もドラ・マールの肖像だけでなく、写真家の彼女が記録したゲルニカの作成過程や、国連ゲルニカのレプリカ、等々が瞬時でネットで実物を見ることが出来た。これは、やはり素晴らしい時代というしかない。

 

 ●7417 倶楽部亀坪 (対談) 亀和田武坪内祐三 (扶桑社) ☆☆☆

 

倶楽部亀坪

倶楽部亀坪

 

 

この評価は僕の主観的なもので、作品の価値とは違うことをまず明記しなければ。予想はしていたのだが、この二人の対談は、僕の一番苦手な東京の過去の物語に向かってしまい、部分部分は面白くても、全然感情移入できなかった。

坪内は雑誌「東京」出身だし、亀和田は小林信彦フリークなのだから、こうなるのは解っていた。だからこそ、間に挟まった大阪と沖縄の話が、逆に面白かった。しかし、坪内より10歳年下の亀和田の方が、全然若く見える。

 

 ●7418 千日のマリア (フィクション) 小池真理子 (講談社) ☆☆☆☆

 

 

千日のマリア

千日のマリア

 

 

倶楽部亀坪

倶楽部亀坪

 

 

旦那の方は完全に見限って、探偵竹花の新刊すら無視しているのだが、嫁の方にはまだ少し未練があって、時々手を出してみる。

そして60歳を超えて小池が上梓した「モンローが死んだ日」は素晴らしい筆致で描かれた、老いと恋愛の物語だったが、正直長すぎた。この題材で長編はきつい。当然だが、そこには物語を駆動させる仕掛けも力もないのだから。

で、本書は「モンロー」の少し前に上梓された短編集で、54歳から9年かけて描いた八編、ということで、堪能した。それは老いと喪失の物語であり、生と死、愛と性の物語であり、短い作品の中に長い長い時間が閉じ込められている。

ネットでは「修羅のあとさき」が絶賛されているが、この痛い痛い物語を僕は簡単には読めなかった。幸せとは、結局主観の問題であり、読みながらイーガンの「しあわせの理由」を思い起こした。どんなに、悲惨であろうとも、客観的に醜くても、主観の問題なのだ。だからこそ、恐ろしくもおぞましい。そう、これは「ハーモニー」に続くテーマだ。

個人的には、全てが傑作だとは思わなかったが、「落花生を食べる女」が、老いというものの本質を描いてベスト。本当に身につまされる、というか心に沁みた。さらに、掉尾を飾る表題作と「凪の光」が良かった。

こうやって三作を眺めると、あかり、美千代、より子、という三人の女性の、造型が素晴らしいことに気づいた。

しかし、かつて「羊をめぐる冒険」で、20代に長いお別れをした喪失の経験から、ずいぶん遠いところに来てしまった、とつくづく思う。嗚呼。

 

●7419 小林カツ代栗原はるみ (NF) 阿古真理 (新潮新) ☆☆☆☆

 

小林カツ代と栗原はるみ―料理研究家とその時代―(新潮新書)

小林カツ代と栗原はるみ―料理研究家とその時代―(新潮新書)

 
小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書)

小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代 (新潮新書)

 

 

副題に、料理研究家とその時代、とあるように、表題の二人だけでなく、その草分けともいうべき、江上トミ、飯田深雪、入江麻木(何とロシア貴族の妻にして、小澤征爾の義母)等々から、女性の社会的地位の変化にともなって、料理研究家がどのように変わってきたか、いや家事というものとその概念をどう変えてきたか、について語った好著。

料理人の本と言うと、「美味礼賛」がすぐ思い浮かぶが、辻や土井(本書でもなぜか土井親子だけ登場)とは違った、女性を中心とした料理研究家の歴史に僕は全く無知で、特に表題の二人の社会に与えたインパクトには、改めて驚いてしまった。

そして、彼女たちが開放し自由にしてきた、家事=料理の家事伝承が再び危機となってきていることも。

ただ、個人的にはこの共通点(簡易、合理的)と相違点(プロか主婦か)を併せ持つ、小林と栗原の存在を非常に大きく感じたこともあり、この二人に絞って、もっと人物を掘り下げてほしかった気もする。(小林が料理の鉄人陳健一に勝った時のビデオって手に入るのだろうか?ぜひ、見てみたい)

また、やはり料理の本に写真がないのは味気ない。ちょうど、大宮そごうの猫のトリマーの待ち時間に読んだので、そのまま三省堂の料理本コーナーに直行したら、二人の本は見つけられず、本書の最後に出てくる、高山なおみが一番目立っていた。

 

●7420 戦後70年七色の日本 (NF) 堺屋太一 (朝日出) ☆☆☆★

 

堺屋太一が見た 戦後七〇年 七色の日本

堺屋太一が見た 戦後七〇年 七色の日本

 

 

堺屋太一という名前は、僕の中で決してネガティブではないのだが、ずっと消化不良のままになっており、少しでも消化するために本書を手に取った。

とは言っても、上記の表題の前に小さく「堺屋太一が見た」とついている上に、著者名の前に「自伝」とあり、さらに七色というのは、冒頭の著者の七色の人生と掛けていて、良く考えるとかなり傲慢?な本である。

そして、それが著者の本質とは言わないが、一面であることも事実であろう。ようは、とんでもない自信家なのだ。(まあ、榊原英資と似たものを感じるが、こっちはやっぱり大阪でストレートだ)

で、七色とは最初の想像力豊かな少年と、次の建築家を夢見る学生というのは、インチキ臭いが、3=官僚、4=エコノミスト、5=作家、6=歴史家、7=政治家、である。一番の目玉のイベントプロデューサー(万博)が入っていないのが意外だが、これは全てにかかっているのかもしれない。

そして、僕が消化不良に陥るのは、著者は本当に凄いのだが、本人も書いているが、あまりにも色々やりすぎて、本質が見えにくくなっているのと、何かきちんとやり切れていないことが結構あったり、一方万博のようにバブリーなイメージも感じてしまうことにある。

まあ、よく言えばダヴィンチみたいな人(さすがに、劣化バージョンだろうが)なのである。例えば、「油断」や「豊臣秀長」のような小説も、その切り口・コンセプトは斬新だが、お世辞にも小説として優れているとは言い難い。「峠の群像」もドラマとしては、それほど面白くなかった。

「知価革命」も、僕には具体性が足りない。で、個人的に堺屋から一番影響を受けたのは、石田光成の新しい見方を含めた「日本を創った12人」=歴史家としての顔、だったと思うのだ。

政治家としては小渕の死によって、その実力は未知数だし、何より橋下応援団として、いい影響を与えられなかったのが痛い。まあ、これは榊原にも言えるのだが。

溢れる才能を、思う存分生かしたのが、本人だけが楽しんだだけなのか、本書を読んでも、やはり消化不良だ。まあ、女子プロレスが好きだったり、お茶目な一面に好感ももてるのだが。

 

 ●7421 学校では教えてくれない日本史の授業 謎の真相(歴史) 井沢元彦 (PH文) ☆☆☆★

 

 

戦国史の授業篇が、予想以上に面白かったので、文庫版を借りてきたが、こっちはうまくまとまっていない上に、前半があまりにも使い回されたネタが多くて、イマイチ楽しめなかった。(山本勘助ネタはもう封印すべき?だろうし、柿本人麻呂ネタは、やはり自分の処女作「猿丸幻視行」に触れないといけないでしょう)

面白かったのは二つ。大阪城を、予定通り信長が造っていたら、岐阜(岐山)、安土(平安楽土)に続いて、どんな名前を付けただろうか(凡庸な秀吉とは違って、大阪とは名づけなかっただろう)という問いかけ。答えは書いていないが、鄭和なんてどうだろうか。

もうひとつは、江戸城大阪城の比較。江戸城は幸せな城。なぜなら、北条も徳川も戦わずして、開城したというのはこじつけ臭いが、大阪城が不幸な城、というのは良く解る。

顕如、秀頼、慶喜、と落城=敗戦であり、顕如慶喜は逃げることによって、生きながらえたが、身代りに大阪城は炎上した。秀頼は言うまでもなく。というのは面白い視点に感じた。

 

 ●7422 愚者たちの棺 (ミステリ) コリン・ワトスン (創元文) ☆☆☆

 

愚者たちの棺 (創元推理文庫)

愚者たちの棺 (創元推理文庫)

 

 

北欧ミステリブームに続いて、英国ミステリの古典発掘が盛んだ。本書も本邦初紹介。コリン・ワトスンなんて、聞いたことがなかった。

その活躍時期から、デヴァインと比較されたり、解説でもユーモアミステリということで、クリスピンやウィングフィールドに例えられたりしているが、これはレオ・ブルースでしょう。それも、ビーフではなく、キャロラス・ディーンもの。

ただ、本書は処女作で仕方がないのかもしれないが、コンパクトなわりには整理されていなくて、読みにくい。最後に大技がないことはないが、謎の設定や動機が雑で、今のレベルではとても楽しめない。

 

●7423 男の貌 (フィクション) 夢枕 獏 (ゴマブ) ☆☆☆
 
男の貌 夢枕獏短編アンソロジー

男の貌 夢枕獏短編アンソロジー

 

 

何とゴマブックスの本。獏の初期の短編を集めた短編集で、テーマは題名そのもの。なんだけれど、これは戦略ミス。

「仕事師たちの哀歌」「鮎師」「風果つる街」からそれぞれ二編、「餓狼伝」から一編収められているが、それぞれ連作短編集(特に「鮎師」「風果つる街」は傑作)のせいか、一遍だけ抜き出しても、イマイチ盛り上がらず、えっここで終るの?という感じだった。

 

 ●7424 ハンニバル戦争 (歴史小説) 佐藤賢一 (中公社) ☆☆☆☆

 

ハンニバル戦争

ハンニバル戦争

 

 

もはや小説は見放した佐藤だったんだけれど、やっぱりハンニバルは特別で読みだしたが、そう言えば佐藤には「カエサルを撃て」という塩野の描くカエサルと全く逆の長編があって、全然楽しめなかったのを思い出した。

塩野が「ローマ人の物語」で2巻を費やして描いたのが、カエサルポエニ戦争だった。情けないハンニバルが出てきたらどうしよう、と怖れたが、それは杞憂。しかも、本書の視点はスキピオの方で(いきなりマンガチックなスキピオの登場には引いてしまったが、徐々に修正)前半がカンナエ(ローマの敗退)で、後半があのザマである。

これはちょっと端折りすぎと思ったが、やはりハンニバルの物語は面白く、一気に読んだ。ただし、たぶん意識的に歴史的な鳥瞰描写を避けているため、塩野や司馬の客観描写に慣れている僕には、歴史の流れや戦闘描写が解りにくい。(塩野のうまさを痛感)

そのおかげで、等身大のスキピオが素晴らしく描けている、とまでは言えないが、それでも最近の佐藤の作品の中では、珍しくキャラクターがたっている。

また、塩野が描かなかった(少なくとも僕には記憶がない)スキピオの経歴(肉親3人をハンニバルに殺される)をハンニバルと重ね、ハンニバルに徹底して学ぶ物語は、なかなか面白く、説得力があった。選挙集会でスキピオが立候補し、イベリアの指揮官に選ばれるシーンは、本書の白眉である。

最後に余談。僕はハンニバル=バルカ家が、いつもジオン公国と重なってしまうのだが、新カルタゴにバル・ハモン山という名の山が出てきたときには笑ってしまった。まさか?解る人だけ解ってください。

 

 ●7425 平成講釈 安倍清明伝 (フィクション) 夢枕 爆 (中公社)☆☆☆

 

平成講釈 安倍晴明伝

平成講釈 安倍晴明伝

 

 

著者の陰陽師シリーズは読まないことにしているのだが、本書はそのとは別の「仰天・生成元年の空手チョップ」と同じ、語り下ろし?作品とのことで、なかなか小説が今月も読めないので、冊数稼ぎ?に読みだした。

つもりだったのだが、これがなかなか苦戦。まさか獏の作品が、読みにくいと感じるときがくるとは、思いもしなかった。やはり、僕は陰陽師(ファンタジー?)が本当に苦手なのだ。

 

●7426 桜と富士と星の迷宮 (ミステリ) 倉阪鬼一郎 (講談N) ☆☆☆

 

桜と富士と星の迷宮 (講談社ノベルス)
 

 

黄金の羊毛亭の書評で、大きく評価されていたので、読んでみたが、僕には何が面白いのか良く解らなかった。こういう変なミステリに対する感覚が、羊毛亭とは違うことを痛感。

著者の作品の中では、仕掛け本とかバカミスとか言われるシリーズのようだけれど、結構真面目なバカミス、という感じで、僕にはかなり痛い。

著者の作品を初めて読んだのは、奇妙な自伝「活字狂想曲」が一部で評判になったときで、ミステリ?としては、これまた一部で評判になった「田舎の事件」を読み、興味がなくなっていた。

それが何と十五年ほどで100冊以上を上梓する、多作家になっていたとは。まあ、一番影響受けたのは「カリブ諸島の手がかり」の訳者としてかな。

 

●7427 本当は謎がない「古代史」 (歴史) 八幡和郎 (ソフ新) ☆☆☆★

 

本当は謎がない「古代史」 (SB新書)

本当は謎がない「古代史」 (SB新書)

 

 

著者の本は二冊目だが、前回と同じく、良く言えば超論理的、悪く言えば、それを言っ
ちゃあお終いよ(ちっとも面白くない)という本。基本的に正論なのだが、解らないこ
とは解らないで終っているので、色んなロマン?が否定されるだけで、正直歴史が味気
なくなってしまう。

(古代における日本は単一民族ではなく、驚くほど様々な雑多な民族という指摘は全く同感だが)

弥生と縄文の考え方や、日本縄文(三内丸山)の特殊性の否定、邪馬台国の否定、あたりは非常に論理的で賛同できたのだが、継体朝の否定、聖徳太子の実在、不比等の否定、大化の改新天智天皇)の肯定、等々、最近話題になった新説は、ことごとく否定されていて、本当につまらない。嗚呼。

 

●7428 ブロントメク! (SF) マイクル・コーニイ (河出文) ☆☆☆☆

 

ブロントメク! (河出文庫)

ブロントメク! (河出文庫)

 

 

何と「バラークシの記憶」に続いて、コニイの代表作(英国SF協会賞受賞作)まで新訳(山岸ではなく大森)で上梓された。こりゃ、全作あるのかな。

で、サンリオ版では解説に大森が書いているように、カバーは加藤直之の無骨なブロントメクだったのに、今回は「ハローサマー」と同じく、ヒロイン・スザンナがフューチャーされていて、全くイメージが違う。

正直言って、内容は良く憶えていないのだが、僕の中ではやはり「ハローサマー」の方が上だった。ただ、再読して、風変わりな異生物と自然環境、ヨット、ロマンス、と両者の基本コンセプトは同じながら、登場人物が本書は大人で、雰囲気はかなり違う。

巨大コングロマリット対村人(ゲリラ)たちの戦い、というのは如何にも70年代SFだが、アモーフという生物の特徴から、本書はアイデンティティーがテーマの思弁的SFとも言える。(もちろん、イーガンのレベルから見れば、それは稚拙なのだが、その分読みやすい)

しかし、その意外な結末は、残念ながら必然的であり、見破ってしまった。そして、本書はコニイ版のソラリスであったと気づいたのだ。(再読なのだから、当たり前だが、完全に忘れていたし、たぶん初読時も、オチをあてただろうと感じる)

また、前半は大森の訳が初めて素晴らしいと感じるほど、物語に感情移入したが、後半は少々だれてきた。しかし、それでも、僕にとってコーニイではなくコニイは、なぜか甘酸っぱい記憶であり、異世界なのに懐かしく、涙腺が緩くなる。「カリスマ」も読んでみたい。再読だけれど。

 

●7429 サブマリン (ミステリ) 伊坂幸太郎 (講談社) ☆☆☆

 

サブマリン

サブマリン

 

 

これまた、今は全く興味がない伊坂だが、唯一の個人的な大傑作「チルドレン」の続編、ときたら、やはり読まずにはいられない。

で、読了後大きく後悔。読まなければよかった。僕が変わったのか、伊坂が変わったのか。「チルドレン」ではあんなに素晴らしかった陣内さんのキャラクターが、ただのうざいおっさんに激変してしまった。

ネットでの絶賛の嵐の中、一人冷静なレビュアーが、このもやもや感は何だろう、と嘆いていたが、正に同感。正直、小手先で書いている気がする。二度と伊坂は読まないだろう。

 

 ●7430 世界史で読み解く現代ニュース(歴史)池上彰・増田マリア(ポプ新)☆☆☆

 

 

決して雑でひどい新書ではないのだが、14年9月の本だが、内容が他の池上の本とかぶりまくっていて、それほど楽しめなかった。田坂さんや、小室直樹の本は、かぶる=つながるで、さらに面白いのに、この違いは何だろう。やっぱり時事問題は腐るのが速いのか。

冒頭、中国の南進問題を、鄭和の大航海に重ねたり、中東やクリミアの問題(イスラム国がちょっと出てくる)をオスマン帝国=トルコと重ねるのは、佐藤優との対談で何度も読んだし、次のフランス革命に関しても、佐藤賢一との対談本と完全にかぶっている。で、最後が地球温暖化なんで、ちょっと嫌になってしまった。

面白かったのは、ルイジアナケイジャン=フランスというのは、フォレストガンプ等々で良く知っていたつもりだったが、ルイジアナ=ルイ(王)の土地、という意味だとは、全然知らなくて驚いてしまった。(あ、でもこれまた佐藤賢一との対談であったような気がしてきた・・)

 

 ●7431 新・地政学 (歴史社会) 山内昌之佐藤優 (中公新) ☆☆☆☆★

 

 

読む本がなくなり、たまたま出張時ホテルで観た、BSフジの二人の対談が、これはもうTVのレベルをはるかに超えて素晴らしく(やっとチェチェン問題とシリア問題の本質が分かった気がする)一時間半ほど釘付けになったことを思いだし、本書を自腹で購入。往復の新幹線で読み切った。素晴らしい。

たぶんTVと内容がかぶると思ったら、それは最小限で(活字媒体の凄さを痛感)さらに素晴らしい内容だった。山内は、昔帝国に関する本を読み、日本のハンチントンと感じていたが、本当に凄い学者だ。

しかも行動する。そして、佐藤。池上の解り易いが薄っぺらな新書に続いて読んだせいもあって、彼の対談者としての凄さを思い知った。手嶋や池上はもちろん、山内とも、加藤陽子とも福田和也との対等(以上)に語ってしまうその博覧強記にはあきれるだけ。

返す返すも田中真紀子を恨みたいが、その裏腹にそのままだと佐藤の本を読むことができなかったことも確かだ。今、はっきりしているのは、共産主義に続いて、民主主義の終末が近づいていることだ。それが、第二次とは全く形の違う第三次世界大戦に繋がらないことを、祈るのみ。

 

 ●7432 図書館の殺人 (ミステリ) 青崎有吾 (東京創) ☆☆☆☆

 

図書館の殺人

図書館の殺人

 

 

デビュー作「体育館の殺人」(鮎川哲也賞受賞)は、パズラーとしてはなかなか筋が良く楽しめたのだが、学園ミズテリという設定がいかにもラノベそのもので、次を読もうとは思わなかった。

必要以上に平成のクイーンと評されたのも、おいおいクイーンがラノベかよ、という感じで引いてしまった。ただ、第三作の本書の評判がいいので、つい手にとってみた。

相変らず、パズラーとしては筋が良く、細かいところに気が配られている。架空の小説、というネタも、マニア心をくすぐる。でもやっぱり、このラノベスタイル&キャラクターは、いかがなものか。

しかも、第一作の時はあまり感じなかった、というか覚えがないのだが、思いっきりギャグ満載なのだ。やっぱり、東川や米澤は良く出来ている、と思ってしまった。世代の違いかもしれないけど。

で、今回はやはりクイーンなのだが「フランス白粉」、すなわち消去法なのだ。しかも、意外な犯人。ということで、大丈夫かよ?と心配したのだが、やはり最後でこけた。この動機はないでしょう。無理。少なくとも、ラノベでは描けない。

というわけで、ラストの長い解答と解説への敬意と、米澤のように将来ラノベを卒業してくれることを期待して、甘目の採点。

 

 ●7433 つかこうへい正伝 (NF) 長谷川康夫 (新潮社) ☆☆☆☆☆

 

つかこうへい正伝 1968-1982

つかこうへい正伝 1968-1982

 

 

予想はしていたが、凄いものを読んでしまい、呆然としている。本書はつかの歴史=68年から82年までを、つかと一緒に活動した著者が、内側から描いた傑作。(ラストの蒲田行進曲のフィナーレの写真の中で、著者だけを僕は知らなかった)

そしてその82年に、就職し上京?した僕は、紀伊国屋ホールで、劇団最後の「熱海殺人事件」を階段席で縮こまりながら、一人で見ているのだ。いきなりスポットライトが僕のすぐ上の席にあたり、大山金太郎=加藤健一がマイウェイを歌いだし、驚愕そして陶然としてしまったことを思い出す。

その後僕はあっというまに北陸に異動となり演劇とは縁がなくなってしまったが、何のことはないこの年が終わりだったのだ。やはり、自分は予め失われた世代だったとつくづく思う。(いや、単に田舎者だっただけかもしれないが)

ここには、ひとつの時代が込められている。そして、つかという希代のトリックスターの矛盾に満ちた実像を、著者は見事に愛憎を込め、いや超越して、リアルに描いてくれた。

少なくとも、立川談志と談四楼とは、えらい違う。そしてまた、われらの世代の旗手、鴻上ともえらく違うのだ。その巨大な虚栄と才能の前に立ちすくむのみ。

 

 

 


 

 
 

 

 

2016年 3月に読んだ本

●7398 リモート・コントロール(ミステリ)ハリー・カーマイケル(論創社)☆☆☆☆

 

リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

 

 

昨年、地味に評価された本邦初訳作家。活動時期や作風からディヴァインと比較されることが多いが、確かにそうなのだが、僕はこの犯人の設定は、ディヴァインの師匠とも言える、大御所クリスティーに似ている気がした。

ただ、一点本書にはクリスティーにはあまりない、物理的でありながら、あっと驚くトリック、コロンブスの卵的なトリックがあって、結構気に入ってしまった。(「偶然の審判」のラストのあの感覚、と言ったら解ってもらえるだろうか)シンプル・イズ・ベスト。

ただ、本格ミステリの王道がクイーンと思うものにとっては、クリスティー以上に、本書やディヴァインの解決は、あっけない。それが、本書では切れ味の良さに見えたが、いつもこうはいかないだろうなあ、とは感じる。

しかし、もう数冊は翻訳されてしかるべき作家であることは確か。まあ、題名は内容を現しているんだけれど、マニュピレイトというより、初期の笹沢佐保の遠隔殺人を思い起こした。

 

●7399 司馬遼太郎 東北をゆく (歴史・民俗学) 赤坂憲雄(人文書)☆☆☆☆

 

司馬遼太郎 東北をゆく

司馬遼太郎 東北をゆく

 

 

司馬遼太郎と東北は、なかなかつながらない。長岡も函館も、東北ではない。いや、会津があるではないか?というが、これまた上杉と徳川の国であり、東北の本質とはかなり遠い。やはり、高橋克彦が描く世界こそが僕の東北であり、会津はそこに入らない。

しかし、司馬は「街道をゆく」の中で(僕は、このシリーズ地味すぎて全然読んでないのだが)いくつか東北を描いていて、それを気鋭の東北学者、赤坂が丁寧に読み解いていく。

いきなり、赤坂は司馬を代表とする、西の人々の東北へのアンビバレンツな視点を指摘する。ひとならぬ東えびすの土地への侮蔑と、うらはらの黄金の国への憧憬。そして、その矛盾の共通項は、あまりに遠い距離の問題である。

(赤坂は、東日本大震災への西の人々の冷たさを言うが、では関西大震災のときの北の人々はどうだったのだろうか)

そして、赤坂はそこに司馬の弥生文化=稲作文化への嫌悪というものを打ち出してくる。司馬=封建国家=徳川嫌い、とは認識していたが、司馬=西の人の本質は、商人であり、重農主義への嫌悪(重商主義礼賛)がその作品群の根底にある、というのはなかなか説得力がある。

だから、司馬は家康以上に、米将軍=吉宗が嫌いだったんだろうと思う。そして、東北は本来熱帯性植物の稲を、弥生至上主義によって無理やり植えさせられた、哀しい土地とするのだ。比喩とすれば、弥生以降の東北にこれはよくあてはまる。しかし、東北には縄文がある。

本書の最後が青森で、その三内丸山遺跡に驚きながら、結局司馬には時間が足りなかった。網野ではなく、司馬が東北の縄文を描いたらどうなったか。興味深いが、正直想像は難しい。

閑話休題。それにしても、赤坂が途中であの西村寿行の「蒼茫の大地、滅ぶ」を持ち出してきたのにはまいった。これは網野にはできないだろう。

 

●7400 赤毛のアンナ (ミステリ) 真保裕一 (徳間書) ☆☆☆
 
赤毛のアンナ (文芸書)

赤毛のアンナ (文芸書)

 

 

題名から解るように、「赤毛のアン」への黒いオマージュとでもいうべき、ミステリ。

ただ、僕は「赤毛のアン」を読んでないので(ジュブナイルでも「若草物語」の方が好きだったし、「にんじん」と区別がつかない)あまり触手が伸びなかったのだが、いつものように、こういうときに限って簡単に手に入る。

で、読み始めると、さすがに真保だけあってリーダビリティーは十分。特に冒頭の家出(失踪)事件が、アンナの事件(と過去)と重なってくるあたりは、キリキリ胃が痛くなるサスペンス。

ただそこから、アンナという女性の過去を、その時々の友人たちが回想していく(彼女の悲惨さと痛さ)という繰り返しは、だんだん嫌になってしまう。映画しか見ていないけど「嫌われ松子」に似た、過剰な痛さがリーダビリティーを奪っていく。

そして、このまま「火車」のように、最後までアンナは登場しないとばかり思っていたら、このラストのある意味能天気というか、無茶振りの結末は、なんだかなあ、である。

 

 ●7401 杉の柩 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文) ☆☆☆☆

 

杉の柩 (クリスティー文庫)

杉の柩 (クリスティー文庫)

 

 

クリスティー完全?攻略第三弾。で、今回も「五匹の子豚」と同じく、三部構成のプロットが緊密に効いていて、傑作としか言いようがない、はずなのに、やっぱりひっかかってしまうんだよね。

エリノアという女性の造型、意外な伏線(薔薇の棘)、手紙による記述トリック、そして少ない登場人物なのに意外な犯人、等々いくらでも良い点がある。でも一方、ある人間がなぜお茶を飲まかったのか?いきなり遺言を書いたのか?等々、なんかロジックが肝心なところで緩い。

そうだ、この作品、クイーンの「災厄の町」(&「フォックス家の殺人」)に、トリックやプロットが似ている。で、比較すると訳が古いという言い訳はあっても、「災厄の町」の方が間違いなく、レベルが高い。クリスティーの文学性には、やはり限界がある。

ただ、クリスティーは相変らず読みやすく、ミステリとしての仕掛けはディヴァインあたりよりは、かなり上だ。あたりまえか。もう少し、継続してみよう。もっと、何か見えてくるかもしれない。

(少し時間が経って感じたのは、クリスティーはクイーンと違って、フーダニット、意外な犯人に徹底してこだわった作家と言える。そして、霜月のいうようにミステリ・マニアの思考方法を完全に読んだうえで、さらに意外性を狙ってくる。でも、それが結局ミステリの芳醇な可能性を、逆に狭めている気がしてきた)

 

●7402 親指のうずき (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文)☆☆☆☆

 

 

第四弾。たぶん未読。今までの作品は読んでる間は面白いが、読み終えると、ううん、という感じだったが、今回は逆。読んでる間は、前半はかったるく、後半はどうにもリアリティーがなくて、これは何の話なの?ととまどった。

が、ラストでギャッと驚いて、冒頭を読み直すと、「あれはあなたのお子さんでしたの?」というある女性の言葉が、恐るべき意味を持って甦った。霜月の言う、ダブルミーニングである。凄い。

まさに「魔性の殺人」「羊たちの沈黙」の元祖と言ったらほめすぎか。ただ、それがラストまで、トミーとタペンスのユーモアというかスラップスティックミステリで語られるのは、あまりにもミスマッチ。

まあ、この物語に名探偵は似合わないだろうから、ここはノンシリーズで、途中に出てくる大規模な犯罪集団の話もなしにして書き直せば、歴史に残る大傑作になったかもしれない。いやあ、クリスティーって本当に不思議、というか奥が深いことは間違いない。

 

●7403 バラカ (フィクション) 桐野夏生 (集英社) ☆☆☆★
 
バラカ

バラカ

 

 

震災後はや五年。多くの作家が震災を描いてきたが、一番読みたくもあり、一方怖くて読みたくないかもしれないのが、桐野だった。その桐野がついに本書で、震災を描いた。

予想通り、本書は冒頭から突っ走る。男、女、人間の醜さを徹底的に描きながら、暴走するリーダビリティーに目が離せない。そして、違和感というか強烈すぎる震災後の世界は、オリンピックが大阪で行われることから、オルターネイティブ、パラレルワールドだった、ということが解ってくる。

しかし、こっちの方が本物では?と思いかねないリアリティーであり、少なくとも桐野の脳内では、これが真実なんだろう。

しかし、残念なことに物語はヒロインのバラカが小学生に育つ後半から、急速に迷走、失速し始める。前半は圧倒的なリーダビリティーを持ちながらも、人身売買と三人の同級生の物語のフレームは見えてくる。

たぶん、桐野は「OUT」や「柔らかな頬」のころからそうだったように、意識的、いや無意識に予定調和を自ら壊そうとして、それが今回は失敗したように思う。前半のキャラクターの性格が後半とうまくつながらないし、何よりバラカの聖性がどこかに行ってしまったのが残念。

そしてこのとってつけたような結末は、結局本書を陰謀モノに堕してしまった。ネットで本人が書いているように、もともと本書は幼児の人身売買がテーマだったのに、そこに震災という巨大な異物を無理やり突っ込んだので、物語は見事に破たんしてしまった。

桐野の場合それが時に大成功するときもあるのだが、今回は残念ながら失敗したとしか僕には思えない。ネットの評判は素晴らしいが。

蛇足だが、震災に関してはやはり御大村上龍に、「コインロッカー」や「愛と幻想」の迫力で描いてほしいと思うのだが、龍にそんなパワーはもはやないのかもしれない。

 

 ●7404 戦後サブカル年代記 (評論) 円堂寺司昭 (青土社) ☆☆☆★

 

 

著者は僕より四歳年下なのだが、70年代以降のサブカルを描く本書は、まさに僕にドンピシャの内容で、僕はこうして生きてきた、とでもいうべき内容で、描かれる99%はリアルで体験したことばかりだ。

ただ、一応副題が「日本人が愛した終末と再生」とあるように(冒頭は「日本沈没」と「ノストラダムス」)テーマはないことはないのだが、読み終えて愕然とするほど、内容がない。

ただのサンプリング、サブカル・ホットドッグ・プレスという感じで、何を所感に書いたら良いか、全然思い浮かばないのだ。

 

●7405 炎に絵を (ミステリ) 陳舜臣 (集英文) ☆☆☆★

 

炎に絵を―陳舜臣推理小説ベストセレクション (集英社文庫)

炎に絵を―陳舜臣推理小説ベストセレクション (集英社文庫)

 

 

去年、陳舜臣が亡くなったとき、何か(本の雑誌?)で彼の特集があった。もちろん昨今の彼は歴史小説の大家であるが、僕にとっては初期のミステリの印象が強い。

乱歩賞を獲った「枯草の根」こそ、イマイチ地味だったが、「三色の家」や「北京悠々館」など、大胆なトリックが使われていて結構好きだった。特に密室短編を集めた「方壺園」が記憶に残っている。

で、彼の初期傑作と評されていた「割れる」「影は崩れた」等々を、ひさびさに読んでみようとして驚いた。さいたま図書館にそれらの諸作は、ほとんど蔵書がないのだ。

そういうものなんだ、と嘆息しながらも、代表作の本書は簡単に手に入るので、借りては返しを繰り返していたのだが、読む本がなくなりついに読みだした。(本書は既読のはずなのだが、内容を全然覚えていない)

で、読了後微妙な感想。ミステリとしての、騙しのテクニックは良く出来ていると思う。ただ、今のレベルからすると、登場人物が少ないので犯人の予想はついてしまう。さらに最後の駄目押しも、これまた予想はつく。

しかし、「炎に絵を」という題名の意味はなかなか良い。と言いながらも、正直全てにおいて古臭いのだ。主人公と恋人の恋愛描写が古すぎるのはしょうがないとして、途中で挟まる社会派的?な、産業スパイの物語が、全然本筋と関係なく浮いていて、サラリーマンの描き方が耐え切れなく古い。

古い小説を古いと批判するのは、無茶だと知りながらも、こんなに劣化してしまうものか、と驚いてしまう。たぶん、ゴチゴチのパズラーではなく、社会派の要素こそが、劣化してしまうのだろうが。(そういう意味では、本家清張の作品、とくに短編が、時の流れに耐えているのはさすがだ)

 

●7406 ゼロ時間へ (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文)☆☆☆☆
 
ゼロ時間へ (クリスティー文庫)

ゼロ時間へ (クリスティー文庫)

 

 

第五弾。既読だけれど、記憶無し。霜月絶賛の中期クリスティーの総決算作品。特に登場するキャラクターは、これまで読んできた「死との約束」のおばあさん、「杉の柩」「五匹の子豚」の若いビッチ、「杉の柩」のもの静かな前妻、等々中期クリスティー全部入り、という感じ。(しかし、僕の読み方は見事に霜月の罠?に嵌っている)

ただ、よく言われるように、本書によってクリスティーは、ミステリの書き方を変えた(殺人から始まるのではなく、殺人に物語が収斂していく)というのは、他の先行作品にいくらでも前例があることに気づいた。本書はそれを意識的に総括した、と考えるべきだろう。

そして、本書の素晴らしさは、新訳ということもあるが、圧倒的な読みやすさだ。その結果、色んな人々が、ある場所、そしてゼロ時間に向かっていく描写は、「そして誰もいなくなった」を思わせる。

ただ、本書もまた読み終えて、傑作、うまいなあと思いながら、何だか物足りなさを感じた。やはり僕は、クリスティーに霜月ほど熱狂できないのだ。今回は2点。

クリスティーは今回もまた、パターンとも言える限られた人間関係の中で、かたくなに意外な犯人を狙ってくる。で、それは今回も成功しているとは思うのだが、結局表面的な人間関係の中に、どれだけ意外な別の人間関係を見出すか。

中期クリスティーは、カーの密室以上に、ここに徹底してこだわっている。そのことが、やはりミステリの限界を、密室やアリバイ以上に、示してしまっている気がするのだ。ミステリの真の醍醐味は、犯人の意外性ではなく、論理のアクロバットにあり、とインプリンティングされている僕にとっては。

そして、実は途中で、本書のトリックに関して、昔、有栖川有栖と電話で話したことを思い出してしまった。というか、何ですっかり忘れていたんだろう?嫌になってしまう。

 

 ●7407 ポケットにライ麦を(ミステリ)アガサ・クリスティー(早川文)☆☆☆☆

 

 

第六弾。これまた既読でつまらなかったような記憶がある。というか、当時の僕はミス・マープルものは、短編集「火曜クラブ」以外は全部つまらなかった気がするのだ。で、本書もまた最後で真犯人が分かったとき、たいして意外でもなかったので、霜月は本書のどこがいいんだろう?と思ってしまったのだが、ラストでうならされた。

本書の最後で、ひらがなだらけのある手紙と写真が見つかるのだが、これが痛切。これは、うまいとしか言いようがない。良く考えれば、たいしたトリックではない、というか必然なのに、本筋の(つまらない)解決の方に気がとられて、うっかり見落としてしまうのだ。

霜月の言う、クリスティーはマニアの考え方を完全に理解して、裏をかく、というのが良く解るし、見事に成功している。しかし、霜月の言う、マープルのかっこよさ、というのはイマイチ良く解らない。

そして、それ以上に、例えば動機がかなりいいかげんだったり、何よりルビーの正体がやりすぎ、というか、やっぱりいいかげんだし、本書もまたこの程度の証拠で、犯人は有罪になるんだろうか、と心配してしまう。

そう、ミステリとしての論理の詰めが、かなり緩いというか、甘いのだ。たぶん、クリスティーの眼目はそこにはなく、フーダニットと人間関係で何とか驚かすことに、全力を注いでいるのだ。通常良く並び称されるクリスティーとクイーンのミステリ観の大きな隔たりに、いまさらながら驚いてしまう。

 

 ●7408 ホテルローヤル (フィクション) 桜木紫乃 (集英社) ☆☆☆★

 

ホテルローヤル

ホテルローヤル

 

 

もう読まないつもりだった、著者の作品だが、やはり直木賞ブランドが気になって、読みだした。(図書館で簡単に手に入った)ただ、ラブホテルが舞台の連作短編集と聞いただけで、著者のいつもの「乾いた湿っぽさ」が予想できてしまうのだが、やはり本書もまた、乾いて湿っている。

絶望的なまでの、リアルな虚無。しかし、デビュー作「氷平線」にあった、キーンと刺すような、痛いまでの怜悧さは、ここにはない。終わりなき、いやとっくに終わっている日常の中への、ずぶずぶとした埋没。そう、やはり僕は今、そんな小説が読みたいわけではないのだ。うまいけれど。

 

●7409 大世界史 (歴史政治) 池上彰佐藤優 (文春新) ☆☆☆☆
 
大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)

大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)

 

 

「新・戦争論」に続く第二弾で、副題は「現代を生きぬく最強の教科書」。教科書というには、少し話があちこち飛ぶ気がするが、池上の解り易さと佐藤の深さが、いい意味で今回も化学反応を起こし、いくつかの驚きの事実を知ることができた。

まず、冒頭はイスラム情勢だが、これはもうあのモサドが解らない、というんだから、とんでもない複雑怪奇。ただ、イランがアラブ人ではなく、ペルシャ人であり、トルコがエルドアン大統領によって、急速にオスマン帝国化していることに驚いた。そりゃ、プーチンとタイマン張るはずだ。

中東には「イスラム国」だけでなく、オスマンペルシャの二大帝国が復活しようとしているのだ。そして、中国は明となる。鄭和を紹介しているはさすが。

ただ、中国とドイツに関してはちょっと物足りない。後者の、米国がメルケル首相の電話を盗聴した真相?には、腰が抜けたが。(佐藤が言うと、信憑性があるんだよね)

で、今回一番驚いたのが、現在のギリシアという国の真の姿。もちろん、古代ギリシアとは直接繋がっていない、とは知っていたが、こんな理由で英国とロシアが造った(偽史をでっちあげた)人工国家だったとは。おいおい、ギリシア・オリンピックって何だったの?と言いたくなる。

その他、沖縄問題をスコットランドと結び付けたり、中国の南シナ海埋め立てに対して、きちんと日本の沖ノ鳥島を引き合いに出したり、ジェイムズ・トンプソンの「凍氷」で描かれた、フィンランドのおぞましくも哀しい歴史を、ウクライナと繋いだり、その視点の広さと柔軟さに脱帽するしかない。

そして、あのドローンが戦争目的で開発され、その使用シーンはまさにカードの「エンダーのゲーム」そのもので、寒気を感じた。 

 

●7410 書斎の死体 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文) ☆☆☆
 

 

第七弾。これまた既読で、これは明確につまらなかった記憶がある。ただ、山本やよいの新訳ということもあり、霜月を信じて読みだした。霜月の評価は、本書は題名から解るように、ミステリに対するセルフパロディーであり、クリスティーのユーモアが発揮されている、ということだが、僕はやはり面白くなかった。

とにかく、ミス・マープルが繰り返す、登場人物をセント・メアリー・ミード村の誰かに例える話が、うっとしくてしょうがない。(登場人物の一人すら、そう言っている)

そして、何より今回は、メイントリックが無茶でしょう。いくら、パロディーとしても、これでは警察がいいかげんすぎる。(ブラウン神父の時代じゃないんだから)マープルものは、意識的に警察が目立たないようにしているんだと思うが、これではいくらなんでも無茶でしょう。

 

●7411 白昼の悪魔 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文) ☆☆☆☆

 

白昼の悪魔 (クリスティー文庫)
 

 

第八弾。本書も既読、だけれど文庫でもHPMでもなく、「カーテン」と同じく、ハードカバーを買って読んだ。そのせいか、駄作ではなかったと思うが、期待を下回る出来だったと記憶している。

また、僕の記憶の中では、これまた期待を下回った、ブランドの「はなれわざ」とゴッチャになってしまっている。本書を、霜月は「シンプル&ソリッド」な、「ナイルに死す」(霜月は「ナイル」をクリスティーミステリのひとつの完成形とする)以降の集大成たる傑作と評価するが、基本的に僕も同意する。

本書の人間関係やトリックは正に「ナイル」の変奏曲であり、そして「ナイル」より、はるかにシンプルかつソリッドである。大勢いる観光客が見事に描き分けられ(訳者がいいのかもしれない。鳴海四郎って、良く知らないが)

クリスティーとしては、非常に引き締まっており、トリックも(傘がちょっと無理臭いが)素晴らしい視覚的効果をあげている。細かい伏線も、良く出来ている。ただ、本書を傑作と認めた上で、やはり僕は文句がある。そして、それはクリスティーのほぼ全作品に対する文句かもしれない。

とにかく、意外な犯人を狙うのはいいが、毎回決定的な証拠がなく、ポアロが犯人に罠をかけないといけなくなる。そして、それは犯人決定のロジック、クイーン派パズラーマニアが一番重視する点が、全然弱いのである。

今回もポアロは、いきなり犯人を指名してしまう。(クイーンなら犯人指名は論理の後、すなわち最後となる)だから、どうにも論理的な構築美が足りない、というのかないのだ。

中学生の頃「オリエント急行」を読んで、その犯人決定の論理の欠如(クイーンとの違い!)に愕然とし、クリスティー嫌いになったのだが、やはりその不満は今も感じる。で、ひょっとしたら、クリスティーも霜月も、そこには全く興味がないのでは?という疑問が、むくむく湧いてきてしまったのだ。

 

 ●7412 マギンディ夫人は死んだ(ミステリ)アガサ・クリスティー(早川文)☆☆☆★

マギンティ夫人は死んだ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

マギンティ夫人は死んだ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

第九弾。本書は未読。霜月に言わせると、クリスティー流ハードボイルドとも言うべき、異色な傑作とのことだが、確かに冒頭は(一人称ではないが)珍しくポアロの主観で描かれていて、なかなか興味深い。

また、登場人物も霜月指摘の通り、いつもと違い、労働者階級?(マギンディ夫人は掃除婦)で、これまたなかなかハードである。しかし、物語が進むにつれ、結局いつものクリスティーに戻ってしまう。(田村隆一の訳が悪いのか、こっちがさすがに疲れたのか、今回は大勢の登場人物を、うまく区別できなかった)

ただ、被害者が死の前日に読んだ新聞の特集(四人の殺人鬼)から、その子供がこの村に別名で生きている、と解るシーン、プロットはなかなか良くできている。そして、その犯人も、いつものクリスティーパターンではなく、ある錯覚を使った正攻法なのだが、如何せんやや小粒に感じてしまう。

そしてまた、またである。今回は犯人の決め手は一応あるのだが、偶然が大きく作用しており、証拠がやはり足りなくて、ポアロが仕掛けた罠に、あえなく犯人は引っ掛かりアウト。そろそろ、犯人たちにポアロの「傾向と対策」を教えてあげないと。

実は霜月が大きく評価する、犯人ではない人物とポアロのラス前での対決は、意外だし迫力はあるが、これまた偶然だし、やりすぎに感じる。「ポケットにライ麦を」の、ルビーの正体と全く同じ。

まあ、クリスティーはミステリの本質を意外性、騙しと考えており(それは間違っていないのだが)論理や必然性は、残念ながら二の次になってしまう。若島が評価した「そして」の超絶論理は、突然変異にすぎなかったのだろうか。

 

●7413 ポアロのクリスマス(ミステリ)アガサ・クリスティー(早川文)☆☆☆☆

 

 

第十弾。本書は既読。というか、長い間クリスティーの隠れた傑作として(マイ・フェイバリット・マスターピース)ベストではないが、ベスト3あたりだと必ず本書を選んできた。だのに、今回再読して、この意外な?犯人すら忘れているのに、あきれてしまった。

密室の外でピラールが拾ったあるモノ、に関しては強烈に覚えていたのだが、これまた真の意味を忘れていたことに愕然としてしまった。そして、やはり本書の魅力は、密室トリックでも意外な犯人でもなく、ここにあったとは理解したが、初読時の感動はなく、いやあ若いころはこんな作品が好きだったんだ、とやや醒めながら思うのみ。

本書は霜月に言わせると、クリスティーが自分の作品が最近洗練?されすぎた、という友人のために、あえて大邸宅での血まみれの密室殺人、というコード通りのミステリを書いた結果、ごちゃごちゃとしたバカミスになってしまった、とのこと。

バカミスは言い過ぎだが、確かにこの密室トリックはがちゃがちゃしているが、ここに意外な犯人と上記のあるモノが絡むと、個人的には悪くない出来となる。さすがに、ベスト3とはもう言わないが。

そして、本書がいかにこのころ(「ナイル」「杉の柩」「白昼の悪魔」)のクリスティーとしては、異色の作品かは、良く解った。付け髭の件や、これでもかというほどのあるトリックのしつこさ、等々確かにセルフパロディーの意味合いが濃い。そういう意味では、逆にクリスティーっぽいのかもしれないが。

ただ、一点血に関しては、これを警察が見逃すはずはないでしょう。相変らず、クリスティーの世界では警察はあまりに無能だ。で、最後にもう一冊、個人的に好きだった作品(古代エジプトを舞台とした異色作)「死が最後にやってくる」を霜月は、驚愕のないないづくし、と酷評(☆ひとつ!)なのだが、どうしようか。

 

●7414 羊頭狗肉 (対談) 坪内祐三・福田哲也 (扶桑社) ☆☆☆☆
 

 

さすがに、小説・いやクリスティー疲れしてきたので、気分転換?に宮台のエッセイを読みかけたら、これまた全然頭に入ってこず(何か益々解りにくくなってきた)対極とも言うべき二人の対談を読みだした。

鴻上のドンキホーテと同じく、SPAの長期連載の単行本化で、たぶん二冊目。坪内が58年、福田が60年と見事に59年生まれの僕と同じ世代だけれど、何せ二人とも東京生まれなんで、そこは同時代の共鳴以上に違和感があるのは、しょうがない。

結局、楽しく読み終えたけれど、見事なまでに何も残らない。福田の浅田彰との対談で「子供になるには、成熟しないと。子供でいるのとは、全然違う」というのが、ちょっと琴線に触れたけれど。でも、これ鴻上の「遊びの反対は仕事でない。未熟である」とほぼ同じか。

 

●7415 働く力を君に (ビジネス) 鈴木敏文 (講談社) ☆☆☆
 
働く力を君に

働く力を君に

 

 

普通だったら、鈴木さんの話を今更読まないのだが、今仕事で7×11を語る機会が凄く増えているし、正直その成果には黙るしかないし、何より若手が読むべき鈴木本がありえるのか、を考えて読んでみたが、やはり微妙というか難しい。

今回のミソは構成とやらをやっている勝見明氏で(鈴木さんが、本書にどれくらい絡んでいるか不明)鈴木さん三部作がある?とのことだし、何より最近は、あの野中郁次郎の本も数多く手掛けている。

というわけで、勘はいいのだろうが、彼が絡むと解り易くなりすぎて、何か薄っぺらくなるのだが、本書もまさにそう。書いていることは、正しいし大事なことだとは思うのだが、どうも肝心の構成がイマイチで、論理的なつながりが弱く(インタビューを無理やりつないでいるからか)繰り返しも結構多い。

今回はAKB秋山や佐藤可士和フランフランの高島社長、内田和成、日清の安藤社長、等々色んな人々が出てくるのが特徴だが、たぶん勝見が書いてるんだろうから薄っぺらい。

で、やっぱり本書を若手に読ますのはやめにする。例えば「勉強すればするほど、常識に縛られる」なんて、逆説大好き鈴木さんらしいけれど、これは「勉強」のレベル内容が問題であり(真の勉強=学問は当然常識を破る、というか別次元にあるはず)こういう安易なワンフレーズ格言の氾濫は、逆に思考停止のもとに思える。

しかし、ひさしぶりに鈴木さんの本を読み、冒頭またもや東販の話がでてきて、ルサンチマンというものの力、そして勝者の歴史というものに思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

2016年 2月に読んだ本

●7384 学校では教えてくれない戦国史の授業 井沢元彦(PHP)☆☆☆☆★

 

学校では教えてくれない戦国史の授業

学校では教えてくれない戦国史の授業

 

 

著者の「逆説の日本史」シリーズは、僕のバイブルのひとつだが、そこから派生した無数のスピンアウト本は、面白くは読めるが、当然完成度は本編に劣る。と思っていたのだが、本書はなかなかの出来である。

もちろん、本編とかぶる部分も多いのだが、それはそれで面白く読めるし(最近、TVで籤引き将軍・足利義教を見たところだったし、北条早雲をかなり勉強したのも、タイムリーだった)室町幕府の弱点は京都に幕府を開いたこと、という指摘は、目から鱗だった。

そして、一番驚いたのは以下の指摘。信長が神になろうとして、安土城を神殿として建てたというのは折込済(ただし、安土城の全貌が非常に解り易く解説されている)だし、その後は石山に大阪城を築くつもりだったのを、秀吉が真似た(というか秀吉のやったことは、ほとんど信長のアイディア)というのも、ある程度は解っていた。

しかし、その現人神の発想を、さらにバージョンアップしたのが、家康の東照宮だというのには、目から鱗が10枚落ちた。なぜ、今まで安土城東照宮がつながらなかった
のだろうか。しかも、東照宮は、東の天照だというのには、ひっくり返った。東の世界=武士の世界における天照=天皇家が、東照宮=徳川家である。いや、こんなある意味明白なことに、全く気付いていなかった。

 

●7385 新しい十五匹のネズミのフライ(ミステリ)島田荘司(新潮社)☆☆☆

 

 

申し訳ないが、シャーロキアンではない僕は、数あるパロディ、パステーシュの中でも、フィッシュのシュロック・ホームズしか評価しない。(まあ、当然あんまり読んでないのだが)

ただ著者の初期の作品である「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」は、全然期待してなかっただけに面白かった記憶がある。(内容はさっぱり忘れているが、確かホームズが重要な役割を果たしていたはず)

しかし、本書を手に取って嫌な予感がしたのは、その分厚さ。「漱石」は短くて、切れ味が良かった。パステーシュが分厚くては。というわけで、悪い予感は的中した。麻薬中毒になったホームズ(ニコラス・メイヤーにあった)はともかく、「赤毛連盟」を逆手に取ったプロットは悪くないし、「緋色の研究」や「恐怖の谷」的な大時代的な背景も許容範囲。

もし、この1/3の量だったら、楽しく読み終えたかもしれない。しかしこれでは長すぎるし、原典の繰り返しも多すぎる。肝心の「ネズミ」の正体が、全然ひねりがないんだよね。まあ、「踊る人形」だってそうだけど。

 

●7386 虹の歯ブラシ (ミステリ) 早坂吝 (講談N) ☆☆☆
 
虹の歯ブラシ 上木らいち発散 (講談社ノベルス)

虹の歯ブラシ 上木らいち発散 (講談社ノベルス)

 

 

前作は、良くも悪くも衝撃的だった。で、第二作も、表紙から解るように前作と同じ路線の、連作短編集。ただし、前作のような、サプライズはなく(ラストの展開は、完全に空回りだと思う)ただただ下ネタオンパレード。

というわけで、「六枚のトンカツ」下品バージョンという感じで、作風を変えない限り、著者の作品はもう読むことはないだろう。

 

●7387 トリダシ (フィクション) 本城雅人 (文春社) ☆☆☆☆

 

トリダシ

トリダシ

 

 

「球界消滅」や「希望の獅子」のような例外もあるが、著者の本筋はやはり出世作「スカウトデイズ」や本書のような、プロ野球を舞台にした、陰謀渦巻く物語だ。ただ、本書はスカウトではなく、スポーツ新聞記者が主人公だが、「スカウト」の堂神と、本書のトリダシこと鳥飼は、言うまでもなく一卵性双生児である。

そして、その強烈な昭和テーストは、魅力的でもあり、うっとおしくもある。まあ、実際にそばにいたら後者だろうが。気になったのは、冒頭の二編をどこかで読んだ気がすること。ただ、後半は全く記憶がないので、何か勘違いだろうが。

本書の魅力は、もちろん殺人はおきないのだが、その裏の裏をかくミステリの面白さだ。ということは、これは北村流とは違う、日常?の謎ミステリなのかもしれない。ただ、読み終えて思うのは、今の世の中、野球チームのコーチに誰がなるかで、ここまで熱くなる記者も読者も、本当に存在しているのだろうか?という疑問。少なくとも、サ
ッカーでは、そんなことはどうでもいい。

 

●7388 死との約束 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文)☆☆☆★

 

死との約束 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

死との約束 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

少し時間がかかってしまったが、遂にアガサクリスティー完全?攻略の第一歩を踏み出した。のだが、予想通りやや微妙な感触。霜月の言うように、本書はなかなか殺人が起きないのだが、素晴らしい?リーダビリティー(それはひとえに嫌なばあさんの造型の凄さにかかっている)で一気に読ませる。

ただ、ミステリとしたら、確かに犯人は意外である。(でも、このパターン「葬儀を終えて」等々、クリスティーだと常套手段でもある)そして、その意外な犯人を導き出す論理は、ある伏線と、被害者のある行動、これに絞られる。そして、この二つが、凄いのか、凄くないのか、微妙なのである。

まあ、作品そのものをミスデレクションとしてしまう、クリスティーの腕に舌を巻くべきなのか、ええ!これだけかよ?と思ってしまうのか、やっぱりクイーン信者にとっては、かなり微妙。

そういう意味では、確かに全然有名でない本書が、クリスティーの典型と喝破した霜月の慧眼には感心する。問題は、僕にはそれがそこまで面白く感じられないこと、につきる。(僕には本書の基本構造は「鏡は横にひび割れて」に相似だと感じた。そして「鏡」もまた、驚きながらも、それだけかよ!と思った記憶がある)

まあ、でも次は「五匹の子豚」にチャレンジしよう。これは、既読で傑作だった記憶はあるが、内容は全く思いだせない。

 

●7389 カールの降誕祭 フェルディナント・フォン・シーラッハ (創元社)☆☆☆★

 

カールの降誕祭(クリスマス)

カールの降誕祭(クリスマス)

 

 

「犯罪」「罪悪」に続く短編集だが、結論から言うと本書には3つの短編が収録されているだけで、正直いくらなんでもこれはないと感じてしまった。

シーラッハの短編は、感情表現がほとんどなく、無機質で非常に短く、これは一体何なんだろうと意味不明なことも多々ある。従って、今までの短編集は僕には収録作が多すぎて疲れてしまったのだが(特に「罪悪」は嫌な話が多かった気がする)ここまで少な
いのも、何だかなアである。

ただ、三篇「パン屋の主人」「ザイボルト」「カールの降誕祭」のレベルは高い。僕のように図書館で借りるなら、OKだと思う。個人的には「ザイボルト」がベストだが、ただ三作とも水面下から突如吹き出す、狂気のマグマ、という点では共通していて、そういう意味ではやや物足りない。 

 

●7390 ユートロニカのこちら側 (SF) 小川 哲 (早川J) ☆☆☆

 

 

第三回ハヤカワSF大賞受賞作。近未来の超管理(というかあらゆる情報がオープンになってしまった)社会、アガスティアリゾートで暮らす人々を描いた連作短編集。というと、何だか飛浩隆「グラン・ヴァカンス」の前日譚という感じがするが、肌触りは微妙に、いやかなり違う。

というわけで、本来なら僕が大好きな設定のSFのはずだし、文章も新人離れして達者なのに、なぜか乗り切れなかった。たぶん、それは選者のひとり、東浩紀が書いているように、登場人物に魅力が全然感じられず、物語に没入できなかったことにある。

多くの人々が、本書とバラードの類似をあげているが、いまだにバラードを理解できた経験のない僕としては、当然の帰結なのかもしれないが。

 

●7391 ハーメルンの誘拐魔 (ミステリ) 中山千里 (角川書) ☆☆☆★

 

ハーメルンの誘拐魔

ハーメルンの誘拐魔

 

 

完全に量産体制に入ってしまった中山には、もはや期待はしていないのだが、本書は一気に読めた上、二段構えのどんでん返しが気に入ってしまった。(一段目は見え見えだが、ここは作者も隠していない気がする)

誘拐ものと言えば、身代金の受け渡しのトリックが基本だが、本書の場合はある事件の、加害者と被害者が双方誘拐される理由が、ホワイダニットとなっていて、まるで岡島二人でも書きそうな魅力的な謎となっている。

ただ、読み終えて改めて振り返ると、ちょっとばたばたしていて全体に格調がないし、テーマが重いだけに、もう少し書き込みが必要な気がした。どうも、ノンストップ・ミステリと社会派ミステリの要素(子宮頚がんワクチン接種の副作用がテーマ)が、残念ながらうまく溶け合っていない。ここは、もう少し落ち着いて、重厚に書き上げれば傑作になっていた気がする。惜しい。

 

●7392 五匹の子豚 (ミステリ) アガサ・クリスティー (早川文)☆☆☆☆

 

五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

五匹の子豚 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

さて、第二弾は霜月絶賛の本書。前にも書いたが、本書は既読で面白かった印象があるのだが、内容は完璧に忘れている。本書は、後期のクリスティーの特徴のひとつである、いわゆる「回想の殺人」の嚆矢とも言える作品で、16年前の殺人をポアロが再捜査する。

構成は非常に凝っていて、被害者と犯人(と思われた?)の既に亡くなった二人を、当時の関係者のインタビューや手記によって、多角的に描いていく作者の筆致は素晴らしい。(山本やよいの新訳も素晴らしい)

たぶん、本書はクリスティーがそのテクニックを詰め込んだ傑作であり、「死との約束」で感じた「それだけ?」感はない。解決も、二段構えになっていて、良く出来ている。そして、何よりあらゆることがダブルミーニングで、ひっくり返る技の冴え。

しかし、だのに僕は、期待が高すぎたのか、何か物足りない。たぶん、クリスティーの目指している世界と、僕がミステリに求める世界が何かずれているのか。いや、やっぱ
りこう見えても、かつてクリスティーはかなり読み込み、そのパターンは潜在記憶として、刷り込まれているのかもしれない。

ただ、新訳は思った以上に読みやすく、魅力的だ。(クリスティー=人間が描けていない、というイメージはかなり覆った)というわけで、もう少し読んでみよう。次は「杉の柩」だ。これも既読だけれど、全然内容を覚えていない。

 

 ●7393 泡坂妻夫 (ムック本) 文芸別冊 (角川書) ☆☆☆☆

少しタイミングがずれたが、冒頭の北村薫法月綸太郎の対談から始まって、面白く読めた。(有栖川有栖はなぜいない?)特に、幻影城での権田萬治司会による、有望若手?三人(泡坂、赤川、栗本)の対談が、泡坂、栗本が相次いで亡くなった今となっては感慨深い。(確か、僕もSRの会に、赤川と泡坂の登場を、ミステリ界の新しい波として評論を書いた記憶がある。そこから、笠井、島田、そして新本格へと歴史は流れるのだ)

泡坂に関しては、少し前読み直しを行って、当時の評価と大きく変わってしまった。最高傑作と思っていた「乱れからくり」より、当時イマイチひっかかっていた「11枚のトランプ」の方が面白かったし、「狼狽」の中で最高傑作と思っていた「黒い霧」が、それほどに感じなかったり。

で、今本書に倣ってベスト3を選ぶなら、長編ミステリは「11枚のトランプ」、短編集はもちろん「狼狽」だが、この一作とするならば「煙の殺意」の「椛山訪雪図」がベスト。ガキの頃は、この素晴らしさが全然わかってなかった。

で、もう一冊は超絶技巧のヨギガンジー「しあわせの書」か「生者と死者」か。ここは、仕掛けより物語の美しさをとって、後者としよう。で、最後におまけとして、時代小説は「ゆきなだれ」もいいいが、誰も褒めない「写楽百面相」をあげておきたい。

 

●7394 戦場のコックたち (ミステリ) 深緑野分 (創元社) ☆☆☆

 

戦場のコックたち

戦場のコックたち

 

 

各種年末ベストで予想以上の評価を集めた本書だが、正直過大評価ではないか?と感じていたのだが、読了してやはりその思いが強い。もちろん、戦場ににおける日常の謎ミステリ、という着眼点の良さは認めるが、結局欧米人の物語を臨場感を持って描き切る文章力が、まだ著者にはないのだ。

厳しいけれど。それは前作「オーブランの少女」にも顕著で、せっかくのアイディアを欧州を舞台に描き切る、筆力の不足を強く感じた。わざわざ、なぜ海外の舞台にこだわるのは解らないが、今のままでは正直読み通すのがつらい。

 

●7395 石の記憶  (伝奇小説) 高橋克彦 (文春文) ☆☆☆

 

石の記憶 (文春文庫)

石の記憶 (文春文庫)

 

 

題名からてっきり傑作「緋い記憶」から始まる記憶シリーズの最新刊と思ったら、違っていてがっかり。ただし、解説で澤島優子という元編集者が明かしている、この作品の背景は非常に興味深く、著者の伝奇小説は苦手なのだが、読みだした。

澤島によると、高橋は20年前、当時の「野生時代」に「新諸国物語」という、日本全国(各県)を舞台・テーマとした時空を超えた連作短編を書き継いで、新たな日本史を書き上げる、という壮大な構想のシリーズを準備した。

そして実際に「日本繚乱」という名前で連載がスタートし、その第一話が「秋田」の大湯ストーンサークルを舞台とした本作で七回の連載で完成したが、その後は「野生時代」が廃刊してしまい、シリーズは発表の場が無くなり、そのまま途絶えてしまい、本書もまた刊行されることなく埋もれていた。

それが「石の記憶」と改題され、その他の単行本未収録の短編とカップリングで、今回上梓の運びとなったというのだ。そんなことあるんだ、と思いながらも、その志に少し期待して読みだしたのだが、正直言って眼高手低というしかない。

最近読んだ「ツリー」もそうだったのだが、正直言って高橋の伝奇小説は古すぎる。いまどき、UFOやら宇宙人を出すんなら、もう少し工夫してほしい。遮光土偶じゃねえ。半村良の時代から、進化どころか退化していると感じる。

 

●7396 さよならは明日の約束 (ミステリ) 西澤保彦 (光文社) ☆☆☆★

 

さよならは明日の約束

さよならは明日の約束

 

 

いかにも西澤らしい「退職刑事」「九マイル」的安楽椅子ディスカッション・ミステリ。エミールとヒサナギの学生コンビが主人公で、ゆるい人間関係が、どんどん繋が
っていくのも西澤っぽい。

ただ、今回は黒西澤のダークな面がほとんど出てこないのが特長。それはそれで、個人的にはうれしいのだが、ちょっとパズラーとしては弱い気がしてしまう。何か、論理がひねくれていて、切れ味がないんだよね。

それから、冒頭の「恋文」は、どこかで読んだ記憶がある。きっと、他の短編集にはいっていたんだと思う。

 

●7397 ミステリー・アリーナ (ミステリ) 深水黎一郎(原書房)☆☆☆☆★

 

ミステリー・アリーナ (ミステリー・リーグ)

ミステリー・アリーナ (ミステリー・リーグ)

 

 

これまた昨年高く評価された作品。(本格ミステリ大賞では第一位)しかし、そもそもこの作者のイメージが良くなく、内容が究極の多重解決、と聞いては「毒入りチョコレート」より「偶然の審判」を愛する僕としては、イマイチ触手が伸びなかった、のだが、読了して脱帽。これは、大変な労作かつ傑作である。

ただ、内容に関しては残念ながら詳しく書けない。15回もの多重解決が必要な状況を創り出すため、本書には、ある大きな仕掛けがある。ただし、それを事前に知ってしまうと、第一章を読んで、物語が大きく転調したときの、驚きが味わえない。

なのにほとんどの解説がこのネタを割ってしまっているのにはあきれてしまう。(このミスも本格ミステリ大賞も!)何か評論家のレベルが下がってるなあ。「黄金の羊毛亭」のブログは、見事に隠しているのに。まあ、僕は信頼する評論家の文章しか事前に読まないので、助かったが。

それはさておき、こんな短い作品に、ここまで意外な犯人オンパレードという多重解決を用意したのには、感心を通り越してあきれてしまう。しかし、それ以上に驚いたのは「シュレーディンガーの猫」を活用した、ある罠。いやあ、こうきたか。まいってしまった。

最後の真相よりも、最初の方が面白いのは「毒チョコ」でもそうだったのだが、この罠によって、その不満は見事に解決される。素晴らしい。ただ、さすがに15回は多くて、最後の方はもう誰でもいい?という感じになってしまうのも確か。

で、何よりも問題なのは、このプロットの裏に更に隠されたある仕掛け。このあたりは「バトルロワイアル」か「百年法」と言う感じで、ちょっとやりすぎ。ここまでやる必要はなかった気がする。

あと、司会者の造型が初期のツツイのスラップスティック作品を彷彿させ、そういう意味では、本書には「ロートレック荘」のテーストが蔓延していることに気づくのだ。

 

 

 

 

 

 

2016年 1月に読んだ本

●7366 レジェンド 伝説の男 白洲次郎 (NF)北康利(朝日新)☆☆☆☆

 

レジェンド 伝説の男 白洲次郎 (朝日文庫)

レジェンド 伝説の男 白洲次郎 (朝日文庫)

 

 

「占領を背負った男」の続編というか、落穂ひろい、二番煎じ、と思っていたのだが、本書には歴史的な記述がほとんどなく、焦点を白洲自身のエピソードに絞ることによって、良くも悪くも彼の姿(等身大かどうかは、やはり?だけれど)が浮き彫りになり、ファンにとっては予想外に楽しい読み物となった。白洲正子がたっぷり登場するのもうれしい。

本当に規格外の夫婦だ。僕は個人的には、龍馬と次郎を二大過大評価偉人と思ってるのだが(そして、どちらも商売人として、かなりえげつないところがある)だからこそ二人の熱烈なファンでもあるとも、改めて自覚した。

ただ、いろいろネットで調べていると、ひょっとしたら僕が読んだのは、著者の「白洲次郎、占領を背負った男」ではなく、青柳恵介の「風の男、白洲次郎」じゃないか、という気がしてきた。両方とも読んだんならいいのだけれど、もう一度きちんと原典に当たってみるか。

 

●7367 扼殺のロンド (ミステリ) 小島正樹 (原書房) ☆☆

 

扼殺のロンド (双葉文庫)

扼殺のロンド (双葉文庫)

 

 

ずっと気になってた作家の、ネットで一番評価の高かった本書を読んでみたのだが、正月早々暗い気分になってしまった。こういうミステリが評価される、というかちゃんと上梓されてしまうことに、強い憤りを感じる。

確かにトリックはてんこ盛りだが、この犯人、この動機、ありえないでしょう?ここまで、リアリティーがないと、いくらなんでも小説の体をなしていいない。「奇想、天を動かす」「魍魎の函」「チャイナ橙」等々の作品の超劣化バージョンというか、島田荘司の出来の悪いコピー。

 

●7368 叛骨の宰相 岸信介 (NF) 北康利 (中経出) ☆☆☆☆

 

叛骨の宰相 岸信介

叛骨の宰相 岸信介

 

 

正月早々、苦くて重くて巨大なものを、無理やり飲み込んでしまい、いまだに消化できない。物心ついたときから長い間、野球は巨人が優勝し、日本の首相は佐藤栄作だ。しかし、僕が生まれた年の首相は、佐藤の兄である岸だったことに改めて気づいた。そして、岸のイメージは、A級戦犯であり、安保改正であり、妖怪であり、最悪だった。

ただ、僕もいい年になり、その評価が間違っているとは感じていた。しかし、こうやってきちんと岸の伝記を読むと、その複雑で巨大な姿に、どう立ち向かえばいいのか、途方に暮れる。これほど優秀で、傲慢で、幸運で、複雑な人間を僕は知らない。

善悪は置いておいて、戦前の岸の満州経営のすごさには呆然とする。そして、戦後の政治家としての鵺のような姿には、さすがにマキャベリストとは割り切れない毒がある。しかし、藤山愛一郎と組んだ外交の冴えは素晴らしい。そして、読み終えて思うのは、今の政治家とのビジョンと胆力の違いと、今も全く変わらぬ政治手法=派閥争いの醜さである。人はこうも愚かな裏切りを、なぜ繰り返すのだろうか。(今まで著者があまり描かなかった、吉田の醜い晩節も本書では描かれる)

吉田と岸は対立し、吉田の愛弟子の弟とも対立しながら、結局はいつの間にか協力し合う姿には、凡人はただあきれるのみ。そして、その吉田家、佐藤家が、今の麻生太郎安部晋三にまでつながる光景を、どう消化すればいいのだろうか。

 

●7369 ○○○○○○○○殺人事件 (ミステリ) 早坂吝 (講談N) ☆☆☆☆

 

○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)

○○○○○○○○殺人事件 (講談社ノベルス)

 

 

図書館でずっと待ってた作品を、簡単にブックオフで見つけて、早速読みだした。そして、読み終えて、呆然、愕然。こりゃ、話題になるのも無理はない。こんなミステリ読んだことがない。しかも、これほど驚き、パズラーとしての伏線も堪能しながら、本書は絶対に人に薦められない。薦めたとたん、たぶん人間性を疑われる。

ええい、言ってしまおう。本書は驚愕のパズラーでありながら、下品な下ネタミステリなのだ。しかも、その下ネタが、きちんとトリックになっているところが、驚愕なのである。

とにかく、主人公たちが孤島についたとたん、「南国モード」となって、僕が俺に変わり、文体まで変わってしまったので、何じゃこりゃ?と思っていたのだが、それにはきちんと理由があり、それが分かった途端、表紙まで含めた作者の企みに、愕然としてしまうのだ。しかも、読み返すときちんと伏線張りまくり。

その一方で見事なミスディレクションの数々。たぶん、題名当てミステリ、という趣向も、そのひとつに違いない。本書のポイントはそんなところにはない。これまた、正月早々とんでもないものを読んでしまった。

 

●7370 疾き雲のごとく (歴史小説) 伊東 潤  (講談文) ☆☆☆★

 

疾き雲のごとく (講談社文庫)

疾き雲のごとく (講談社文庫)

 

 

伊東の北条早雲モノは、早雲超晩成説=司馬の「箱根の坂」に対するアンチテーゼなのだが、本書は様々な主人公の物語に、必ず伊勢新九郎北条早雲)が最後に出てきて幕を引く、というあの司馬の傑作「新撰組血風録」のパターンを踏襲しているのが面白い。

しかし、この時代を描くと、敵味方の関係がすぐに入れ替わって(平気で裏切って)本当に解りにくい(だから、長編「黎明に起つ」は失敗作だと感じる)のだが、連作形式にすることによって、かなり解り易くなっている。

正直言って、著者の初期の作品には、若書きというか物足りない作品も多い。ただ、本書は文庫化のために、かなり書き直したようで、冒頭の「道灌謀殺」は面白く読めた。次の「守護家の馬丁」も悪くない。しかし、次の「修善寺の菩薩」あたりから、ストーリーに無理が感じられるようになり、そうなるとやっぱりこの時代は解りにくく、結局傑作というには、もう一歩足りない、惜しい作品集となってしまった。

 

●7371 真実の10メートル手前 (ミステリ) 米澤穂信創元社)☆☆☆☆★

 

真実の10メートル手前

真実の10メートル手前

 

 

さよなら妖精」の太刀洗万智が主人公の「王とサーカス」で、昨年末の各種ベストを席巻した著者の、出るべくして出た続編、というか太刀洗が主人公の短編集。そして、本書もまた「王」に勝るとも劣らない傑作だ。個人的には、本書に軍配をあげたいくらいだが、この二冊は(いや三冊か?)はやはり、セットで考えるべきだろう。

最初、本書はかなり薄くて、便乗作品かと危惧したのだが、本書の著者の文体は、まさに太刀洗の存在そのもののように、研ぎ澄まされていて、この薄さは必然と納得した。あのラノベ的「古典部」や「小市民」シリーズの作者が、ここまで強固な文体を手に入れるとは、驚きである。(確か「王」のときも作者の成熟に驚いたが、本書はそれ以上だ)

冷静に考えると、本書収録の短編は、冒頭の表題作から、後味が悪い。しかし、それが作者のピアノ線のような文体、カミソリの刃のような大刀洗の存在によって、物語の本質としての悲劇性が、抑制を効かせながらも、強烈に描かれる。

続く「正義感」「恋累心中」はトリッキー、かつ嫌な物語ではあるが、それが次の本書
の最高傑作「名を刻む死」で、頂点に到達する。ラストの大刀洗の啖呵に、呆然としてしまった。こんなミステリがあるんだ。悪意とイノセンスを超越する、探偵の存在。

そして、次の「ナイフを失われた思い出の中に」で、遂に本書は「さよなら妖精」とつながる。その少女の名前が出てこないからこそ、強く胸に突き刺さる。そして、ラストの「綱渡りの成功例」、よくこんなことを考えるものだ。しかし、たぶん人は極限状況では、こういう行動をとり、かつ後悔に苛まされるのだろう。

リアルな物語に大刀洗の存在はピッタリくる。容貌は全く違うが、探偵としての立ち位置として、大刀洗は葉村晶に似ている。しかし、僕は女性が描く葉村以上に、男性が描く大刀洗に軍配をあげたい気分なのだ。繰り返す。本書もまた傑作だ。

 

●7372 ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 ダヴィド・ラーゲルクランツ ☆☆☆☆★

 

ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (上)

ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (上)

 
ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (下)

ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (下)

 

 

ついにあの「ミレニアム」の4が上梓された。ということは「ミレニアムと私」で、ラーソンのパートナー、エヴァが言及したPCの中に残された遺稿が出版されたのか、
と喜んだら、それとは関係なく(ということは、エヴァの敵方?の遺族の出版)違う作家が描いた、と聞いて一歩引いてしまった。

そして、本書の解説で絶賛しているのが、あの杉江で、これまた嫌な予感。しかし、今回は杉江が正しかった。本書は完璧とは言えないが、他人が書いた続編としては85点くらいはあげたいでき。もし、これが「ミレニアム」じゃなければ、大傑作である。

というわけで、北欧ミステリブームの中でも「ミレニアム・三部作」がいかに突出した傑作であったか、改めて思い知らされた。しかし、本書のテーマは何とシンギュラリティーなのだ。今回も訳者(ヘレンハルメ美穂+羽根由)は頑張っていて、前の三作と文体は見事にシンクロしているが、「技術的分岐点」との訳は、SFファンとしてはいただけない。ここは、ちゃんとシンギュラリティーと、ルビを振ってほしい。閑話休題

本書のもうひとつのテーマは、サヴァン症候群であり、これがリスベットと絡むところがうまい。そもそも彼女こそ、サヴァンアスペルガーという感じだし。そして、そして、どうなるかと思っていた、過去の伏線=リスベットの双子の妹が、後半やはり登場し、伏線を拾いまくって、二人の過去の因縁があきらかになる。(ちょっと、やりすぎの気もするが)

読了して、ラーソンに比べて、少し軽い気もするし、リスベットがもはや最原最早状態(人間を超えている?)な気もするが、いやここまで書いてくれれば、満足するしかない。エヴァの気持ちを考えると暗澹とするが、作品に罪はない。これは、確かに杉江が言う通り、原作をリスペクトし、研究し尽くした傑作である。
 
●7373 望 郷 (ミステリ) 湊かなえ (文春社) ☆☆☆★

 

望郷 (文春文庫)

望郷 (文春文庫)

 

 

「告白」から三冊ほど読み続けて、著者の作品は読まないことにしたのだが、短編は読んだことが無く、本書収録の「海の星」が協会賞をとった、ということで読みだした。

瀬戸内海、たぶん尾道の沖(橋でつながっている)の架空の島、白綱島が舞台の六作の連作(でもないか?)短編集。確かに、短編なので、すいすい読める。冒頭の「みかんの花」は、よくあるパターンだし、作家というところに相変らずの著者のリアリティーの欠如を感じるが、まあ悪くはない。

しかし、次のその「海の星」の、おっさんの行動が、僕にはどうしても納得がいかない。これはないのではないだろうか。残りの四編も悪くはないのだが、正直田舎者の僕は、こんな田舎の嫌らしさに満ちた作品を読んでも、ちっともカタルシスがない。

タイプは違うが、桜木志乃の作品と同じく、読んでいてつらくなってしまう。やはり、湊は根本的に合わない。駄作ではない。合わないだけ。

 

●7374 アンダーグラウンド・マーケット (SF)藤井太陽(朝日新)☆☆☆☆

 

アンダーグラウンド・マーケット (朝日文庫)

アンダーグラウンド・マーケット (朝日文庫)

 

 

著者の作品もこれで四作目。電子書籍出身ということもあって、藤井の印象はずっと新しいけど、細かいところは良く解らないし、正直読みにくい、だった。ところが、本書は今までの作品に比べて圧倒的に読みやすい。

相変らず新しいし、細かいところはビッドコインに全く興味がない僕には、今回も良く解らないのだが、そんなこと関係なしに、物語は疾走する。まさにもう一人の大洋(点がないけど)松本大洋のアニメのような、グルービング感だ。主人公の自転車が切り裂く、風が感じられる。

本当に数年後に実現してしまいそうな、近未来。その姿を、厭世的でも、楽観的でもなくとことん理系のリアルで突っ走る著者に拍手。右も左も超越した、三人組の活躍に乾
杯。ここは、続編に期待したい。(アイペイペイって、アリペイがモデルかな。それにしても、斎藤、いいかげんにしろよ)

 

●7375 そして医師も死す (ミステリ)D・M・デヴァイン(創元文)☆☆☆★

 

そして医師も死す (創元推理文庫)

そして医師も死す (創元推理文庫)

 

 

何とディヴァインの「兄の殺人者」に続く第二作が今頃訳された。で、内容は「兄の殺人者」が新人賞でクリスティーに絶賛され、出版に至ったという著者の経歴を考えると当たり前なのだが、モロ、初期クリスティー的人間関係トリックのミステリなのだ。

で、それは決してつまらないわけではなく(あまりにも、人物造形がスノッブだし、主人公に感情移入しずらいのが難点だが)意外性はそれほどないが、伏線もきちんと貼ってあり、端正なミステリと言っていいだろう。

ただし、一点途中で主人公がある人物に対して、ある判断を下す部分が、最終的には大きなミスリードになっていて、これはアンフェア、掟破りだと感じてしまった。

それに、ラストの展開も悪くはないんだけれど、結局すべてがメロドラマ、ということもできるんだよね。意地悪な物言いになってしまったが。(それにしても、この山田蘭という訳者の文章は素晴らしい。彼女が訳してるんならば、創元文庫のデヴァインは全部読もうか)

 

●7376 ギリシア人の物語Ⅰ (歴史) 塩野七生 (新潮社) ☆☆☆☆☆

 

ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

 

 

「ローマ人」で燃え尽きたのか、その後は「十字軍」や「フリードリッヒ二世」と言った、やや小粒な作品が続いた塩野だが、ついに「ギリシア人」が始まった。(アレキサンダーまでいくかしらん)

で、内容はもう素晴らしいとしか言いようがない。「ローマ人」の一番脂ののった、カエサルスキピオハンニバルに迫る面白さだ。特にスパルタという奇妙と言うか、かなりキモイ国家と、テミストクレスという創造性とバイタリティーと根性の塊のような、しかも爽快な英雄の描写が素晴らしい。(ギリシア=ペリクレスと考えていた僕にとって、テミストクレスの存在は驚きだった)

また、第一次、第二次のペルシア戦役は、さすが塩野はやはり戦いを描くのがうまい、
と再確認するほどワクワクさせられた。壮絶なるレオニダスの300人(テルモピュ
ーレでのスパルタ兵の玉砕)や、爽快なるジャイアントキリングたるサラミスの海戦
等々の度迫力。素晴らしいとしか言いようがない。

しかし、マキアヴェリストであり、帝政ローマカエサル)を愛する塩野が、民主主義(衆愚主義?)のチャンピオン、アテネを描くとは正直意外だった。そして、その彼女の思いは、以下の文章に覗える。

「古代のアテネの『デモクラシー』は、『国政の行方を市民の手にゆだねた』のでは
なく、『国政の行方はエリートたちが考えて提案し、市民にはその賛否をゆだねた』
からである。(中略)アテネの民主制は、高邁なイデオロギーから生まれたのではない。必要性から生まれた、冷徹な選択の結果である。このように考える人が率いていた時代のアテネで、民主主義は力を持ち、機能したのだった。それがイデオロギーに変わった時代、都市国家アテネを待っていたのは衰退でしかなくなる」

小室直樹の言うケインズ理論における、ハーベイロードの前提を思い起こした。しかし、テミスクトレスを始めとした、ギリシアの英雄たちは、全員終わりを全うできず、汚い裏切りにあってしまう。ギリシア=一掴みの小麦が、巨大なペルシアを倒す爽快さと裏腹の、この笑うに笑えぬ醜さは何だろうか。これは、絶対ローマにはなかった。

そして、最後に書くのは、冒頭で記される真のオリンピックの姿である。紀元前776年に始まったオリンピック(常に内輪で戦っていたギリシアの都市国家が、四年に一度休戦し開かれる)は、何と1169年間、292回も続いた、というのだ。本家のあまりの凄さに、呆然とするしかない。ああ、次は12月か。待ち遠しい。

 

●7377 雪の墓標 (ミステリ) マーガレット・ミラー (論創社) ☆☆☆★

 

雪の墓標 (論創海外ミステリ 155)

雪の墓標 (論創海外ミステリ 155)

 

 

あの「狙った獣」の前年の作品が未訳だったとは。「悪意の糸」に続いての初紹介だが、内容も「悪意」と同じく、ミラーの新作としては、残念ながら物足りない。新訳もいいが、過去の名作群の復刊の方がうれしいかも。(何せ、古い文庫本は活字が小さいので、翻訳ものを読むのはかなりきつい)

そうはいっても、本書も当時のミステリとしては、かなり大胆なトリックを使っている。登場人物が少なく、今のレベルから見ると、まあ驚きはそれほどないのだが、当時は驚愕のトリックだったのかもしれない。

ネタバレぎりぎりに言えば、3というのがやりすぎで、2で十分だったのではないだろうか。如何にも不可思議な事件が、ある人間関係が反転するだけで、一気に理に落ちる展開は悪くはないのだけれど、その解け方が偶然でインパクトが弱いんだよね。

 

●7378 本の窓から (評 論) 小森 収 (論創社) ☆☆☆☆

 

本の窓から―小森収ミステリ評論集

本の窓から―小森収ミステリ評論集

 

 

僕の持論だが、ミステリの同世代はみんな作家になってしまい、SFは評論家になった。だから、ミステリには同世代の評論家がいなくて、若手の評論家とはバックグラウンドの違いもあって、どうにも意見が合わない。

で、小森は珍しくほぼ同じ世代(彼が一歳年上)の評論家で、ウールリッチをほとんど読んでいない、等々合わないところもあるのだが、基本的にミステリを読んできたバックグラウンドが同じなので、分厚く正直テーマ性は薄いのだが、最後まで楽しく読めた。連城の「花塵」を読んでみたくなった。

 

●7379 桜色の魂 (NF) 長田渚左 (集英社) ☆☆☆☆

 

桜色の魂~チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか

桜色の魂~チャスラフスカはなぜ日本人を50年も愛したのか

 

 

本の雑誌」の今月号が評伝の特集をしていて、紹介されている本の中でいくつか面白そうなものを図書館で借りてきた。最初が本書。女性のスポーツNF作家というと著者や小松成美がすぐ思い浮かぶが、僕はどうしても井田真木子と比べてしまい、なかなか手が出なかった。しかし、結論から言うと、本書は読んでよかった。面白かった。

というのも、僕はあの後藤正治の「ベラ・チャスラフスカ、最も美しく」を読んでいたからだ。(もっというと、その後藤らしいストイックな表現に、正直思足りなく感じたのだ)で、これが同じ対象を描いた本なのか?と思うほどトーンが違って、クラクラした。後藤には、東欧社会主義国家のモノトーンで淡い色彩しか感じなかったのだが、長田版はもう極彩色とまでは言わないが、明るく派手なのである。

後藤と真逆に、長田は対象にのめり込む。もう冒頭のベラの復活は親友遠藤の死がきっかけだった、という長田の珍説?からして暴走だし、チャスラフスカに、日本刀を送った?大塚隆三の描き方など、正直ファンタジーに近い。

しかし、その中にベラと日本体操選手のコミュニケーションについて、東京教育大学
ドイツ語の不思議な関係を解きほぐし、遠藤幸雄が育てられた江戸時代から続く感恩講児童保育院に焦点をあてたり、ソ連プラハ侵攻時のベラへのインタビューの記者が、中日ドラゴンズ前球団社長の西川順之助であることを発見したり、100歳の伝説の日本初の国際女性審判、吉田夏への素晴らしいインタビュー、等々サービス、てんこ盛りなのだ。

そして、読み終わって、著者の妄想と感じていた部分も(著者の言うことを全部信じたら、ベラは常に日本人以上のサムライだったことになってしまう)ひょっとしたら、という気がしてしまったのだ。無味乾燥なリアリズム評伝よりも、こんな思い入れたっぷり暴走評伝もあってもいい。そんな気になってしまったからは、著者の勝ちと言うしかない。

 

 

仕事の作法

仕事の作法

 
●7380 仕事の技法 (ビジネス) 田坂広志 (講談現) ☆☆☆☆
 
仕事の技法 (講談社現代新書)

仕事の技法 (講談社現代新書)

 

 

 

田坂さんの新刊は、原点に戻って?営業における「反省会」の話である。それは今、OJTに関して考えている僕にとっての原点でもある。なぜならば、実際に商談の現場で、過去から何度も実践してきたことであるからだ。ただ、僕はそれを「反省会」と呼ぶのには少し抵抗があって、「振り返り」と読んできたが。

で、田坂さんも本書の冒頭でこんなことを書いている。「ここで、『反省』という言葉を使ったが、これは『経験したことを、冷静に、理性的に、省みること』であり、感情的な側面の強い『懺悔』や『後悔』などとは異なり、『経験』から『知恵』をつかむための極めて合理的・科学的な方法である」と。

わざわざ、こう書かなければいけないとは、僕のような人が多かったのかもしれない。で、内容は読んでもらえば解ります。非常に具体的な事例が、これでもか、と出てきます。ただ、僕はさすがに途中で少し飽きてきましたが。

 

●7381 黒野葉月は鳥籠で眠らない(ミステリ)織守きょうや(講談社)☆☆☆★

 

黒野葉月は鳥籠で眠らない

黒野葉月は鳥籠で眠らない

 

 

去年、全くノーマークだったのだが、年末ベスト等々で評価された新人による、リーガルサスペンス。表題作を始め、四っつの短編が収められ、それぞれ人の名前で統一されている。新米弁護士の木村と先輩の高塚が、かなり複雑な謎を解くという構成であり、四編とも凝ったストーリーで、文章もしっかりしている。

ただ、個人的には、登場人物にリアリティーを感じることが出来ず、感情移入できなかった。特に表題の黒野葉月という少女?の存在は、僕にはありえなく、その恋人?の家庭教師もありえない。その他の作品も、どうにも違和感ありまくり。まあ、僕が古臭
いだけなのかもしれないが。

 

●7382 オリンピア嘆きの天使 (NF) 中川右介 (毎日新) ☆☆☆☆★

 

 

副題:ヒトラー映画女優たち。評伝シリーズとして、やっとあの「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を読みだしたのだが、上巻1/3で挫折。やっぱ、僕は増田俊也は思い入れが激しすぎて、好きになれない。

で、これは本の雑誌とは関係ないが、面白そうなので読みだしたら大正解。題名から解るように、本書はレニ・リーフェンシュタールマレーネ・ディートリッヒを、ナチスを真ん中に置いて描いたNFであり、そのアイディアは見事に成功している。というか、作者の意図を越えた、凄い作品になってしまった。(まず、マレーネが91歳、レニが101歳まで生きたというのが、八百比丘尼というか、化け物なんだけれど)

一応、基本路線ではマレーネが、ドイツ人でありながらナチスに逆らい、米国に亡命し、米国軍としてドイツと戦い、レニに関しては説明の必要がない、ナチスのプロパガンダ映画監督である。しかし、じゃ二人は正反対か?というと、いやいやどちらも人間離れした化け物として、共通点ありまくりなのだ。

とにかく、共に上昇志向が異常に強く、また男にもてまくり、それを利用してのし上がっていく。そこにはまた陰湿さは全くなく、化け物としかいいようがない。数人の男たちとサウナで遊びながら、一糸まとわぬ姿で、電話でヒトラーから首相になったと聞き、にやりと微笑むレニの恐ろしさ。

まあ、二人とも個人的には全然好みではないのだが、魔性の女としては、共演者とほとんどできてしまう、マレーネも人のことは言えない。というか、彼女の異様な家族生活もまた、化け物である。二人の化け物の前では、あのヒトラーですら影が薄い、と言ったら顰蹙ものか。

で、本書の白眉が、レニの自伝の記述を、著者が(証拠が無くても)どんどん覆していく、爽快さ?にある。ただ唯一の瑕疵というべきは、二人の化け物に、無理やり原節子とヘップバーンをつなげてしまったこと。これは、全くの蛇足であった。

 

●7383 帰ってきた腕貫探偵 (ミステリ) 西澤保彦 (実業日) ☆☆☆☆

 

帰ってきた腕貫探偵

帰ってきた腕貫探偵

 

 

速いもので、シリーズ第六作。前作から、文庫じゃなくソフトカバーで、人気も安定してきたよう。ただ、今回も中身は四作で、かなり薄め。内容は、もうこれは西澤でなければ、とても納得できない、リアリティーを超越したパズラーだが、まあこの世界とキャラに馴染んでしまったので、面白く読めた。

相変らず、ダークなのりが全開なのは、苦笑するしかないが。正直、他の作品はパズラーとしては弱いのだが、二作目の「毒薬の輪廻」が良く出来ていて感心した。ただ、基本アイディアは、法月のあの作品だし、連城にも似た作品があって、途中で解ってしまったが、法月をさらに捻っているところが、素晴らしい。

 

●7383 アガサ・クリスティー完全攻略(書評) 霜月蒼(講談社)☆☆☆☆★

 

アガサ・クリスティー完全攻略

アガサ・クリスティー完全攻略

 

 

常々、信頼できる若手ミステリ評論家の不在を嘆いていたのだが、予想外の方角から、とんでもない傑作が生まれた。著者はノワール系の評論家であり、その彼が従来の概念に全く影響されない、新しいクリスティー像を本書で作り上げた。若島正の「明るい館の秘密」も素晴らしかったが、本書は何せ完全攻略であって、その量が半端でない。

クイーンやカーもかつて、新しい評価、見直しが行われたのに、確かにクリスティーにはそれがなく、正直マニアは読む必要がない雰囲気だった。しかし、本書で語られるクリスティーは実に魅力的であり、たぶんすべてのマニアが、もう一度の読み直しが必須とならざるをえない。

とりあえず未読で読まなければと思ったのは「もの言えぬ証人」「第三の女」「死との約束」「カリブ海の秘密」「NかMか」「春にして君を離れ」あたりか。で、読み直さなければと感じたのが「杉の柩」「五匹の子豚」「謎のクイン氏」「ゼロ時間へ」「ポケットにライ麦を」あたり。

ただ、著者の評価と僕の評かは、正直かなりずれる作品も多い。もし、読み直して、なるほどと評価があがったら、本書を満点にして、僕もクリスティーほぼ完全攻略にチャレンジしてみよう。そのためにも、本書を図書館に返した後は、座右の書として購入しなければならない。まず、第一弾は「死との約束」だ。それで方向性を決めよう。この昂揚感は継続するのだろうか?